発表のポイント

◆細胞間、組織間、器官間コミュニケーションを調べる、新たな手法として遺伝子共発現ネットワーク(注1)の器官横断的解析を開発しました。
◆モデル植物であるシロイヌナズナを用いた遺伝子共発現ネットワークの器官横断的解析により、葉が窒素栄養欠乏状態にあることを根に伝達し、根における遺伝子発現を制御する移動性転写因子TGA7を発見しました。
◆本研究で開発された手法は全ての多細胞生物で実施可能であることから、多細胞生物における様々な細胞間、組織間、器官間コミュニケーションの解析に貢献することが期待されます。

発表概要

 植物にとって、組織あるいは器官間の情報伝達に基づいて他の組織や器官の機能を調節する長距離制御は、多様な環境に最適に適応するために重要です。しかし、これまで、システマチックに長距離制御に重要な遺伝子を同定する方法はありませんでした。今回、アグロバイオテクノロジー研究センターの柳澤教授らは、発現している組織・器官と異なる組織・器官の遺伝子共発現ネットワークに影響を及ぼす遺伝子候補を選抜する方法として、遺伝子共発現ネットワークの器官横断的解析を着想し、この方法の有効性をシロイヌナズナを用いて調べました。遺伝子共発現ネットワークの器官横断的解析により選抜された遺伝子の詳細な解析により、TGA7転写因子が葉から根へと移行する転写因子であることを明らかにしました。TGA7は葉では光合成遺伝子を活性化する一方で、窒素栄養が不足してくると葉から根に移行して、硝酸態窒素の吸収を促進することがわかりました。これらの発見により、長距離制御を明らかにするうえで遺伝子共発現ネットワークの器官横断的解析が有効であることが示されました。

発表内容

 植物は中枢神経系を持たないため、個々の細胞、組織、器官はそれぞれ自律的な単位として環境に応答しています。したがって、細胞間、組織間、器官間のコミュニケーションに基づく長距離制御によって他の細胞、組織、器官の働きを調節することは、植物体全体としてバランスのとれた発達や最適な環境適応に重要です。しかし、これまで長距離制御をシステマチックに解析する手法はありませんでした。
 そこで、システマチックに長距離制御に関わる因子を発見する方法として、遺伝子共発現ネットワークの器官横断的解析を着想しました。この解析方法は、遺伝子Xの発現レベルが組織Aにおける特定の生物学的活性の決定因子であり、この生物学的活性が組織Bにおける生理学的プロセスYと密接な関係にある場合、組織Aにおける遺伝子Xの発現レベルは、組織BにおけるプロセスYに関連遺伝子の発現レベルと正または負の相関を示すことが期待されることから着想されたものです。シロイヌナズナを用いて、葉における全転写因子の遺伝子の発現と根における全遺伝子の発現を用いて遺伝子共発現解析を行い、葉における遺伝子の発現が根における窒素栄養欠乏応答に大きな影響を及ぼす可能性のある転写因子遺伝子としてTGA7転写因子遺伝子を見出しました。シロイヌナズナの野生型株、TGA7遺伝子欠損株、過剰発現株の比較解析などによりTGA7転写因子の機能が調べられ、TGA7は葉では光合成遺伝子の発現に、根では窒素栄養の吸収を担う遺伝子の窒素欠乏時の発現上昇を制御していることが明らかにされました。
 また、これらの接木体を用いた解析により、葉におけるTGA7遺伝子の発現が根における窒素欠乏応答に重要であることが明らかにされました。さらに、接木体を用いた解析により、葉で生合成されたTGA7タンパク質が根に移行することが示されました。
 これらの発見により、葉の機能と根の機能を同調的に制御する仕組みが明らかにされました。遺伝子共発現ネットワークの器官横断的解析は、様々な多細胞生物における細胞間、組織間、器官間のコミュニケーションの解明に用いることができることから、広く生命科学研究に貢献することが期待されます。この研究成果は、Nature Plants誌のNews & Viewsでも取り上げられました(https://doi.org/10.1038/s41477-025-02059-w)

1. 遺伝子共発現ネットワークの器官横断的解析

(A)葉における全転写因子の遺伝子の発現と根における全遺伝子の発現を用いて構築された、窒素栄養欠乏時の遺伝子共発現ネットワーク。M4とM6が窒素栄養の欠乏に発現量が大きく影響される遺伝子のグループ。(B)遺伝子共発現ネットワークにおける葉における転写因子の発現の位置。

2. 窒素栄養欠乏時に起こるTGA7転写因子の移行による根の機能の長距離制御を表すモデル図

発表雑誌

雑誌名:Nature Plants(2025年7月16日にオンライン公開)
論文タイトル:Trans-organ analysis of gene co-expression networks reveals a mobile long-distance regulator that balances shoot and root development in Arabidopsis
著者:Jia Yuan Ye, Yasuhito Sakuraba, Mengna Zhuo, Yousuke Torii, Namie Ohtsuki, Wen Hao Tian, Chong Wei Jin, Shao Jian Zheng, Keiichi Mochida, and Shuichi Yanagisawa
DOI番号:doi: 10.1038/s41477-025-02052-3
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1038/s41477-025-02052-3

発表者

叶 佳园 (農学生命科学研究科応用生命工学専攻特別研究生、浙江大学大学院生 当時)
櫻庭 康仁 (農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 准教授)
卓 梦那 (農学生命科学研究科応用生命工学専攻大学院生 当時)
鳥井 要佑 (農学生命科学研究科応用生命工学専攻大学院生 当時)
大槻 並枝 (農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 学術支援職員)
Wenhao Tian (中国水稻研究所)
Chongwei Jin (浙江大学)
Shaojian Zheng (浙江大学)
持田 恵一 (理化学研究所環境資源科学研究センター チームディレクター)
柳澤 修一 (農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 教授)

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター
教授 柳澤 修一(やなぎさわ しゅういち)
Tel:03-5841-3066 
E-mail:asyanagi@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)遺伝子共発現ネットワーク:
細胞や組織内で、複数の遺伝子が同時に発現するパターン(共発現パターン)を解析し、それらの遺伝子間の相互作用をネットワークとして可視化したもの。同じ代謝経路に関与する遺伝子や機能的に関連する遺伝子は、しばしば共発現するため、ネットワーク上で一つにまとまった遺伝子グループを構築する。

関連教員

櫻庭 康仁
柳澤 修一