発表のポイント

◆従来のゲノミック選抜は「現在の個体」の能力に基づいて選抜を行ってきましたが、本研究では、将来世代のゲノム変化を確率的に予測し、「未来に優れた個体」を選抜するという新しいアプローチに着目しました。
◆薬用植物アカジソを対象に、異なる2つの薬効成分に特化した2集団を理論的に組み合わせ、両成分が高い個体を効率よく選抜する手法を確立しました。
◆専門家の少ない薬用植物や未利用作物でも育種を効率的に進められるようになるという意義が大きく、農業や医薬分野における新たな育種基盤の構築につながることが期待されます。

未来を予測する育種の新戦略

 

概要

 東京大学の岩田教授、株式会社ツムラの津坂研究員とかずさDNA研究所の白澤室長らとの共同研究チームは、将来世代の遺伝的変化を予測し、異なる薬効成分に特化した植物集団を組み合わせることで、両方の薬効を併せ持つ優良個体を理論的に設計する新たな育種手法を開発しました。対象としたのは、育種がほとんど進んでいない薬用植物アカジソで、測定に手間のかかるペリルアルデヒドとロスマリン酸の2成分を効率的に改良することを目指しました。ゲノム情報から将来世代の形質を確率的に予測し、高性能な個体が出現する可能性の高い交配組合せを選ぶことで、従来法と比べて遺伝的な改良程度が最大18%向上しました。このアプローチは、アカジソに限らず、育種の進んでいない多様な有用植物への応用が期待され、データ駆動型育種の新たな展開を示しています。

発表内容

 私たちの食生活を支える多くの作物は、人間にとって有用な特性をもつように、野生種から長年かけて遺伝的に改良(=育種)されてきました。主要な作物であるイネやダイズの育種では、「育種家」と呼ばれる専門家が、豊富な経験や直感に基づいて、どの個体を交配し、どれを次世代に残すかを判断してきました。しかし、育種家がほとんどいない植物や、育種の進んでいない植物種も数多く存在します。こうした植物に対しては、従来のような経験に依存する方法では十分な改良を進めることができません。
 この課題を解決する手段として注目されているのが「ゲノミック選抜(GS)」です。これは、植物のゲノム情報から目的とする形質に対する遺伝的な能力を予測し、その予測値に基づいて個体を選抜する手法です。すでにいくつかの作物で実用化が始まっていますが、多くの方法は「現在の世代の能力」に基づいて選抜を行うものでした。本研究グループは、ゲノムデータの強みをより活かすため、将来世代のゲノムの変化を確率的に予測することで、「未来に高い性能を発揮する個体」を選ぶという新たな視点に着目しました。

 今回の研究では、漢方薬の原料となる薬用植物「アカジソ」を対象に、2つの薬効成分(ペリルアルデヒドとロスマリン酸)の改良を目指しました。アカジソには専門の育種家が存在せず、薬効成分の測定には多くの時間とコストがかかるうえ、薬効成分が高い個体を単純に選んでも、それが後代に安定して伝わるとは限りません。
 本研究の特徴は、異なる薬効成分に特化した複数の育種集団を混合し、それらを理論的に最適な形で組み合わせることで、将来世代において両方の成分が高い個体を得る戦略を提案したことです。薬効成分に関連する遺伝子の位置や効果を推定した予測モデルを用い、将来世代のゲノム構成と表現型を確率的にシミュレーションすることで、両成分を兼ね備えた個体が生じる可能性の高い交配組合せを見つけ出しました。この手法を用いた結果、現世代の能力に基づいて選抜した場合と比べて、最終世代での改良の程度(遺伝的獲得量(注1))が818%向上することが示されました。また、遺伝的背景が異なる集団同士の交配においても、本手法が有効に機能することが確認されました。現在、本研究で得られた知見をもとに、実際のアカジソ育種への応用が進められており、改良成果の取りまとめが行われています。

 この手法は、育種が十分に進んでいない植物種に広く応用可能です。植物は食用だけでなく、医薬品、エネルギー、衣料、観賞など多様な用途での活用が期待されています。その可能性を引き出すには、経験に依存しない、データ駆動型の効率的な育種が今後ますます重要となるでしょう。

1. 現在優秀な個体を選ぶ従来の方法 () と、
将来の性能を予測して選抜する本研究の方法 ()の概念図

 

2. 従来の選抜方法 (緑破線) と本研究の提案手法 (紫実線) による
遺伝的獲得量の変化の比較(シミュレーション結果)

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院農学生命科学研究科
木下 青 研究当時:修士課程
 現:博士課程
櫻井 建吾 研究当時:博士課程
 現:助教 
岩田 洋佳 教授

理化学研究所 革新知能統合研究センター
濱崎  甲資 基礎科学特別研究員

株式会社ツムラ
津坂 宜宏 研究員
櫻井 美希 研究当時:課長
 現: LAO TSUMURA CO.,LTD. 生産二部長

かずさDNA研究所
白澤 健太 室長
磯部 祥子 研究当時:主席研究員
 現:東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授

論文情報

雑誌名:Theoretical and Applied Genetics
題 名:Optimization of crossing strategy based on the usefulness criterion in inter-population crosses considering different marker effects among populations
著者名:Sei Kinoshita, Kengo Sakurai, Kosuke Hamazaki, Takahiro Tsusaka, Miki Sakurai, Kenta Shirasawa, Sachiko Isobe, Hiroyoshi Iwata*
DOI: 10.1007/s00122-025-04935-7
URL: https://link.springer.com/journal/122/articles

研究助成

 本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム JST OPERA「薬用植物のゲノム育種の基盤構築(課題番号:JPMJOP1851))」、公益財団法人かずさDNA研究所の支援を受けて行われました。

用語解説

(注1)遺伝的獲得量:
遺伝的に改良した程度。本研究では、初期集団(第0世代)と相対的に比較を行った場合の遺伝的な能力の差を表す。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
教授 岩田 洋佳(いわた ひろよし)
Tel:03-5841-5069 E-mail:hiroiwata@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

関連教員

岩田 洋佳
櫻井 建吾