発表のポイント

◆多様性の指標として事前の多様性を用いる重要性を明らかにしました。
◆この指標が大きいほど収益の変動が小さく、継続的に漁業に従事できることを示しました。
◆この指標によって漁業のレジリエンスをより正確に把握できると期待されます。

概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の阪井裕太郎准教授、アリゾナ州立大学School of SustainabilityJoshua Abbott教授、米国大気海洋庁のDaniel Holland研究員による研究グループは、漁業における操業の多様性の指標として「事前の」指標を用いることの重要性について明らかにしました。従来の研究では、漁獲物や漁獲金額のデータを用いて事後的に各漁業者の操業の多様性を測定していました。しかし、その方法では実際に起きた様々なショックや漁業者の対応行動まで指標の中に反映されてしまうため、そもそもどの程度その漁業者が多様化していたのか把握できません。本研究では漁業者が保有する漁業許可の種類によって、漁業者レベルでの「事前の」多様性を測定することを世界で始めて提唱しました。そして、この指標が大きいほど、漁業者の収益が安定的であり、また継続的に操業できる確率が高いことを示しました。この研究成果は、漁業にとどまらず、事業を多様化することの効果を測定する際に役に立つことが期待されます。

発表内容

 これまでの研究では、漁業者の多様化戦略(注1)の効果を評価する際、実際に漁獲した種や地域、時期などから ex-post(事後的)に多様化を測定する手法が一般的でした。しかしこの方法では、漁業者が選択可能だった選択肢の多様性(選択集合)ではなく、実現された行動だけを捉えるため、戦略としての多様化の有効性を過小評価するおそれがありました(図1)。
 この度、本研究チームは金融ポートフォリオ理論に着想を得て、世界で初めて米国西海岸の漁業において、漁業許可証(Limited Entry Permits)のポートフォリオ情報を用いた ex-ante(事前的)多様化指標を構築し、漁業者の参加行動および収入リスクとの関連性を分析しました。
 1995年から2016年にかけての20年以上にわたる漁業データを分析した結果、この ex-ante 多様化指標は、既存の ex-post 指標(種別、空間、時間の各次元)と強い相関を持つ一方で、2008年のサーモン漁業閉鎖のような外生ショック時には明確に乖離することが確認されました。つまり、ex-ante 指標は、外的要因に左右されず、より純粋に漁業者の戦略的柔軟性を表すことができると示されました。
 さらに、事前に多様化されていた漁業者ほど翌年の操業継続率が高く、また収入の変動係数(CV)が小さい傾向がありました。これにより、多様化が漁業者や漁業地域のレジリエンスを高めるという一般的な仮説を、実証的に支持する結果が得られました。
 また本研究では、短期的な判断である「操業の可否(active/inactive)」と、長期的な判断である「漁業からの撤退(stay/exit)」を明確に区別した分析設計を採用しています。従来の研究ではこの二つの意思決定も明確に区別されていませんでした。この点でも本研究は学術的貢献があると言えます。
 この研究成果は、気候変動や市場変動の影響を受ける漁業において、漁業者の戦略的な適応能力を可視化し、より持続可能な資源管理や地域政策の設計に貢献するものです。また、漁業に限らず、農業や中小企業経営など多様化が重要な他分野の研究にも波及効果をもたらすと期待されます。

1:事前の多様性と事後の多様性
ある漁業者が4年間同じ漁業許可(A-C)を保持しているケース。「事前の」多様性は毎年同じであるが、「事後の」多様性は低く、また毎年変動している。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院農学生命科学研究科
 阪井 裕太郎 准教授

アリゾナ州立大学School of Sustainability
 
Joshua K. Abbott 教授

NOAA Northwest Fisheries Science Center
 Daniel S. Holland 研究員

論文情報

雑誌名:Marine Resource Economics
題 名:Ex-Ante Diversification, Limited Entry Permit Portfolios, and Fishers’ Participation Decisions
著者名:Sakai, Y.*, Abbott, J. K., & Holland, D. S.
DOI: https://doi.org/10.1086/735741
URL: https://www.journals.uchicago.edu/doi/full/10.1086/735741

研究助成

 本研究は、US national science foundation, Grant/ Award Number: 1616821の支援により実施されました。

用語解説

(注1)漁業者の多様化戦略
漁業には様々な不確実性が伴うため、漁獲対象魚種を多様化したり、操業エリアや操業月を多様化したりすることでリスクを減らすことが有用とされています。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授 阪井 裕太郎(さかい ゆうたろう)
Tel:03-5841-7500 E-mail:a-sakai[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。

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