炭酸カルシウムの結晶欠陥である双晶を制御する新規タンパク質「twip1」を発見――高密度双晶構造形成における分子メカニズムを解明――
発表のポイント
◆ 炭酸カルシウムから構成されるカサガイの殻に特有な高密度のアラゴナイト{110}双晶の形成に関与するタンパク質twip1を同定しました。
◆ twip1はアラゴナイト{110}面に特異的に結合し、高密度の双晶の誘導能を持つ世界初のタンパク質として機能することを示しました。
◆ 生体による鉱物形成(バイオミネラリゼーション)の分子基盤の解明につながり、将来的な高機能バイオ材料の設計に貢献が期待されます。
twip1による{110}双晶誘導を介したアラゴナイトの機械的強度向上機構
発表内容
東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木道生教授らの研究グループは、カサガイ(Cellana rota)の殻において、高密度に形成されるアラゴナイト(注1)結晶の欠陥である「{110}双晶」が、新規タンパク質twip1によって分子レベルで制御されていることを明らかにしました(注2、図1左)。
カサガイなどの軟体動物の殻は、外力に対する耐性を高めるために、さまざまな結晶欠陥を利用しています。中でも、炭酸カルシウムのアラゴナイト{110}双晶は、殻の強靱性に寄与すると考えられておりましたが、これまで生物による形成メカニズムは未解明でした。
本研究では、カサガイの殻構造を層ごとに解析し、{110}双晶を多く含むM–1層に着目してプロテオーム解析を実施しました(図1右)。その結果、特異的に{110}に結合する新規のタンパク質を見出し、twip1と命名しました。twip1はグルタミンに富み、分泌型シグナルペプチドを持ち、アラゴナイトの{110}への高い結合親和性を有することが明らかとなりました。
図1:(左){110}双晶の構造模式図、(右)カサガイ殻における典型的な交差板構造のSEM像
twip1を大腸菌で発現させて得られた組換えタンパク質(rtwip1)を用いたin vitro合成試験により、添加量に応じて合成されたアラゴナイトの{110}双晶の密度が顕著に上昇することをX線回折(XRD)および透過型電子顕微鏡(TEM)で確認しました(図2左)。対照群と比較して、rtwip1添加試料では明瞭な双晶境界が高密度に観察され、twip1が{110}双晶密度を制御する機能を持つことが示唆されました(図2右)。
図2:(左)rtwip1添加下で合成されたアラゴナイトの内部のTEM像、(右)対応するSAEDパターン
さらに、in vivoノックダウン実験では、twip1の発現を抑制すると新たに生産された殻において双晶密度が有意に低下し、多数の空胞が観察され典型的なラメラ構造が崩壊するなどの異常が確認されました(図3)。これによりtwip1が実際の殻形成においても必須の役割を担っていることが明らかとなりました。
図3:twip1ノックダウン個体の新生殻(上)と既存殻(下)のTEM像の比較
本研究は、生体が複雑な結晶構造をどのように制御しているかという基礎的な問いに対して、分子レベルの理解を与える成果であり、今後はtwip1の構造・機能解析を通じて、結晶欠陥を積極的に制御するバイオ材料の設計にも応用されることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院農学生命科学研究科
李 思程 研究当時:博士課程
劉 心璐 博士課程
鄭 澤華 研究当時:博士課程
大嶋 啓介 博士課程
朱 凌霄 研究当時:博士課程
加藤 由悟 助教
永田 宏次 教授
鈴木 道生 教授 (責任著者)
定量生命科学研究所
根岸 瑠美 技術専門職員
胡桃坂 仁志 教授
大学院理学系研究科
奥村 大河 研究当時:助教
イスラエル工科大学
Boaz Pokroy 教授
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
題 名:The Gln-rich protein twip1 promotes high-density {110} twins formation in the shell of the limpet Cellana rota
著者名:Sicheng Li, Xinlu Liu, Zehua Zheng, Keisuke Oshima, Lingxiao Zhu, Yugo Kato, Lumi Negishi, Hitoshi Kurumizaka, Taiga Okumura, Koji Nagata, Boaz Pokroy, Michio Suzuki*
DOI: 10.1073/pnas.2503336122
URL: https://doi.org/10.1073/pnas.2503336122
研究助成
本研究は、日本学術振興会科学研究費(課題番号:19H05771、21K19020、23H00339、25H01449)、NEDO(JPNP22100161-0)、環境省環境研究総合推進費(CN2201)、二国間交流事業共同研究(No. 172/21)およびAMED(JP24ama121009)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)アラゴナイト
炭酸カルシウムの多形の一種で、常温常圧で準安定な構造である。貝殻の炭酸カルシウムには最安定なカルサイトと準安定なアラゴナイトの両方が含まれることが多い。
(注2){110}双晶
アラゴナイトの結晶中の結晶面である{110}に対して対称的に並ぶ結晶欠陥の一種で、へき開を防ぎ材料の強度を高める。
問合せ先
東京大学 大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻 分析化学研究室
教授 鈴木 道生(すずき みちお)
E-mail: amichio[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部総務課総務チーム広報情報担当
TEL: 03-5841-5484
E-mail: koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。