地球温暖化が北方針葉樹3種に与える影響を探る―温暖地への苗木の移植実験の結果から―
発表のポイント
◆森林樹木種の苗木を自生地よりも温暖な地域へ移植することは、人為的な「温暖化」と捉えることができ、対象種の地球温暖化への応答を調べることができます。
◆北方針葉樹3種の苗木を自生地の富良野、温暖地の秩父(内陸)と千葉(沿岸部)に2016年春に移植し、2018年秋までの生存・成長解析をしました。
◆2018年秋の生存率を自生地と温暖地で比較すると、トドマツでは有意な差がなかったのに対し、エゾマツは2つの温暖地で、アカエゾマツは1つの温暖地(秩父)で有意に低下しました。
◆2018年の相対成長率注1)についてみると、トドマツでは有意な差がなかったのに対し、エゾマツとアカエゾマツでは千葉とは有意な差はありませんでしたが、秩父では有意に低下しました。
◆生理生態学的な測定から、秩父では内陸特有の高温と空気の乾燥によって気孔閉鎖による光合成の低下が起き、千葉では海洋性の気象条件によって気孔開度を維持できたことが示唆されました。
◆本研究で示されたように、温暖化応答は樹種や場所によって大きく異なるため、主要な森林樹木種の温暖化応答を理解することは持続的な森林管理や植栽計画にとって重要です。
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の後藤 晋准教授、平尾聡秀講師、久本洋子助教、理学系研究科の種子田春彦准教授、森林総合研究所生態遺伝研究室の伊原徳子室長による研究グループは、地球温暖化が北方針葉樹に及ぼす影響を解明するために、北海道に天然分布するトドマツ、エゾマツ、アカエゾマツの苗木を、2016年春に自生地に近い冷涼な富良野と2つの温暖地(内陸部の秩父と沿岸部の千葉)に移植する実験を行いました(図1)。
図1.北方針葉樹3種の温暖地への移植による「温暖化実験」のイメージ
植栽してから3年間、苗木の生存、サイズ、生理生態学的形質を調査した結果、モミ属であるトドマツでは温暖地への移植による生存率や相対成長率への有意な影響はみられませんでした。一方、トウヒ属であるエゾマツとアカエゾマツでは温暖地移植による生存率や相対成長率の有意な低下が認められました。とくに2018年の相対成長率では、高温・湿潤な気象で特徴づけられる沿岸部の千葉では3種ともに自生地と有意な差がなかった一方、高温・乾燥な気象で特徴づけられる内陸部の秩父では有意に低下しました。これは、内陸部特有の夏の高温と大気の乾燥によって気孔閉鎖が起こり、トウヒ属の成長が阻害されたためと示唆されました。
発表内容
高緯度地域に分布する北方林は炭素蓄積量も多く、気候変動の緩和や適応を考える上で重要な要素です。この地域では地球温暖化による気温上昇が他の地域よりも大きいと予測されています。マツ科モミ属のトドマツ、トウヒ属のエゾマツ、アカエゾマツは北海道に天然分布する主要な針葉樹ですが、この厳しい温暖化に対して各樹種がどのように応答するかは分かっていませんでした。
本研究チームでは、北海道富良野市に位置する東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林北海道演習林(以下、北海道演習林)で育成しているトドマツ、エゾマツ、アカエゾマツの苗木(3年生の床替え用苗木)を自生地である北海道演習林の苗畑(以下、富良野)、温暖で内陸部に位置する秩父演習林(以下、秩父)、海岸沿いで降水量の多い千葉演習林(以下、千葉)の苗畑に2016年春に移植し、2018年秋まで生存、個体サイズ(地際直径と苗高)を測定するとともに、2017年と2018年の夏に生態生理形質として、針葉の安定炭素同位体比(δ13C注2)などを測定し、各樹種に対する温暖化の影響を調べました。
植栽から3成長期が経過した2018年秋の生存率について自生地の富良野と温暖地(秩父・千葉)を比較しました。生存率では、トドマツではいずれの温暖地でも自生地と有意な差はありませんでしたが、エゾマツは2つの温暖地で、アカエゾマツは1つの温暖地(秩父)で有意な低下が認められました(図2)。世界的に高温・乾燥が厳しかった2018年に着目すると、トドマツの相対成長率はいずれの温暖地でも自生地と有意な差はありませんでした。エゾマツとアカエゾマツの相対成長率は、いずれの樹種も、千葉では自生地と有意な差はありませんでしたが、秩父では自生地よりも有意に低下していました(図3上)。
図2.最終調査時点(2018年秋)の生存率
異なるアルファベットは有意差があることを示す
図3.2018年におけるトドマツ、エゾマツ、アカエゾマツの相対成長率(上)とδ13C(下)
この結果と対応するように、針葉中の炭素の安定同位体比(δ13C)では、トドマツで自生地と温暖地では有意な差がありませんでした。一方、エゾマツとアカエゾマツでは千葉では富良野と有意な差はありませんでしたが、秩父では有意に高い値を示しました(図3下)。
極端気象を示す因子として、気温が30℃を超えている時間(T>30)や大気の乾燥を示す指標VPD注3)が1.5を超えている時間(VPD>1.5)の時間に着目し、2017年の自生地(富良野)を1として相対値を植栽地ごとに示しました(図4)。その結果、富良野と千葉では2017年と2018年ではほとんど違いがなかったのに対し、2018年の秩父におけるT>30は2017年の約2倍に、VPD>1.5は1.3倍になっており、極端気象が相対成長率に影響した可能性が示されました。
図4.2018年における極端な高温や大気の乾燥の植栽地間比較
以上の結果から、エゾマツやアカエゾマツはトドマツに比較して温暖化の影響を受けやすく、今後、北海道では温暖化の影響を受けにくいトドマツがより優占するような森林構成の変化が起こる可能性が示唆されました。また、高温・湿潤な気象を持つ沿岸部の千葉では相対成長率の低下はみられなかったことから、高温や大気の乾燥を含む異常気象の影響を受けにくい沿岸地域は北方針葉樹の避難地(レフュージア)となりうることが考えられます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院農学生命科学研究科
後藤 晋 准教授
東京大学 大学院理学系研究科
種子田 春彦 准教授
東京大学 大学院農学生命科学研究科
久本 洋子 助教
森林総合研究所 樹木分子遺伝研究領域生態遺伝研究室
伊原 徳子 室長
東京大学 大学院農学生命科学研究科
平尾 聡秀 講師
論文情報
雑誌名:Canadian Journal of Forest Research
題 名:Survival and growth of three boreal conifer species transplanted to warm sites: implications for responses to global warming and extreme climatic events.
著者名:Susumu Goto, Haruhiko Taneda, Yoko Hisamoto, Tokuko Ujino-Ihara, Toshihide Hirao
DOI: https://doi.org/10.1139/cjfr-2024-0154
URL: https://cdnsciencepub.com/doi/full/10.1139/cjfr-2024-0154
研究助成
本研究は、三井物産環境基金「R15-0026」、科研費「20H0321・23H02248(代表:後藤 晋)、23H02228(代表:種子田 春彦)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1) 相対成長率(Relative Growth Rate: RGR)
植物の成長速度を単位重量あたりで比較するための指標で、時間とともにどれだけバイオマス(乾燥重量)を増やしているかを表します。本研究では、各樹種の一部の個体で地際直径と苗高を測定した後、掘り取って乾燥重量を求めることで、d2×H(地際直径の2乗×苗高)との関係式から乾燥重量を推定し、相対成長率を推定しました。
(注2) 針葉の安定炭素同位体比(δ13C)
針葉を構成する炭素の13Cと12Cの比率で、植物が光合成で固定したCO2の安定炭素同位体の比率を示します。大気中のCO2のうち約1%が13CO2で、酵素の特性により通常は12CO2が選択的に固定されますが、乾燥条件下では気孔が閉じて内部の12CO2濃度が低下する結果、13CO2が通常より固定されやすくなるために値が高くなります。
(注3) VPD (Vaper Pressure Deficit)
空気があとどれだけ水蒸気を含めるかを示す指標であり、その数値が大きいほど乾燥した空気であることを意味します。
問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林田無演習林
准教授 後藤 晋(ごとう すすむ)
Tel:042-461-1528
E-mail:gotos[at]uf.a.u-tokyo.ac.j
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
TEL: 03-5841-8179, 5484 FAX:03-5841-5028
E-mail: koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。