カイコのオス化複合体の発見
発表のポイント
◆カイコにおいてオス化を誘導するオス化複合体を発見しました。
◆カイコの性決定カスケードにおいて、ミッシングピースであったオス化の最終ステップを明らかにしました。
◆カイコをはじめとするチョウ目昆虫の性決定機構の全貌解明に貢献する成果です。
カイコのオス化複合体によるオス化プロセス
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の勝間進教授らの研究グループは、カイコの性決定カスケードにおいて、ミッシングピースであったオス化の最終ステップを明らかにしました。これまでに明らかにしていたオス化因子Mascに結合する因子として、RNA結合タンパク質であるPSIを同定しました。MascとPSIは複合体を形成し、性決定最下流のdsxのスプライシングを直接制御することで、カイコのオス化を誘導することを発見しました。カイコをはじめとするチョウ目昆虫の性決定カスケードにおいて、オス化複合体が重要な役割を果たすことを示す研究成果です。
発表内容
東京大学大学院農学生命科学研究科の勝間進教授のグループでは長年にわたり、カイコの性決定遺伝子の同定を目指してきました。2014年にW染色体上のpiRNA(Fem piRNAと命名)がメス決定因子であることを明らかにすることができました(Kiuchi et al., Nature, 2014)(農学部プレスリリース参照:https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2014/20140515-1.html)。一方、Fem piRNAのターゲットとなっている遺伝子Masculinizer(Masc)も同定し、その遺伝子産物がチョウ目昆虫においてオス化と遺伝子量補償(注1)を担うことも発見しました。しかし、その後、約10年間、Mascがいかにして性決定の最下流因子であるdoublesex (dsx)(注2)のスプライシングをオス型に規定するのか、そのメカニズムは未解明でした。今回、Mascを含むオス化複合体を同定し、それが直接オス化を誘導することを発見しました。
カイコ培養細胞であるBmN-4は卵巣由来であり、dsxはメス型を示します。しかし、Mascを過剰発現させるとオス型dsxが発現するようになります。そこで、Mascがこの細胞内で結合するタンパク質がオス化に必要であるという仮説をたて、免疫沈降と質量分析でMasc結合タンパク質を同定しました。その中には多くのスプライシング関連因子とともに、dsxのオス型スプライシングに関与することが報告されているP-element somatic inhibitor (PSI)が含まれていました(図1)。次に、このMasc–PSI複合体がdsx pre-mRNAに結合しているのかをRIP-seq、およびRIP-qPCRで解析したところ、メス特異的エキソンであるエキソン3、4近傍に強く結合していることがわかりました(図2)。すなわち、Masc–PSI複合体がメス特異的領域に結合することでエキソンスキッピングが起き、その結果としてオス型dsx が作り出されると考えられました。PSIはオスでもメスでも発現していることから、Mascの有無によるオス化複合体の形成がカイコのオス化に必要であると言えます(図3)。今後、このオス化複合体の全貌解明を進めるとともに、チョウ目昆虫における複合体の多様性と共通性の解明を進めます。
図1:BmPSIはBmMasc結合タンパク質である
免疫沈降と質量分析によるBmMasc結合分子の同定(A)と免疫沈降-ウエスタンブロッティングによるMascとPSIの結合確認(B)
図2:BmMasc複合体はBmdsxのメス特異的領域に結合する
RIP-qPCR法の概略説明(A)とBmMasc複合体のdsxのエキソン3、4への特異的結合(B)
図3:カイコの性決定カスケード
BmMasc–BmPSI複合体は直接dsx pre-mRNAのメス特異的領域に結合し、エキソンスキッピングを誘導する。その結果、オス型dsxの発現が起きる。BmPSIはメスにも存在するが、BmMascはFem piRNAにより抑制されているためオス化複合体は形成されず、dsxのスプライシングはメス型となる。
〇関連情報:
「カイコの性はたった一つの小さなRNAが決定する-80年来の謎をついに解明!カイコの性決定メカニズム-」(2014/5/15)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2014/20140515-1.html
「メスだけが生き残る仕組み-オスを狙って殺す共生細菌ボルバキアタンパク質Oscar(オス狩る)の発見-」(2022/11/15)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20221115-1.html
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院農学生命科学研究科
兼田 竜昇 研究当時:修士課程
松田(今井) 典子 特任研究員
木内 隆史 准教授
勝間 進 教授
大学院新領域創成科学研究科
鈴木 穣 教授
鈴木 雅京 准教授
徳島大学
先端酵素学研究所
小迫 英尊 教授
東京農工大学
大学院生物システム応用科学府
庄司 佳祐 准教授
論文情報
雑誌名:Communications Biology
題 名:The Masc-PSI complex directly induces male-type doublesex splicing in silkworms
(Masc-PSI複合体はカイコにおけるdoublesexのオス型スプライシングを直接誘導する)
著者名: Tatsunori Kaneda, Noriko Matsuda-Imai, Hidetaka Kosako, Keisuke Shoji, Masataka G. Suzuki, Yutaka Suzuki, Takashi Kiuchi, Susumu Katsuma*
*,責任著者
DOI: https://doi.org/10.1038/s42003-025-08350-y
URL: https://www.nature.com/articles/s42003-025-08350-y
研究助成
本研究は、新学術領域計画研究(17H06431,16H06279)、基盤研究(A)(22H00366)、およびG-7奨学財団助成の支援により実施されました。
用語解説
(注1)遺伝子量補償
雌雄における性染色体数の不均等から生じる遺伝子の発現量の差を、雌雄で等しくなるように調節する機構を遺伝子量補償といいます。例えば、オスXY/メスXXの性染色体構成を持つキイロショウジョウバエでは、オスのX染色体の遺伝子の発現を上昇させるシステムを使用しています。一方、チョウ目昆虫の場合、オスにおけるZ染色体の遺伝子発現を抑制することで遺伝子量補償が行われますが、そのシステムの中心にMascが存在していることがわかっています。
(注2)doublesex(dsx)遺伝子
昆虫が共通して持つ遺伝子で、転写因子をコードしています。雌雄で異なるスプライシングを行うことで、雌雄で異なる配列と機能を持つタンパク質を作り出します。この転写因子が雌雄で異なる遺伝子を活性化することで、性分化が誘導されます。
問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 勝間 進(かつま すすむ)
Tel:03-5841-8994 E-mail:skatsuma@g.ecc.u-tokyo.ac.jp