発表のポイント

VLに感染した母親から胎児への垂直感染を、寄生虫DNAの検出と組織染色によって明らかにしました。
◆世界で初めて、マウスモデルを用いてVLの垂直感染を組織学的に証明し、胎盤の異常が感染に関与する可能性を示しました。
◆この研究は、VLの垂直感染の仕組み解明に役立つ新たな手がかりを示しており、今後の治療や予防法の開発が期待されます。

VLにおける垂直感染と胎盤変性

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の溝渕悠代 特任研究員、後藤康之 教授らと北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所の山岸潤也 教授による研究グループは、内臓型リーシュマニア症(VL)(注1)の母子感染メカニズムを明らかにしました。VLは寄生虫が免疫細胞に感染して起こる病気で、妊娠中にかかると胎児への垂直感染が報告されていますが、その仕組みは不明でした。研究チームは妊娠マウスを使った実験で、胎児の約7割から寄生虫DNAを検出し、胎児肝臓では寄生虫特異的なタンパク質発現も確認しました。さらに胎盤には炎症や組織異常が見られ、バリア機能の低下が胎児への感染に関与している可能性が示されました。この成果は、VLの垂直感染メカニズムを解明するための新たな手がかりを示すもので、治療や予防法の開発に貢献すると期待されます。

発表内容

VLは、リーシュマニア原虫という寄生虫が体内の免疫細胞に感染することで起こる重い病気です。症状としては、発熱や貧血、脾腫、肝障害があり、特に地中海沿岸や南米の国々で蔓延しています。VLはヒトだけでなくイヌなどにも感染するため、「人獣共通感染症」としても知られています。

これまで、VLに感染した妊婦から生まれた赤ちゃんにこの寄生虫が移る「垂直感染(注2)」が報告されています。しかし、どうやって胎児に感染が広がるのか、その仕組みはよく分かっていませんでした。大きな原因の一つは、垂直感染を調べるための実験動物のモデルがなかったことです。

そこで研究グループは、新たにマウスを使ったVL妊娠モデルを開発し、VLの垂直感染メカニズムを詳しく調べました。リーシュマニア原虫に感染した雌マウスを妊娠させ胎児を調べたところ、約7割の胎児から寄生虫のDNAが検出されました。また、胎児の肝臓組織では、寄生虫が発現する特定のタンパク質が染色によって確認され、垂直感染が組織レベルで実証されました(図1)。

1:胎子肝臓におけるリーシュマニア原虫

さらに、VL妊娠マウスの胎盤を詳しく観察すると、細胞の萎縮や血管の拡張といった組織異常が見られ、免疫細胞の一種であるT細胞の増加も確認されました(図2)。こうした変化は「胎盤炎」の兆候であり、これもVLによる影響だと考えられます。こうした胎盤異常により、本来胎児を守るはずの胎盤のバリア機能が弱まり、血液中の寄生虫が胎盤を通って胎児に感染している可能性が示されました。

2:VLの胎盤炎

加えて、研究チームは胎盤の遺伝子の働きにも注目しました。トランスクリプトーム解析の結果、感染した胎盤では「インターフェロン(IFN, 注3)」という免疫反応に関わる分子に関連する遺伝子が活発になっていることが分かりました(図3)。これは、IFNシグナルがVLの胎盤炎に関与している可能性を示しています。

3:VL胎盤におけるIFNシグナル活性化

この研究は、VLの母親から胎児への垂直感染がどのようにして起こるのかを明らかにする上で、重要な手がかりを与えてくれます。今後、妊娠中のVL感染のリスクを評価したり、母子感染を防ぐ治療法や予防策を開発したりするうえで、大きな貢献が期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻
 溝渕 悠代 特任研究員
 三條場 千寿 准教授
 後藤 康之 教授

北海道大学
人獣共通感染症国際共同研究所
 山岸 潤也 教授

論文情報

雑誌名:PLOS Neglected Tropical Diseases
題 名:Vertical transmission of Leishmania donovani with placental degeneration in the pregnant mouse model of visceral leishmaniasis
著者名:Haruka Mizobuchi*, Junya Yamagishi, Chizu Sanjoba and Yasuyuki Goto
DOI: 10.1371/journal.pntd.0012650
URL: https://journals.plos.org/plosntds/article?id=10.1371/journal.pntd.0012650

研究助成

本研究は、日本学術振興会科研費(課題番号: 21H02722, 22H05057, 23K14109, 24KJ0080, 24K02271)、日本医療研究開発機構(課題番号: JP223fa627001)による支援を受けて実施されました。

用語解説

(注1)内臓型リーシュマニア症(VL)
リーシュマニア原虫の感染によって引き起こされる寄生虫性疾患です。吸血性のサシチョウバエという昆虫により媒介され、インド、ブラジル、エチオピアなどの熱帯地域で年間59万人の発症者をもたらしています(世界保健機構、2022)。典型的な症状として発熱、肝脾腫、体重減少、貧血などが挙げられ、治療しないと90%以上が死に至るとされています。

(注2)垂直感染
病原体が母体から胎児に感染する経路の一つで、妊娠中の胎盤を通じて感染する「経胎盤感染」、出産時に産道を通じて感染する「経産道感染」、また母乳を通じて感染する「母乳感染」などがあります。HIVB型肝炎ウイルス、風疹ウイルス、トキソプラズマなどで知られています。

(注3)インターフェロン(IFN)
ウイルスや寄生虫などの病原体が体内に侵入した際に、免疫細胞などから分泌されるタンパク質です。主に「I型(IFN-αIFN-β)」と「II型(IFN-γ)」があり、感染防御や炎症反応を引き起こす重要な役割を担います。過剰なIFN反応は、炎症や組織障害の原因になることもあります。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 応用免疫学研究室
特任研究員 溝渕 悠代(みぞぶち はるか)
E-mail: mizobuchi<at>g.ecc.u-tokyo.ac.jp

関連教員

後藤 康之
三條場 千寿