「レーザーの光で育てる未来の野菜」 ――赤色レーザーダイオードが拓く次世代植物工場の光戦略――
発表のポイント
◆ 植物の室内栽培においては、これまで主に発光ダイオード(以下、LED)が人工光源として利用されてきましたが、本研究ではその代替光源として赤色レーザーダイオード(以下、LD)に着目しました。
◆ LDは、葉の光合成効率、バイオマス量、葉面積といった複数の成長指標においてLEDを上回る効果を示し、タバコ、シロイヌナズナ、レタスの3種すべてで顕著な成長促進が確認されました。
◆ LDは極めて狭い波長域で照射可能であり、クロロフィルの吸収ピークと高い一致性をもつ光を供給できることから、光エネルギーの変換効率を最大化する高精度な栽培用光源として、植物工場や宇宙農業への応用が強く期待されます。
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の矢守航准教授らの研究グループは、赤色レーザーダイオード(以下、LD)を光源とすることで、植物の光合成と成長を飛躍的に促進できることを、世界で初めて明確に示しました(図1)。
これまでの植物栽培では、発光ダイオード(以下、LED)が人工光源として主流でしたが、LEDは広い波長帯域(半値幅: 20〜50 nm)で発光する一方、LDは波長帯が極めて狭く発光するという特性があります(半値幅: 1〜5 nm以下)。本研究では、LDの狭波長帯光を植物の主な光合成色素であるクロロフィルの吸収ピークに一致させることで、光合成における光エネルギー変換効率を最大化できることを実証しました。
タバコ、シロイヌナズナ、レタスの3種を対象に行った比較実験では、いずれの植物においてもLD照射によって光合成効率および成長指標が大幅に向上しました。さらに、LED照射では24時間×12日間の連続照射により葉の黄化や光阻害が生じたのに対し、LD照射ではそれらのストレス症状はほとんど見られないことも明らかになりました。
本研究成果は、植物工場や閉鎖型環境、さらには宇宙農業といった先端的な栽培システムにおける次世代型の光戦略に革新をもたらす可能性を示しています。今後は、青色など他波長のLDとの組み合わせや、より多様な作物への応用展開に向けた検証が期待されます。
発表内容:LEDを超える「次世代の光源」を世界で初めて実証
近年、世界的に人口増加や都市化が急速に進んでおり、それに伴って都市部での食料生産のニーズも高まっています。加えて、気候変動による異常気象や自然災害の頻発が、従来型の農業にとって大きなリスクとなっています。
こうした中、天候に左右されず、都市部でも省スペースで作物を栽培できる植物工場が注目を集めています。これらのシステムでは、太陽光の代わりに人工光によって植物を育てるため、「光の質と量の最適化」が植物の成長と生産性を大きく左右します。
これまで、人工光源としてはLEDが主流でしたが、本研究では、より波長帯の狭いLDの可能性に注目しました(図2)。LEDとLDを比較することで、植物の光合成能力や成長にどのような違いが生まれるのかを検証しました。
■ 波長と光合成効率の関係:波長の「幅」が結果を左右する
植物は、葉の中にあるクロロフィルという色素を使って、光のエネルギーを吸収し、光合成を行っています。光合成は二つの光化学系(光化学系IとII)によって駆動されます。赤色光(波長640〜680 nm前後)は、これらの二つの光化学系を活性化し、光合成を促進する重要な波長帯です。LEDとLDの違いは、「波長の中心(= 波長ピーク)」は似ていても、どの程度の幅の光が出ているか(= 波長幅)にあります(図2)。LEDはおおよそ50 nm程度の幅広い光を出すのに対し、LDは10 nm未満という非常に狭い帯域で光を出すことができます。
実験では、さまざまな赤色LEDおよびLDをタバコの葉に照射し、光合成速度・気孔の開き方・水の利用効率などを測定しました(図3)。その結果、LD 660 nm光を当てた場合が最も光合成が活発で、同じ波長域のLED 664 nm光よりも約19%高い光合成速度が観察されました。
これは、LD 660 nm光が、二つの光化学系をバランスよく活性化していたことが関係しています。
■ 同じピーク波長でも、LEDとLDで葉の反応はどう違う?
見た目には同じような赤色の光でも、LD 660 nmとLED 664 nmとでは、光化学系IとIIの活性化バランスが異なり、植物はこの差を敏感に「感じる」ようです。次に、光合成の効率をクロロフィル蛍光法に基づいて詳細に解析しました。これは、植物の光合成システム(光化学系II)がどれくらいうまく働いているかを調べる方法です。
その結果、LD 660 nm光で照射したタバコの葉は、LED 664 nm光で照射した葉に比べて、Y(Ⅱ)(光化学系IIの実効量子収率)が7.2%、qL(光化学反応が可能な光化学系II反応中心の割合)が18.3%高いことがわかりました(図4)。これは、LD 660 nm光の方が二つの光化学系をバランスよく活性化する「無駄のない光」であり、エネルギーを効率よく活用できることを意味しています。
■ 成長のスピードと質にも差が!LEDを超えるLDの力
次に、植物全体の成長にどのような違いがあるかを確かめるため、タバコ、シロイヌナズナ、レタスの3種類の植物を12日間、24時間連続でLED 664 nm光またはLD 660 nm光で照射しました。結果として、LD 660 nm光で育てた植物の方が、乾燥重量・葉面積のいずれもLED 664 nm光より高い数値を示しました(図5)。たとえば、植物体の乾燥重量はタバコで1.75倍、シロイヌナズナで1.57倍、レタスで1.28倍、高い値を示しました。また、葉面積はそれぞれ2.10倍、2.28倍、1.70倍と大きくなっていました。また、葉の厚みを示すLMA(葉重量比)はLD 660 nm光の方が低く、より薄く、光を効率よく受け取る葉が形成されていました。さらに、LD 660 nm光照射では光によるダメージ(光阻害や黄化)が少なかったことから、LD 660 nm光照射ではストレス症状がほとんど見られないことも明らかになりました。これらの結果から、LD 660 nm光の方が二つの光化学系をバランスよく活性化することで、光合成を促進し、植物成長の促進につながると考えられます。
■ LDが切り拓く、持続可能な農業と宇宙での栽培
LDは、農業用の光源や植物生理学実験の光源として、以下のような大きなメリットを持っています。
- クロロフィルの吸収に最適な波長を高精度で出力できる
- 光合成活性を最適化することで植物の生育を促進できる
- 二つの光化学系をバランスよく活性化できる
- 小型・軽量でエネルギー効率に優れる
- 光ファイバーを用いた柔軟な照射配置が可能
- 発熱が少なく、植物への熱ストレスが軽減される
- 宇宙空間や閉鎖環境における植物の精密な栽培制御に応用できる
これらにより、LDは従来のLEDや高圧ナトリウム灯とは異なるレベルで、空間効率や栽培環境の自由度を高める「次世代型光源」として機能します。今後は、限られたスペースでの多段式植物工場、再生可能エネルギーと連動した自律型農業システム、さらには宇宙空間での栽培にも応用できると期待されています。特に、国際宇宙ステーション(ISS)や月面基地では、軽量で省電力、かつ波長を自在に制御できる光源が不可欠であり、LDはその最有力候補です。
本研究は、これまで注目されてこなかったLDを植物栽培に本格的に応用し、その効果を初めて体系的に実証した研究です。今後は、青色など他波長のLDを組み合わせたマルチスペクトル照射や、トマトなど多様な作物への展開、長期間栽培における植物の応答などを調べながら、レーザーを活用した持続可能な農業の実現を目指していきます。
図1:植物成長を加速する赤色レーザー光源による新たな栽培技術
図2:発光ダイオード(LED)およびレーザーダイオード(LD)光源のスペクトル比較
植物の光合成性能を評価するために使用した、6種類の光源(LEDおよびLD)のスペクトルを示しています。破線はLED光源、実線はLD光源を表しています。LDは波長幅が狭く、クロロフィルの吸収特性により近いスペクトルであることがわかります。
図3:光源の違いによるタバコ葉の光合成性能への影響
タバコ葉において、異なる発光ダイオード(LED)およびレーザーダイオード(LD)を照射した際の光合成速度(A)、気孔コンダクタンス(B)、および水利用効率(C)の変化を示しています。各棒グラフ内の異なるアルファベットは、Tukey-KramerのHSD検定によりP < 0.05で有意差があることを示しています。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で、n = 4です。
図4:発光ダイオード(LED)とレーザーダイオード(LD)の光合成機能比較
光量子束密度(PPFD)150 μmol m⁻² s⁻¹の条件下で、同一ピーク波長を持つLED(664 nm)およびLD(660 nm)を照射したタバコ葉における光合成の指標を示しています。光化学系IIの実効量子収率(Y(Ⅱ))(A)、非光化学消光(NPQ)(B)、および光化学反応が可能な光化学系II反応中心の割合(qL)(C)について測定しました。アスタリスク(*)はt検定によりP < 0.05の水準で有意差が認められたことを示しています。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で、n = 4です。
図5:発光ダイオード(LED)とレーザーダイオード(LD)が植物成長に与える影響の比較
光量子束密度(PPFD)150 μmol m⁻² s⁻¹の条件下で、赤色LED(664 nm)および赤色LD(660 nm)を12日間連続照射した後の、タバコ・シロイヌナズナ・レタスの成長の違いを示しています。Aは、各植物の代表的な生育の様子を示した写真です。Bは、地上部乾燥重量、葉面積、および葉面積あたり乾燥重量(LMA)の比較結果を示しています。***はP < 0.001、**は0.001 < P < 0.01、*は0.01 < P < 0.05の水準で有意差があることを表しており、いずれもt検定に基づいています。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で、n = 4です。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院農学生命科学研究科
Lie Li 博士課程
矢守 航 准教授
大学院理学系研究科
寺島 一郎 東京大学名誉教授(現、国立中興大学(台湾))
論文情報
雑誌名:Frontiers in Plant Science
題 名:High-Precision Lighting for Plants: Monochromatic Red Laser Diodes Outperform LEDs in Photosynthesis and Plant Growth
著者名:Lie Li, Ryusei Sugita, Kampei Yamaguchi, Hiroyuki Togawa, Ichiro Terashima, Wataru Yamori*
DOI: 10.3389/fpls.2025.1589279
URL: https://www.frontiersin.org/journals/plant-science/articles/10.3389/fpls.2025.1589279/abstract
研究助成
本研究は、日本学術振興会科研費「基盤研究(B)(課題番号:21H02171)」、学術変革領域研究(A)「細胞質ゲノム制御(課題番号:24H02277)」の支援により実施されました。
問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
准教授 矢守 航(やもり わたる)
TEL:070-6442-9511
E-mail:yamori[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
TEL:03-5841-8179, 5484 FAX:03-5841-5028
E-mail:koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。