発表のポイント

◆ 太陽光が必須とされてきたトマト栽培の常識を覆し、LED光だけで高品質ミニトマトの長期・安定生産に世界で初めて成功しました。
◆ 果実と葉に均等に光が届く設計により、温室(土耕)栽培を上回る栄養価と甘さを実現しました。
◆ 多段式ラックと精密な環境制御による省スペース・高効率な次世代栽培技術は、都市農業・宇宙農業への応用も期待されます。

LED植物工場における甘くて栄養価の高いミニトマトの安定生産

概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の矢守航准教授らの研究グループは、一般的なミニトマト品種(CF千果;タキイ種苗株式会社)を用いて、人工光型植物工場(LED植物工場)における高品質栽培の手法として、従来型のI字栽培と新開発のS字多段式栽培を比較検証しました。I字栽培は茎を垂直に伸ばして1本のワイヤに誘引するシンプルな方式であり、S字栽培は茎を水平に曲げながらS字状に多段の棚に誘引し、各層の側面にLEDを設置する方法です(図1, 2)。
 本研究では、LED植物工場におけるトマト栽培が、果実品質の面で温室栽培を大きく上回ることを明らかにしました(表1)。I字栽培・S字栽培ともに、糖度は約15%、ビタミンC含量は約7%、リコピン含量は約7%高く、いずれも温室栽培を超える水準を示しました(表1)。「LEDではトマトはうまく育たない」とされてきた従来の常識を覆す成果となりました。
 さらに、S字栽培では光を株全体に均等に当てることが可能となり、葉位間における光合成量のばらつきが大幅に改善されました(図3)。これにより、果実の糖度が向上するとともに酸度が適度に抑えられ、糖酸比(甘味と酸味のバランス)がI字栽培よりも有意に高くなり、よりおいしいトマトの生産が実現しました(図4)。加えて、株を水平に展開することで、播種から初収穫までの期間も約2週間短縮されるという利点も得られました(図4)。本研究では1株から最大23段果房の収穫に成功し、長期間にわたる安定生産が可能であることも実証されました。
 以上の結果より、LED植物工場におけるトマト栽培には、2つの実用的な選択肢が確立されたことになります。すなわち、①I字栽培は設備改造が少なく導入が容易であり、高糖度・高リコピントマトの栽培に適する方法である一方、②S字栽培は同様に導入しやすく、高糖度・高リコピンに加え、糖酸バランスが向上し、早期収穫も可能な高付加価値型の栽培法であるということです(図1, 4, 1)。本成果は、都市部の限られた空間での食料自給や、将来的な宇宙農業における果菜類の安定供給の実現に向け、大きな一歩となるものです。

発表内容

LED植物工場においてトマト栽培のを突破する S字多段式システム
<研究背景>「LEDではトマトは育ちにくい」という常識
 
LED植物工場ではこれまで、光要求の低いレタスなどが中心に栽培されてきました。しかし近年、都市化や気候変動により、都市空間で高付加価値作物を安定的に生産するニーズが高まっています。甘味やうま味、リコピンを蓄えるトマトは強い光を好むため、「LEDでは育たない」とされてきました。本研究ではその常識を覆し、LEDのみで高品質トマトを育てる技術開発に挑みました(図1)。

<結果>LED植物工場だからこそ実現できた、甘くて美味しいトマトの育ち方
環境の安定性が甘くて美味しいトマトを育てるカギ
 
トマトには安定した光と温度が不可欠です。温室では環境が日々変動しますが、LED植物工場では一年中ほぼ一定に保てます(図2A)。特にS字栽培では光が均等に届くため、株全体が効率的に光合成できる構造を実現しました(図2B)。

葉の働きがまんべんなく活発に
 
葉の光合成は、成長や果実の甘味・栄養の源です。光合成活性(ETR)を測定すると(図3A)、温室やI字栽培では上葉のみが活発なのに対し、S字栽培では上下の葉が均等に働いていました。これは光が均等に当たるためです。
 またS字栽培では、株は節間が短く茎が太い「ずんぐり型」となり、クロロフィル量(SPAD値)も高く、省スペースでもしっかり実をつける都市・宇宙向けの理想的な形でした(図3B)。

高収量・高品質、しかも最速で収穫できる
 
収量はどの栽培法でも大きな差はありませんでしたが、S字栽培は収穫までの期間が最も短く(図4A)、効率的に収穫できました。果実は小粒ながら赤みが濃く、果実の締まりも良好でした(図4B)。
 味ではS字栽培が最も糖度が高く(Brix; 8.5%)、酸味が低いため糖酸比が最大となり、コクのある味わいを実現しました(図4C)。さらにリコピンは約5%、ビタミンCは約7%温室より多く、栄養面でも優れていました。
 アミノ酸比較では、温室トマトにうま味成分(GABA、グルタミン酸など)がやや多く含まれる傾向が見られました(図5)。

温室 vs. 植物工場(I 字/S 栽培)比較のまとめ(図6, 1)
(1) 温室 vs. 植物工場──“環境差がそのまま品質差に
 
温室は天候に左右され、光や温度が不安定な一方、植物工場では空調とLEDにより環境が安定しています。それにより、栽培期間が短縮され、糖度が約15%、ビタミンCが約7%、リコピンが約5%増加するなど、品質が向上しました。
(2) 植物工場(I字) vs. 植物工場 (S字)──同じLEDでも光の行き届き方が決め手
 
I字栽培でも温室を超える品質は可能ですが、光ムラにより果実サイズや糖酸比に限界があります。S字栽培は株全体が均等に光合成できるため、コクのある味、収穫のスピード、省スペースという点で最も優れた栽培法です。

まとめと将来展望──都市・地球・宇宙へ広がる光のトマト革命
 
本研究は、「LED植物工場ではトマトはうまく育たない」という従来の常識を覆しました。まず、一般的な縦誘引(I字)でも温室を上回る甘さと栄養価のミニトマトが得られることを確認し、さらに独自の横誘引(S字)を組み合わせることで、味・栄養・収穫スピード・スペース効率のすべてを一段と高められることを実証しました(図1, 図6, 1)。
 この技術が広がれば、都市部の空きビルや地下空間を「ビル内トマトファーム」へ転換し、輸送距離ゼロの地産地消が実現できます。余剰再生エネルギーやCO2リサイクルと組み合わせれば、脱炭素型の食料生産拠点としても機能します。「いつでも・どこでも・おいしいトマト」を届ける、新しい時代の扉が今、開かれようとしています。

1:LED植物工場におけるS字多段式ミニトマト栽培の実際の様子

2:温室およびLED植物工場での栽培における環境要因

A.栽培期間全体および月ごとの温室内の平均気温および光量(光密度)。
B.栽培期間全体および月ごとの植物工場内の平均気温。また、栽培期間中のI字およびS字栽培における上層・中層・下層の温度、湿度、光量。各棒グラフ内の異なるアルファベットは、Tukey-KramerHSD検定によりP < 0.05で有意差があることを示しています。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で、n = 8です。

3:トマトの異なる栽培条件における光合成および生育パラメータ

A.温室土耕、温室養液、植物工場I字栽培、S字栽培におけるETR(電子伝達速度)、1–qP(光化学消失)、NPQ(非光化学消失)の比較。
B.同様の各栽培方法における茎の伸長速度、新葉数、SPAD値(葉緑素濃度の指標)、茎径の比較。
各棒グラフ内の異なるアルファベットは、Tukey-KramerHSD検定によりP < 0.05で有意差があることを示しています。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で、n = 8です。


4:異なる条件で栽培されたトマトの収量および果実品質

A.単位面積あたりの収量、1か月あたりの収穫果房数、1果房あたりの収量、第1~第23果房までの収穫日数、1株あたりの月間収量。
B.各栽培法で収穫されたトマトの写真。
C.各栽培法における果実品質データ(果重、酸度、糖度、リコピン含量、ビタミンC含量)。
各棒グラフ内の異なるアルファベットは、Tukey-KramerHSD検定によりP < 0.05で有意差があることを示しています。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で、n = 5090です。



5:トマトにおけるアミノ酸および糖の代謝マップ

赤い四角で示されたアミノ酸と、青い四角で示された糖の含有量は、異なる栽培条件下で測定され、対応する棒グラフに示されています。各棒グラフ内の異なるアルファベットは、Tukey-KramerHSD検定によりP < 0.05で有意差があることを示しています。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で、n = 5090です。

6:異なる栽培条件下で育てたトマトの植物体および果実に関する主要因子の比較

左側のレーダーチャートでは、温室土耕栽培を基準として、成長パラメータ(ミントグリーンの領域)、収量パラメータ(淡黄色の領域)、果実品質パラメータ(紫色の領域)の相対値を示しています。外周のヒートマップには、上記各項目の実測値が表示されており、色付きのリングがそれぞれの栽培条件を表しています。各棒グラフ内の異なるアルファベットは、Tukey-KramerHSD検定によりP < 0.05で有意差があることを示しています。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で、n = 5090です。

 

1: 温室 vs. 植物工場(I 字/S 字栽培)比較 

主要指標

温室(土耕)

温室(養液)

I 字栽培(養液)

S 字栽培(養液)

環境変動

極小

総収量

基準

糖度

★★

★★★

★★★

糖酸比

★★★

リコピン

★★★

★★★

ビタミンC

★★★

★★★

★★★

収穫開始まで

最速

導入しやすさ

-

-

◎既存ラック転用可

◎既存ラック転用可

(1)温室栽培とLED植物工場の比較
 温室栽培では天候に左右されやすく、日照や気温の変動が大きいため、下葉への光不足や高温ストレスが発生しやすくなります。この影響で、果実の糖度・ビタミンC・リコピン濃度がやや低めになる傾向が見られました。うま味成分であるGABAやグルタミン酸などのアミノ酸は比較的多く含まれていました。一方、LED植物工場では、空調とLEDにより一年中安定した環境が維持でき、播種から第23段果房までの収穫期間が大幅に短縮されました。葉の光合成も安定しており、温室に比べて糖度は約15%、ビタミンCは約7%、リコピンは約5%高くなり、全体的に果実品質が向上しました。
(2)植物工場におけるI字型とS字型の比較
 I字型は既存の縦誘引法をそのまま使えるため導入が容易で、温室を上回る品質のトマトが得られました。ただし、光が上段に集中し下段には光が届きにくいため、果実サイズがやや小さく、糖酸比が伸びにくい傾向がありました。一方で、S字型では、茎を横に誘引して多段に配置することで、株全体に均一に光が当たります。すべての葉がバランスよく光合成を行えることで、糖酸比が最も高く、味に深みが出ました。加えて、収穫までの期間が短くなり、省スペースで高効率な栽培が可能となることから、都市ビル内などでの利用にも適しています。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院農学生命科学研究科
古田 花果 研究当時:修士課程
キュウ ユウチェン(Qu Yuchen) 博士研究員
石塚 暖 一般技術職員
河鰭 実之 教授
矢守 航 准教授

論文情報

雑誌名:Frontiers in Horticulture
題 名:A Novel Multilayer Cultivation Strategy Improves Light Utilization and Fruit Quality in Plant Factories for Tomato Production
著者名:Hanaka Furuta, Yuchen Qu, Dan Ishizuka, Saneyuki Kawabata, Toshio Sano, Wataru Yamori
DOI:10.3389/fhort.2025.1633097

研究助成

本研究は、日本学術振興会科研費「基盤研究(B)(課題番号:21H02171)」、「学術変革領域研究(A)「細胞質ゲノム制御」(課題番号:24H02277)」の支援により実施されました。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
准教授 矢守 航(やもり わたる)
TEL: 070-6442-9511
E-mail: yamori[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
TEL: 03-5841-8179, 5484  FAX: 03-5841-5028
E-mail: koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

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