発表のポイント

  • 気候変動により世界的な水不足が深刻化し、農地の干ばつリスクが高まり、農作物の収穫や人々の暮らしに影響を及ぼしています。
  • PATROL1遺伝子の機能を強化すると、水が限られた環境下でも根の成長と葉の光合成能力が向上し、植物の乾燥ストレスが軽減されることがわかりました。
  • この遺伝子はイネ、ダイズ、トマト、キャッサバ、バナナなど多くの作物にも存在しているので、PATROL1遺伝子を育種に活用することで、幅広い作物の乾燥ストレス耐性の向上が期待されます。

概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の勝濵直椰大学院生と矢守航准教授らは、水が限られた環境(乾燥ストレス)下でも植物の成長を維持するためには、根からの水や養分の吸収と葉での光合成活性を同時に高めることが重要であることを明らかにしました。
 これまで、葉における光合成の制御機構の一つとして、気孔を取りまく孔辺細胞に存在するタンパク質「H⁺-ATPase(注1)」のはたらきが知られており、その活性を制御する「PATROL1(注2)」というタンパク質が注目されてきました。PATROL1は根においても大量に存在していることが知られていたものの、その役割は不明でした。本研究グループは、PATROL1が根でもH⁺-ATPaseと結びつき、そのはたらきや位置を制御していることを明らかにしました。その結果、乾燥ストレス下では、PATROL1遺伝子の発現量を高めた植物は根の本数や長さが増加し、葉での光合成活性も高まり、地上部の乾燥重量や窒素含量が大きく向上しました。
 さらに、PATROL1遺伝子は実験で用いたシロイヌナズナ(注3)以外にも、イネ、ダイズ、トマト、キャッサバ、バナナなど多くの作物にも存在していることから、さまざまな作物の育種に応用できる可能性があります。今後、PATROL1を介して根と葉の機能を同時に高めることで、気候変動による異常気象下でも安定した作物生産が可能となる新たな育種戦略が期待されます。

発表内容:植物が干ばつに打ち勝つ力を引き出すしくみを発見

 気候変動の進行により、干ばつなどの異常気象が頻発するようになり、農業生産への影響が世界的に深刻化しています。特に、乾燥ストレスは作物の成長や収量を大きく制限する要因の一つであるため、将来の食料供給を安定させるためには、干ばつに強い植物の開発が急務となっています。
 植物が乾燥ストレスに適応するためには、土壌中の限られた水分や養分を効率よく吸収する「根」のはたらきと、植物の成長のための光合成を行う「葉」のはたらきの両方が重要です。これまでの研究では、葉における光合成活性の制御メカニズムに注目した成果が多く報告されてきましたが、根における乾燥応答の詳細な仕組みや、根と葉が連携して植物全体の耐性を高めるアプローチについては、十分に明らかにされていませんでした。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の勝濵直椰大学院生と矢守航准教授らの研究グループは、植物の根と葉の両方に共通して働く「PATROL1(パトロールワン)」というタンパク質に注目し、このタンパク質が乾燥ストレス下で植物の成長を支える新たな仕組みを発見しました(図1)。
 この研究成果は、2025521日付で国際学術誌『PNAS Nexus』に掲載されました。

 

動物の神経細胞を制御するタンパク質に似た構造を持つPATROL1
 PATROL1はこれまで、植物の葉において気孔の開閉を調節し、光合成活性を制御していることが知られていましたが、根での機能については不明でした。人工知能AlphaFold2(注4)を用いてPATROL1の立体構造を予測すると、PATROL1は、動物の神経細胞でシナプス伝達に関わる「Munc13-1」というタンパク質とよく似た構造を持つことがわかります(図2)。Munc13-1は、神経伝達物質の放出に関わる器官を運搬することで知られており、これに似た構造を持つPATROL1も、植物細胞内で他のタンパク質の位置を調節している可能性が指摘されていました。

 

PATROL1は根に多く存在し、H⁺-ATPaseと結合する
 そこで、PATROL1遺伝子が実際に機能している箇所を詳細に調べたところ、根の細胞で特に高い活性が見られることが判明しました(図3a)。さらに、蛍光タンパク質で可視化すると、PATROL1タンパク質が根の細胞膜近くに存在している様子が観察されました(図3b)。このことから、PATROL1は根においても重要な機能を果たしていることが示唆されました。
 根では、H⁺-ATPase(プロトンポンプ)というタンパク質が水や養分の吸収に重要な役割を果たしています。そこで、研究グループは「共免疫沈降法(注5)」を用いて、PATROL1H⁺-ATPaseとの結合能を調べたところ、実際に両者が結合していることが確認されました(図4)。つまり、PATROL1H⁺-ATPaseの細胞膜への配置を制御し、その活性を間接的に調節している可能性が高いことが分かりました。

 

PATROL1の量が植物の乾燥ストレス耐性を左右する
 次に、PATROL1の機能が植物の乾燥耐性に与える影響を調べるため、研究グループはPATROL1遺伝子の活性を抑えたpatrol1欠損体(patrol1)と、過剰に発現させた株(PATROL1-OX)を作出し、オリジナルの野生型(WT)と比較しました(図5a)。乾燥ストレスを与えると、PATROL1-OXは根の長さや数が増加し、地中深くの水分を効率よく吸収していると考えられました。一方、patrol1欠損体では根の成長が著しく阻害されていました。
 さらに、乾燥ストレス下でのPATROL1タンパク質の動きを観察したところ、細胞膜上に集まる様子が見られ(図5b)、乾燥に応じてその位置が変化することがわかりました。共免疫沈降法によりPATORL1H+-ATPaseとの結合能を有していることが明らかになっているため、ストレス処理に応じてPATROL1H+-ATPaseの位置を制御している可能性が考えられます。
 乾燥ストレスを3週間与えた後の植物の様子を比較すると、PATROL1-OXは緑色の健康な葉を保っていたのに対し、patrol1では葉がしおれ、成長も大きく抑制されていました(図5c)。また、光合成の活性(Y(II))を調べたところ、PATROL1-OXは乾燥ストレス下でも高い値を維持しており(図5d)、最終的な乾燥重量も最も重くなっていました(図5e)。
 これらの結果から、PATROL1は乾燥ストレス下で植物の根と葉の両方でH⁺-ATPaseの位置やはたらきを調節し、それによって水分や栄養の吸収、気孔の開閉、光合成活性などを支えていると考えられます。すなわち、PATROL1は根と葉のはたらきを協調的に制御するタンパク質として、植物全体の乾燥ストレス耐性を高める上で中心的な役割を担っていることが明らかになりました(図6)。

作物生産への応用と持続可能な農業への貢献
 PATROL1はモデル植物であるシロイヌナズナでの研究を通じて明らかになったタンパク質ですが、類似した遺伝子(オーソログ)がイネやダイズ、トマト、キャッサバ、バナナなどの幅広い作物にも存在していることが明らかになっています。今後、このタンパク質のはたらきを作物に応用することで、干ばつに強い品種の開発を通じて、水資源の少ない地域での食料の安定生産につながる可能性があります。
 気候変動により農業が直面する課題が増す中で、根と葉の両方に着目し、それらを制御する「鍵」となるタンパク質を見出した本研究は、持続可能な農業と食料安全保障の実現に向けた、重要な一歩となることが期待されます。


1:PATROL1遺伝子の発現量を高めることで、乾燥ストレス下の植物の成長が強化される


2:PATROL1タンパク質の構造と、動物の類似したタンパク質Munc13-1との構造の比較

(a) AlphaFold2を使って予測したPATROL1の構造。(b) PATROL1と動物の神経細胞に存在する「Munc13-1」タンパク質の構造の比較。PATROL1Munc13-1タンパク質と、Munc13-1タンパク質の機能をつかさどる重要な部位(MUNドメイン)を共有していることがわかります。

 


3:PATROL1の遺伝子とタンパク質の植物体内での発現と局在の可視化

(a) シロイヌナズナにおけるGUS染色の結果を示しています。PATROL1遺伝子が働いている部位が青色で示されています。(b) 根においてPATROL1タンパク質が存在している部位を示しています。緑色は蛍光タンパク質「GFP」で標識したPATROL1タンパク質、マゼンタは細胞壁をプロピジウムヨウ化物(PI)で染色したものです。


4:根のPATROL1タンパク質とH+-ATPaseが結合している様子

「共免疫沈降法」を用いて、根のPATROL1タンパク質がH+-ATPaseと実際に結合することを明らかにしました。アスタリスク(**)はt検定によりP < 0.01の水準で有意差が認められたことを示しています。データは平均値 ± 標準誤差(SEM)で、n = 5です。


5:乾燥ストレス下における野生型シロイヌナズナ(WT)、patrol1欠損体(patrol1)とPATROL1過剰発現体(PATROL1-OX)の成長量の比較

(a) patrol1WTと比較してPATROL1遺伝子の機能が低下しており、PATROL1-OXではその機能が強化されています。乾燥ストレス下で、根の長さや本数がpatrol1, WT, PATROL1-OXの順に増加していることがわかります。(b) 細胞内のPATROL1タンパク質の位置を示しています。ストレス処理に応答して、PATROL1が上下の細胞膜上に集合していることがわかります。(c) 乾燥ストレス3週間後の生育の様子です。patrol1, WT, PATROL1-OXの順に植物の成長量が増加していることがわかります。(d) PAM蛍光法」という特殊なカメラを用いて光合成活性を可視化した画像です。乾燥ストレス下で、PATROL1-OXの光合成活性がpatrol1よりも高いことを示しています。(e) 乾燥ストレス3週間後の生育の地上部の乾燥重量が、PATROL1-OXにおいて大きく増加したことがわかります。異なるアルファベットはTukey-HSD検定によりP < 0.05の水準で有意差が認められたことを示しています。データは平均値 ± 標準誤差(SEM)で、n = 4–6です。


6:PATROL1が乾燥ストレス下の植物の成長を支えるメカニズムの概要

PATROL1が根と葉それぞれにおいてH+-ATPaseの配置やはたらきを制御することでエネルギー(プロトン駆動力)を生み出し、根では栄養や水分の吸収を促進し、葉では光合成活性が高まっていることが明らかになりました。

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院農学生命科学研究科
勝濵 直椰 博士課程
迫田 和馬 研究当時:博士研究員
矢守 航 准教授

大学院理学系研究科
木村 遼希 研究当時:博士課程
清水 優太朗 研究当時:博士研究員
寺島 一郎 東京大学名誉教授(現:国立中興大学(台湾))

大学院総合文化研究科
永田 賢司 助教
阿部 光知 教授

神戸大学 理学研究科
酒井 友希 特命講師

論文情報

雑誌名:PNAS Nexus
題 名:PATROL1-mediated H+-ATPase translocation boosts plant growth under drought by optimizing root and leaf functions
著者名:Naoya Katsuhama, Kazuma Sakoda, Haruki Kimura, Yutaro Shimizu, Yuuki Sakai, Kenji Nagata, Mitsutomo Abe, Ichiro Terashima, and Wataru Yamori*
DOI: https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgaf151

研究助成

 本研究は、科研費「国際共同研究強化(B)(課題番号:18KK0170)」、「基盤研究(B)(課題番号:21H02171)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:24H02277)」および「JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2108)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1) H⁺-ATPase
 細胞膜に存在し、生命のエネルギー通貨であるATPを使ってH+(プロトン)を輸送するため、プロトンポンプとも呼ばれています。光合成に必要な気孔を開くためのエネルギー(プロトン駆動力)を作り出しています。他にも、プロトン駆動力を用いて様々な養分の輸送や細胞内外のpHの調整などを通じて植物の成長を促進する、オールラウンダーなタンパク質です。
(注2) PATROL1
 動物の神経細胞の機能を調整するタンパク質「Munc13-1」の仲間であるため、神経を持たない植物における役割は長らく不明でした。植物の葉においては、H⁺-ATPaseを細胞膜上に効果的に配置することでその機能を調整していることが、近年の研究から明らかになっていました。
(注3) シロイヌナズナ
 小型で成長が早く、全ゲノムが解読されているため、基礎生物学から農業応用まで幅広い研究に使われているモデル植物です。
(注4) AlphaFold2
 タンパク質のアミノ酸配列から立体構造を高精度で予測するAIシステムで、2024年にはこの功績により開発者がノーベル化学賞を受賞しました。
(注5) 共免疫沈降法
 細胞内で特定のタンパク質同士が結合しているかを調べる実験手法です。目的のタンパク質を抗体で捕まえることで、それと一緒に結合している他のタンパク質も検出できます。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
准教授 矢守 航(やもり わたる)
TEL: 070-6442-9511 E-mail: yamori@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院総合文化研究科
教授 阿部 光知(あべ みつとも)
TEL: 03-5454-4337 E-mail: mabe@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
TEL: 03-5841-8179, 5484 FAX:03-5841-5028 E-mail: koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院総合文化研究科・教養学部
総務課広報・情報企画チーム
TEL: 03-5454-6306 E-mail: pro-www.c@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

関連教員

矢守 航