世界のメタン収支 2000–2020 ――グローバル・カーボン・プロジェクトの最新成果――
発表のポイント
◆国際研究プロジェクト「グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)」は、温室効果ガスであるメタン(CH4)の全ての発生源と吸収源を詳細に網羅した世界のCH4収支「世界のメタン(CH4)収支2025」を公表しました。
◆世界で実施されている観測とモデル研究の成果を統合し、大気中のCH4濃度が2022年までに産業革命前の約2.6倍である1912ppbに達し、その主要な原因が農業・畜産、化石燃料採掘、廃棄物処理に伴う排出量の増加であることを明らかにしました。
◆CH4は温室効果ガスであるとともに大気汚染にも関与しており、人為排出量の削減が強く望まれていますが、本研究は最新のCH4収支を明らかにすることで、効果的な対策立案への科学的基礎を与えています。
発表内容
東京大学大学院農学生命科学研究科の伊藤昭彦教授らによる研究グループ(合計69名)は、強力な温室効果ガスであるとともに大気汚染にも関与するため注目されているメタン(CH4)の、放出と吸収・消滅の全体像(図1)を明らかにする統合解析を実施しました。国際研究プロジェクト「グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)」による、世界の温室効果ガスにおける排出と吸収・消滅の状況を把握する研究活動の一環です。
今回の報告では、大気中のCH4濃度の観測と大気化学輸送モデルによるシミュレーション、社会経済的な統計データの分析、地表でのCH4排出・吸収の観測データと物質循環モデルによるシミュレーションなどの結果が吟味されました。それら最新の科学的データを分析することで、近年の大気中CH4濃度上昇の主な原因となる排出源や地域を明らかにし、今後の気候変動政策に貢献することが期待されます。

図1:世界のメタン(CH4)収支、2010–2019年の結果(出典:Global Methane Budget 2000–2020のFigure 7を改変)
大気中のCH4濃度は、世界各地で行われた観測結果を平均すると、2022年時点で1912 ppb(ppb = 気体の10億分の1)に達しており、産業革命前の濃度水準と比較して約2.6倍に増加していました。2020-2021年には顕著に高い濃度上昇速度が観測されており、その原因は新型コロナ感染症の蔓延時期に起こった人為排出の変化や、熱帯域での自然起源排出増加にあると考えられました。
最近10年間(2010-2019年)の総CH4排出量は、大気観測に基づく推計法では年間約575 Tg(Tg [テラグラム] = 1012 g)と推定され、地表排出を積み上げる推計法では年間約669 Tgと推定されました。2020年に発表された前回の解析から、排出源別推定の見直し作業を行ってきましたが、まだ2つの手法でギャップが残されており、特に湿原や湖沼・河川などの内陸水面からの排出量に不確実性が残っていることが明らかになりました。
総排出量のうち約65%(年間約360 Tg)が人間活動によるもので、そのうちの6割程度は農畜産業(アジア地域の水田を含む)および廃棄物処理、3割程度が石炭や天然ガスなどの化石燃料採掘に伴う排出でした。これらの人為排出量は、2000年代から2020年の間に年間40〜60 Tg程度増加しており、大気中CH4濃度上昇の主要な原因となっていました。
近年の大気中CH4濃度の増加は、対策をほとんど実施しない場合の予測に近いトレンドを辿っていることが示されました。つまり、国際社会が掲げたCH4削減目標とは大きく離れた状況となっており、更なる排出削減努力が必要であるという結論になりました。本研究は、実効性のある対策の実施に科学的基礎を与える意義があり、今後も観測やモデルの精度を向上させるための研究開発を進める必要があります。
発表者・研究者等情
東京大学 大学院農学生命科学研究科
伊藤 昭彦 教授
論文情報
雑誌名:Earth System Science Data
題 名:Global Methane Budget 2000–2020
著者名: Saunois, M.*, Martinez, A., Poulter, B., Zhang, Z., Raymond, P. A., Regnier, P., Canadell, J. G., Jackson, R. B., Patra, P. K., Bousquet, P., Ciais, P., Dlugokencky, E. J., Lan, X., Allen, G. H., Bastviken, D., Beerling, D. J., Belikov, D. A., Blake, D. R., Castaldi, S., Crippa, M., Deemer, B. R., Dennison, F., Etiope, G., Gedney, N., Höglund-Isaksson, L., Holgerson, M. A., Hopcroft, P. O., Hugelius, G., Ito, A., Jain, A. K., Janardanan, R., Johnson, M. S., Kleinen, T., Krummel, P. B., Lauerwald, R., Li, T., Liu, X., McDonald, K. C., Melton, J. R., Mühle, J., Müller, J., Murguia-Flores, F., Niwa, Y., Noce, S., Pan, S., Parker, R. J., Peng, C., Ramonet, M., Riley, W. J., Rocher-Ros, G., Rosentreter, J. A., Sasakawa, M., Segers, A., Smith, S. J., Stanley, E. H., Thanwerdas, J., Tian, H., Tsuruta, A., Tubiello, F. N., Weber, T. S., van der Werf, G. R., Worthy, D. E. J., Xi, Y., Yoshida, Y., Zhang, W., Zheng, B., Zhu, Q., Zhu, Q., and Zhuang, Q.
DOI: 10.5194/essd-17-1873-2025
URL: https://essd.copernicus.org/articles/17/1873/2025/
問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 伊藤 昭彦(いとう あきひこ)
Tel:03-5841-5211 E-mail:akihikoito@g.ecc.u-tokyo.ac.jp