深層学習を用いたマウス「立ち上がり行動」の自動解析技術を開発 —簡便な動画記録のみで昼夜を問わず定量的行動解析が可能に —
発表のポイント
◆深層学習を用いて、マウスの立ち上がり行動を高精度に自動検出する手法を開発
◆通常のビデオカメラとLED/赤外線照明を用いて、専用機器なしに昼夜の解析が可能
◆薬剤(カフェイン)投与や昼夜による行動の違いも定量的に把握できることを実証
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、マウスの立ち上がり行動(rearing)を自動的に検出・解析するための深層学習モデル(畳み込み再帰型ニューラルネットワーク、CRNN)を開発しました(図)。本手法は、ケージの上部から撮影されたLED照明または赤外線照明下の動画を用いて、高精度なマウスの立ち上がり行動の検出を実現しました。従来のセンサーを用いた解析に代わる、安価で汎用性の高い行動解析技術として注目されます。
発表の内容
マウスなどの実験動物において、「立ち上がり行動(rearing)」は、不安や好奇心、探索行動などを評価するうえで重要な行動指標です。この行動は後肢で立ち上がり、前肢を地面から離して周囲を観察するもので、特に神経科学や行動薬理学の分野では頻繁に解析対象となっています。しかしながら、このような行動を従来通り目視で記録・解析するには多大な時間と労力が必要であり、長時間の行動観察や多数個体の同時計測には不向きです。さらに、マウスは夜行性動物であるにもかかわらず、夜間の行動観察は照明や装置の制約により十分に行われていないのが実情です。また、既存の自動解析装置の多くは、赤外線センサーや深度カメラといった高価な専用機器を必要とし、導入コストや設備面でのハードルが高いことも課題でした。
研究の成果
本研究では、通常のビデオカメラでケージの上方から撮影した動画を用いて、畳み込み再帰型ニューラルネットワーク(CRNN)を訓練することで、マウスのrearing行動を昼夜問わず高精度に自動検出できる手法を開発しました。動画は白色LED照明下および赤外線照明下で記録しました。
開発されたモデルは、学習に使用しなかった動画に対しても感度89.2%、特異度98.1%を達成し、人間の観察者とほとんど同等の精度でrearing行動を判定することができました。また、カフェインを投与したマウスでは、rearing行動の頻度や持続時間が有意に増加することが自動解析によって明瞭に検出され、薬理評価への応用の可能性も確認されました。
さらに、日中と夜間でrearing行動に明確な差異があることも定量的に把握することができ、行動観察の時間帯選定の重要性も示唆されました。これにより、本手法は、行動学的評価における昼夜変化の把握や、より生理的な行動解析に貢献できると期待されます。
発表者・研究者等情報
坂本 直観(大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程学生)
福田 将大(大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 農学共同研究員)
宮崎 優介(大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程学生)
大森 啓介(大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 農学共同研究員)
小林 幸司(大学院農学生命科学研究科 特任講師)
村田 幸久(大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
論文情報
タイトル:Automated Analysis of Mouse Rearing Using Deep Learning
著者:Naoaki Sakamoto, Masahiro Fukuda, Yusuke Miyazaki, Keisuke Omori, Koji Kobayashi, Takahisa Murata
掲載誌:Journal of Pharmacological Sciences
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jphs.2025.06.002
HP:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1347861325000660
研究助成
本研究は、以下の研究助成を受けて実施されました。
・日本学術振興会 科学研究費助成事業(20H05678, 25H00430, 24KJ0903)
・科学技術振興機構(JST)A-STEP(課題番号:JPMJTR22UF)
用語説明
・Rearing(立ち上がり行動):マウスが後肢で立ち、前肢を地面から離して周囲を探索・観察する行動。動物の不安や探索傾向、環境反応性を測定する重要な行動指標であり、行動薬理学や神経科学で広く用いられている。
・CRNN(畳み込み再帰型ニューラルネットワーク):画像や動画データに含まれる空間的特徴(形・姿勢など)と時間的変化(動作の推移)を同時に扱える深層学習モデル。畳み込みニューラルネットワーク(CNN)と再帰型ニューラルネットワーク(RNN)を組み合わせて構成され、時系列を伴う行動解析に適している。
・赤外線照明:可視光を含まない赤外線(IR)を使用した照明。動物にとっては視覚刺激とならず、対応するカメラを用いれば、夜間に自然な行動を妨げずに撮影可能。夜行性動物の解析に適している。
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科
獣医薬理学研究室・放射線動物科学研究室
准教授 村田 幸久
Tel: 03-5841-7247 / Fax: 03-5841-8183
E-mail: amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp(<アット>を@に)