発表概要

 新規バイオ系素材として注目されている様々なナノセルロース類の化学構造と機能に関する基礎研究成果を分子からナノレベルの観点から説明し、バイオ系セルロースナノ複合材料設計に向けた相互作用制御とその機構解析、さらに期待される物性発現効果、循環型経済社会への貢献と課題などについてまとめた。

発表内容

 環境・資源問題の高まりから、化石資源から再生産可能で持続可能な資源への転換を進め、生分解性でカーボンニュートラルな汎用および高機能製品を基盤とする社会への移行が求められている。植物主成分として量的に豊富で多用途展開が可能なバイオポリマーであるセルロースは、紙や繊維などの汎用材料原料として長年使用されてきた。しかし、現在ではさらにエネルギー、ヘルスケア、食品、化粧品、塗料、分散剤、エレクトロニクス、モビリティ、健康・医療などの先進分野でも注目を集めている。超分子化学によるナノセルロース類とマトリックス成分間の非共有結合的で可逆な特異的相互作用、配向制御技術により、セルロースナノ複合材料の設計が可能であり、新規で特異的な機械的、化学的、熱的、電気的、光学的および生物学的特性を発現する。本論文では、ナノセルロース類の化学構造に関する基礎的知見と、セルロースナノ複合材料化のための多面的で多機能の超分子化学および工学、加工プロセス技術について、分子からナノレベル構造の観点から説明する。また、これらのアプローチが資源の循環性と環境の持続性という人類の目標に対する将来の展望と課題をまとめた。

図 セルロースナノ複合材料に向けた超分子化学および工学手法

a)水素結合の制御は、セルロースナノ複合材料の靭性と強度の向上に重要となる。b)静電相互作用により、ナノセルロースと複合材料中の様々な成分間のイオン結合を可能にする。セルロースナノクリスタルの粒子サイズと濃度設計により配向制御が可能となる。c)安定な錯体形成によるナノセルロースの表面化学特性と足場形成能は、金属有機構造体(MOF)およびミクロポーラス有機ポリマー(MOP)の核形成と成長を可能にする。さらに、分子欠陥をなくし、光透過率が向上するために太陽電池効率が向上する。d)ナノセルロースの表面疎水化と両親媒性化による、他成分との相互作用、自己会合性、ネットワーク構造形成により、高度な機能性ナノ複合材料化を可能にする。e)ナノセルロースとモノマーの相互作用により、ナノ複合材料に自己修復性と動的特性を付与する。f)芳香族ポリマーまたは低分子とナノセルロース間のπ-πスタッキングにより、機械物性と熱安定性を向上させる。また、ナノセルロースはステレオコンプレックス結晶化において効果的な核剤として機能し、結晶化中のホモキラル結晶の形成を抑制する。

発表者

Lu Chen (Wuhan University, China)
Le Yu (Wuhan University, China)
Luhe Qi (Wuhan University, China)
Stephene J. Eichhorn (University of Bristol, UK)
磯貝 明(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻)
Erlantz Lizundia (University of the Basque Country, Spain)
J.Y. Zhu (Forest Products Laboratory, USA)
Chaoji Chen (Wuhan University, China)

発表雑誌

雑誌 :Nature Reviews Materials
論文タイトル :Cellulose nanocomposites by supramolecular chemistry engineering
著者 :Lu Chen, Le Yu, Luhe Qi, Stephen J. Eichhorn, Akira Isogai, Erlantz Lizundia, J. Y. Zhu, Chaoji Chen*
DOI番号 :10.1038/s41578-025-00810-5
論文URL :https://doi.org/10.1038/s41578-025-00810-5
公表日 :2025年6月7日電子版掲載

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
磯貝 明 特別教授
Tel:080-4154-1362
Fax:03-5841-8244
E-mail:akira-isogai<at>g.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

ナノセルロース:
 植物は、直鎖状に伸び切ったセルロース分子が20~40本規則的に束ねられ、幅約3 nm、長さ数µm以上の結晶性「セルロースミクロフィブリル」という天然のナノファイバー構造を主成分としている。この高強度・高安定性のセルロースミクロフィブリルが更に集合し、階層構造を形成することで、植物体を重力、風雨、生物攻撃から守り、樹木のように長寿命を維持している。著者らは、幅数十µmで分布のある植物セルロース繊維を、水中で約3 nmの均一幅に(すなわち、繊維幅を約1万分の1の最小単位にまで微細化した)、完全ナノ分散化セルロースナノファイバーの調製に世界で初めて成功した。その後、様々な化学前処理方法、機械解繊方法により、形状や表面化学構造が異なる多種多様なナノセルロース類が見出されており、関連する基礎および応用研究が世界レベルで進められている。

関連教員

磯貝 明