発表のポイント

◆ハナスベリヒユ花弁のベタレイン色素生合成経路における主要な遺伝子を同定しました。
◆赤紫色のベタシアニン合成に必要なCYP76AD1, DOD1, cDOPA5GT/betanidin 5GT遺伝子と、黄色のベタキサンチン合成に必要なCYP76AD2/3, DOD1遺伝子を同定しました。
◆ベタシアニンではなくベタキサンチン合成活性をもつCYP76AD-αクレード遺伝子(CYP76AD3)を世界で初めて報告しました。
◆ベタレイン色素による観賞用花きの花色多様性を決定するメカニズムについて世界で初めて明らかにしました。

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の樋口洋平准教授、柴田道夫名誉教授らの研究グループは、ハナスベリヒユ(ポーチュラカ)の花色多様性を決定しているベタレイン色素(注1)生合成経路における主要な遺伝子を同定しました。植物におけるベタレイン色素の生合成は、これまでナデシコ目の一部の植物において研究が進められてきましたが、ハナスベリヒユが属するスベリヒユ科では関連する遺伝子や花色発現のメカニズムが明らかになっていませんでした。本研究では、赤紫色のベタシアニン色素の合成に必要なCYP76AD1, DOD1, cDOPA5GT/betanidin 5GT遺伝子と、黄色のベタキサンチン合成に必要なCYP76AD2/3, DOD1遺伝子をハナスベリヒユにおいて同定しました。これら遺伝子の開花時の花蕾における発現パターンは花色と高い相関を示したことから、これら遺伝子の発現制御の違いが花色の多様性を生み出していると考えられました。今回の成果から、科学的知見に基づく効率的な品種改良や、非ベタレイン産生植物への遺伝子導入などの応用が期待されます。

図1. ハナスベリヒユ (Portulaca umbraticola)の多様な花色と予想されるベタレイン生合成経路

発表内容

ハナスベリヒユ (Portulaca umbraticola Kunth)はナデシコ目スベリヒユ科に属し、高温や乾燥に強いことから夏季の花壇用苗物として広く利用されています。アントシアニンを生成する多くの植物とは異なり、ハナスベリヒユは色素としてベタレインを生成・蓄積します。ベタレインは赤紫色のベタシアニンと、黄色のベタキサンチンに大別され、異なるベタレイン分子種の組み合わせや蓄積量の違いにより植物体に多様な色をもたらすと考えられています(図1)。また、ベタレインは高い安定性と抗酸化作用をもち、天然着色料として利用されるほか、栄養補助食品としての利用も期待されている色素です。ベタレイン色素はナデシコ目の一部の植物のみが生産する色素であり、ビート (Beta vulgaris L.)やオシロイバナ (Mirabilis jalapa L.)など、限られた植物において生合成経路の遺伝子が解析され、cytochrome P450 -α, β (CYP76AD-α, β)(注2)、DOPA 4,5-dioxygenase (DOD)(注3)、cyclo-DOPA-5-O-glucosyltransferase (cDOPA5GT)(注4)、 betanidin 5-O-glucosyltransferase (betanidin 5GT)(注5)、の5種類の酵素をコードする遺伝子が同定されていましたが、スベリヒユ科ではこれら遺伝子は同定されておらず、ハナスベリヒユの多様な花色の形成メカニズムも不明な点が多く残されていました。

本研究では、ハナスベリヒユにおけるこれら生合成経路遺伝子 (PuDOD1, PuCYP76AD1/3 (α), PuCYP76AD2 (β), PucDOPA5GT, and PuB5GT)を単離・同定し、ベンサミアナタバコやシロイヌナズナにおける機能解析によりベタレイン生合成活性を検証しました(図2)。

図2. ベンサミアナタバコにおけるベタレイン生合成経路遺伝子の一過的発現によるベタレイン色素の合成
2~3個の遺伝子をベタレイン非産生植物に一過的に発現させることにより、ベタキサンチン (ベクター 7, 8, 13)もしくはベタシアニン(ベクター11, 12, 14)色素の蓄積がみられた。

その結果、PuDOD1PuCY76AD1、さらにPucDOPA5GT(もしくはPuB5GT)の3遺伝子の同時発現によりベタシアニンが蓄積すること、一方で、PuDOD1PuCYP76AD2(もしくはuCYP76AD3)の2遺伝子の同時発現でベタキサンチンが合成されることを明らかにしました。興味深いことに、PuCYP76AD3は、アミノ酸配列上はCYP76AD-αクレードに属するにも関わらずL-DOPA oxidase活性を失っており、ベタキサンチンの合成に関与していると考えられました。さらに、多様な花色のハナスベリヒユ品種を用いて上記遺伝子の発現パターンを解析した結果、大部分の花色の多様性はこれら遺伝子の異なる発現量の組み合わせで説明可能であることを発見しました(図3)。このように、スベリヒユ科で初めてベタレイン生合成経路の主要な遺伝子を明らかにし、これら遺伝子発現の組み合わせにより多様な花色が生み出されていることを明らかにしました(図4)。

図3. 異なる花色のハナスベリヒユ花弁におけるベタレイン生合成遺伝子の発現
白花系統 (W1, W2)ではDOD1遺伝子の発現が、黄花系統 (Y1, Y2)ではCYP76AD1遺伝子の発現が、それぞれ顕著に低かった。
CYP76AD2, 3の発現は赤、ピンク、オレンジ系統で低い傾向を示した。

本研究の成果は、ベタレインを産生する花き園芸作物の観賞価値を高めるための画期的な花色の新品種を迅速に選抜することや、非ベタレイン産生植物にベタレイン生合成遺伝子を直接導入するなどして、画期的な新品種を効果的に育成することに貢献できるものと期待されます。

図4. ハナスベリヒユにおけるベタレイン色素生合成経路の模式図
本研究で明らかになった主要なベタレイン生合成遺伝子と、それぞれの花色を決めているメカニズムの推定。
遺伝子発現の低下等により合成が止まっている経路を灰色で示している。

発表者・研究者情報等

東京大学
大学院農学生命科学研究科
角 知咲希  研究当時:修士課程
杉浦 尚吾  研究当時:修士課程
石森 元幸  研究当時:助教(現:東京農業大学)
田林 侑真  修士課程
樋口 洋平  准教授
柴田 道夫  東京大学名誉教授

論文情報

雑誌名:Plant and Cell Physiology
題名:Flower color variations are determined by betalain biosynthetic genes in Portulaca umbraticola
著者名:Chisaki Sumi, Shogo Sugiura, Motoyuki Ishimori, Yuma Tabayashi, Yohei Higuchi*, Michio Shibata (*Corresponding author)
DOI:10.1093/pcp/pcaf057
URL : https://doi.org/10.1093/pcp/pcaf057

用語解説

(注1)ベタレイン色素:植物の色を構成する4大色素(フラボノイド、カロテノイド、ベタレイン、クロロフィル)の一つ。窒素を含む水溶性の化合物で、赤紫色のベタシアニンと黄色のベタキサンチンに大別される。ベタシアニンとベタキサンチンが混在することで赤色、橙色を発色する。

(注2)CYP76AD:シトクロムP450スーパーファミリーに属する水酸化酵素で、ベタレイン色素の生合成に必須の酵素。チロシンからL-DOPA, cyclo-DOPAへの変換を触媒し、アミノ酸配列による分類により、αクレード(主にcyclo-DOPAの生成、ベタシアニン合成)と、βクレード(主にL-DOPAの生成、ベタキサンチン合成)に大別される。

(注3)DOPA 4,5-dioxygenase (DODまたはDODA):L-DOPAを基質とし、ベタラミン酸生成を触媒する酸化酵素。

(注4)cyclo-DOPA-5-O-glucosyltransferase (cDOPA5GT):cyclo-DOPAにグルコースを修飾し、cyclo-DOPA glucosideを生成する糖転移酵素。最終的に安定で着色の強いベタニン(ベタシアニンの分子種の一つ)生成に関与。

(注5)betanidin 5-O-glucosyltransferase (betanidin 5GT):ベタニジン(ベタシアニンの分子種の一つ)にグルコースを修飾する糖転移酵素。安定で着色の強いベタニン生成を触媒。

問合せ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
園芸学研究室 准教授
樋口 洋平(ひぐち ようへい)
03-5841-1131
E-mail: ahigu[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

関連教員

樋口 洋平