犬の尿路上皮癌に対する新たな治療プロトコルにより長期生存を実現
発表のポイント
◆犬の膀胱三角部に広がり、生存期間が短いことで知られる膀胱尿路上皮癌に対して、膀胱尿道全摘出術による外科治療と分子標的薬を用いた積極的な内科療法を組み合わせた新たな治療プロトコルを開発し、481日(約16ヶ月)という長期の予後が得られることを報告しました。
◆犬の膀胱尿路上皮癌は、尿の通り道(膀胱三角部)に発生することが多く、癌の進行により尿路閉塞を起こし患者や家族の生活の質が大きく下がりますが、本研究では膀胱尿道全摘出術を用いることで尿路閉塞を防ぎ、既存のステント留置術などと比べて術後の生存期間が長くなることを明らかにしました。
◆本研究では、膀胱尿道全摘出術と積極的内科療法を用いた新たな治療プロトコルの短期・長期合併症について最多の症例数を用いて明らかにし、術後短期合併症では下痢、吻合部の離開、急性腎障害など、長期合併症としては慢性腎障害や腎盂腎炎などが認められ、これら合併症への対応の重要性を明らかにしました。
犬の尿路上皮癌の診断時の超音波検査画像
概要
東京大学 大学院農学生命科学研究科の西村亮平 東京大学名誉教授、加藤大貴 特任講師らの研究グループは、膀胱三角部(注1)に広がった尿路上皮癌(注2)に対して、膀胱尿道全摘出術(注3) による外科治療と分子標的薬を用いた積極的な内科治療を組み合わせた新たな治療プロトコルを開発しました。その生存期間について、これまで最多の症例数での検討を行い、過去の内科治療単独、外科手術治療単独、ステントを用いた尿路確保術などの治療成績と比べて、新たな治療プロトコルでは約16ヶ月の生存期間および14%の症例で2年以上の生存と、良好な予後が得られることを明らかにしました。さらに、本治療プロトコルの適用にあたって考慮すべき、複数の重要な術後短期、長期の合併症を明らかにしました。
犬の膀胱に発生する腫瘍は尿路上皮癌が多く、尿管、尿道の開口部である膀胱三角部での発生が多い事が知られています。本疾患に対する治療戦略は内科治療を中心に組まれていますが、根治が難しい腫瘍です。根治を期待した外科手術や腫瘍の進行による尿路閉塞の改善を目的とした外科手術が選択される場合もありますが、膀胱三角部は尿管と尿道が隣接する複雑な構造であり、腫瘍を切除するためには膀胱尿道を全て切除し、さらに尿路を再建する膀胱尿道全摘出術が必要となります。本術式による治療成績は少数のケースシリーズのみで、予後改善効果や詳細な合併症は、これまで不明でした。本研究では犬の膀胱三角部に浸潤した膀胱尿路上皮癌に対して、膀胱尿道全摘出術と積極的な内科治療を組み合わせた新たな治療プロトコルを適用することで、より長期の生存が得られることを明らかにしました。
発表内容
尿路上皮癌は犬の尿路系で最も一般的な腫瘍であり、犬の悪性腫瘍全体の約2%を占めます。犬の尿路上皮癌のほとんどは膀胱壁に広範囲に浸潤しており、病理所見はヒトの浸潤性膀胱癌に類似しています。さらに、犬の尿路上皮癌は膀胱三角部に発生または浸潤することが多く、膀胱部分切除による完全切除は事実上不可能であり、多くの症例で腫瘍の進行により尿管、尿道の閉塞を呈します。内科的治療が不可欠であり、非ステロイド性消炎剤、殺細胞性抗癌剤、分子標的薬を単独または組み合わせて使用する様々なプロトコルが報告されています。内科治療により犬の尿路上皮癌の予後は改善されてきましたが、腫瘍浸潤による尿管、尿道の閉塞は、多くの症例で依然として致死的な問題となっています。ヒトでは、膀胱尿道全摘出術は、浸潤性膀胱癌患者に対する一般的な外科手術法であり、世界的なガイドラインで支持されています。犬でも、膀胱尿道全摘出術として、尿管を大腸、膣、子宮、皮膚に吻合する術式が報告されてきましたが、それら報告の予後は1年程度であり、症例数も少ないのが現状です。また、これまでの内科的治療単独の報告(中央生存期間 176-344日)と比較しても、膀胱尿道全摘出術単独の治療は予後を劇的に改善することはなく、その主な原因は腫瘍の再発および/または転移でした。
本研究では、膀胱三角部の尿路上皮癌に対して、尿管-包皮/膣/皮膚吻合術を用いた膀胱尿道全摘出術と積極的な内科治療を併用した新たな治療プロトコルの予後改善効果と合併症を評価することを目的に行われました。新たな治療プロトコルを適用された21症例の初診日からの生存期間中央値は481日と、これまでの内科治療単独、外科手術単独の治療成績より大幅に長い予後でした。さらに、これら結果に雌雄差は認められず、雌雄の症例ともに有効な治療法であることがわかりました (図1)。尿路閉塞を認めた後に手術を行なった症例は12例いましたが、尿路閉塞に対してステント留置術で治療した過去の報告と比較しても、長期の予後が得られました。短期術後合併症は下痢が16例で認められ、回復までに14日間を要しました。吻合部の離開が3例で、急性腎障害が2例で認められました。急性腎障害2例のうち1例では治療反応が認められず死亡しました。手術直前にCT検査を行った症例群は、手術日とは別日にCT検査を行った症例群と比較して、術後急性腎障害の発生頻度が有意に高いことがわかり、術後急性腎障害による合併症のリスクを低減させるためには、CT検査と手術日の期間をあけることの重要性が示唆されました(表1)。長期合併症は、慢性腎障害が27.8%、腎盂腎炎が55.0%の症例で認められ、これら合併症のケアが重要であることがわかりました(表2)。
図1. 内科と膀胱尿道全摘出術を受けた症例における初診からの生存期間及び雌雄差
表1.術後短期合併症
表2.長期合併症
本研究では、膀胱尿道全摘出術と内科治療の組み合わせという新たな治療プロトコルの短期・長期の合併症を明らかにし、さらに、膀胱三角部に発生・浸潤した犬の尿路上皮癌でも長期の生存が得られることを報告しました。
本研究成果は、カナダ獣医師会の機関誌である「The Canadian Veterinary Journal誌」に掲載されました。
〇関連情報:
「プレスリリース①犬の尿路上皮癌に対する新規治療薬候補を発見!! ――HER2を標的とする抗体薬の効果が明らかに――」(2024/03/21)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20240321-1.html
「プレスリリース②犬の膀胱癌の治療標的を発見!!―新たな免疫療法の臨床試験を開始―」(2021/10/22)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20211022-1.html
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院農学生命科学研究科
附属動物医療センター
高橋 洋介 特任研究員
茂木 朋貴 研究当時:特任助教
藤田 淳 特任助教
橋本 裕子 特任研究員
獣医学専攻
加藤 大貴 特任講師
前田 真吾 准教授
中川 貴之 准教授
西村 亮平 東京大学名誉教授
論文情報
雑誌名:The Canadian Veterinary Journal
題 名:Outcomes of total cystectomy with medical treatment in canine transitional cell carcinoma of bladder trigone
著者名:Yosuke Takahashi, Daiki Kato*, Shingo Maeda, Tomoki Motegi, Atsushi Fujita, Yuko Hashimoto, Takayuki Nakagawa, Ryohei Nishimura* (* 責任著者)
URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40070938/
用語解説
(注1)膀胱三角部
左右尿管の膀胱への開口部、膀胱から尿管への境界がある部位を指す。
(注2)尿路上皮癌
犬の下部尿路に発生する悪性腫瘍で最も頻度が多く、有効な治療法が乏しく転移性が高いため、予後1年程度の犬悪性腫瘍である。
(注3)膀胱尿道全摘出術
雌では膀胱、尿道を摘出し、尿管を膣または皮膚に繋ぐ術式である。雄では膀胱、前立腺、尿道を摘出し、尿管を包皮または皮膚に繋ぐ術式である。
問合せ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医外科学研究室 東京大学名誉教授
西村 亮平 (にしむら りょうへい)
TEL: 03-5841-5420 E-mail: surgspartan[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
TEL: 03-5841-8179, 5484 FAX:03-5841-5028
E-mail: koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。
関連教員
前田 真吾
中川 貴之