様々なMERS関連コロナウイルスの検出に応用可能なELISA法の開発
発表のポイント
◆MERSコロナウイルスをはじめとする、様々なMERS関連コロナウイルス(注1)を検出できる新しいサンドイッチELISA検査法(注2)を開発
◆複数のコウモリ由来MERS関連コロナウイルスに共通する抗原を高感度で検出可能
◆簡便・迅速・高精度な診断法として、将来的な感染症対策やフィールド調査に応用可能
概要
本研究では、MERSコロナウイルスを含む様々なMERS関連コロナウイルスを検出できる新たなサンドイッチELISA法診断法を開発しました。コウモリ由来のウイルスのヌクレオカプシド(N)タンパク質を用いて、幅広いMERS関連コロナウイルスに反応するモノクローナル抗体を作製しました。この抗体を組み合わせて高感度かつ特異的な検出系を構築しました。本手法は、機器の制約が少なく、短時間で結果が得られるため、今後の新興感染症の早期発見や野外調査での利用が期待されます。
発表内容
近年、コウモリを自然宿主とするコロナウイルスの一部がヒトに感染し、新たな感染症として社会に重大な影響を与えています。特にMERS(中東呼吸器症候群)やSARS、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因となったウイルスは、いずれもコウモリ起源と考えられており、今後も新たなコウモリ由来コロナウイルスの出現が懸念されています。本研究では、MERS関連コロナウイルスに着目しました。このグループにはMERSコロナウイルスだけでなく、複数のコウモリ由来ウイルスが含まれており、ヒト細胞への感染能を持つことが近年の研究で示され、新たな感染症の病原体となることが危惧されています。MERS関連コロナウイルスは様々なウイルスが含まれるために、特定のウイルスだけを対象にした診断法では、今後出現する未知のウイルスに対応できない可能性があります。そこで私たちは、MERS関連コロナウイルスで豊富に存在し、保存性の高い構造タンパク質であるヌクレオカプシド(N)タンパク質に着目し、このタンパク質を認識するマウスモノクローナル抗体(注3)を作製しました。作製したモノクローナル抗体のうち、3種類の抗体が幅広いMERS関連コロナウイルスに強く反応する一方で、SARS-CoV-2など他のコロナウイルスには反応しませんでした。これらのうちから2つの抗体を組み合わせることで、Nタンパク質を捕捉可能なサンドイッチELISA法を確立しました。
このサンドイッチELISA法は、6種のMERS関連コロナウイルス(VsCoV-1、EjCoV-3、NeoCoV、MERS-CoV、HKU4、HKU5)に対して、1.25~7.81 ng/mLという低濃度での検出が可能であり(図1)、感染性ウイルス(EjCoV-3)でも1.3 × 10³ PFU/mLのウイルスを検出しました(図2)。また、他のコロナウイルスには交差反応せず、高い特異性も示しました(図3)。
図1 サンドイッチELISAによる様々なMERS関連コロナウイルスのNタンパク質の検出
6種のMERS関連コロナウイルス(VsCoV-1、EjCoV-3、NeoCoV、MERS-CoV、HKU4、HKU5)のNタンパク質に対して7.8 ng/mL以下という低濃度での検出が可能でした。
一方、新型コロナウイルスであるSARS-CoV-2には交差反応せず、新型コロナウイルスと区別できることがわかりました。
図2 サンドイッチELISAによる感染性MERS関連コロナウイルスの検出
感染性ウイルス(EjCoV-3)では1.3 × 10³ PFU/mLのウイルスを検出しました。
図3 サンドイッチELISAの特性解析
6種のMERS関連コロナウイルス(VsCoV-1、EjCoV-3、NeoCoV、MERS-CoV、HKU4、HKU5)およびその他のヒトに感染するコロナウイルスのNタンパク質を発現する細胞を溶解し用いてサンドイッチELISAを実施したところ、ヒトに感染するコロナウイルス交差反応せず、ヒトコロナウイルスとも区別できることがわかりました。
将来的には、この抗体ペアを利用した簡易診断キット(イムノクロマト法)への応用も視野に入れており、野外での動物ウイルス監視や、パンデミック対応の一助としての活用が期待されます。
発表者
黎 凱欣(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
片山美沙(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
市川綾乃(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
松郷宙倫(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
上間亜希子(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任助教)
関根 渉(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
堀本泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
村上 晋(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
発表雑誌
雑誌名 : Pathogens
論文タイトル : Establishment of a Sandwich ELISA for Detection of Pan-Merbecoviruses
著者 : Kaixin Li, Misa Katayama, Ayano Ichikawa, Hiromichi Matsugo, Akiko Takenaka-Uema, Wataru Sekine, Taisuke Horimoto, Shin Murakami
DOI番号 : 10.3390/pathogens14060605
論文URL : https://www.mdpi.com/2076-0817/14/6/605
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
准教授 村上 晋(むらかみ しん)
Tel: 03-5841-5398
Fax: 03-5841-8184
E-mail: shin-murakami<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
教授 堀本 泰介(ほりもと たいすけ)
Tel: 03-5841-5398
Fax: 03-5841-8184
E-mail: taihorimot<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
用語解説
注1 MERS関連コロナウイルス(Middle East respiratory syndrome-related coronavirus)
2012年にサウジアラビアで初めて報告されたMERS-CoV(中東呼吸器症候群コロナウイルス)は、重篤な肺炎を引き起こすヒト感染症ウイルスで、ヒトへの感染は主にヒトコブラクダを介して起こるとされる。MERS関連コロナウイルスは、このMERS-CoVと遺伝的に近縁なウイルス群の総称で、自然宿主は主にコウモリと考えられている。
注2 サンドイッチELISA法
サンドイッチELISA法は、2種類の抗体を使って、対象となるタンパク質をはさむ(=サンドイッチする)ようにとらえ、特定のタンパク質を検出する方法です。色の変化などによって結果を確認します。手軽で高感度なため、医療や食品検査、環境調査など幅広い分野で使われています。
注3 モノクローナル抗体
同じ抗体を作る1種類の「B細胞」由来のクローン細胞(ハイブリドーマ)から作製されるため、すべての抗体が同一の構造を持つ。そのため、ターゲットとなるタンパク質の同じ部分だけに結合する性質を持つ。