ダイズの光合成産物の輸送経路と行き先を解明ー 放射線オートラジオグラフィーと蛍光トレーサーを組み合わせて判明ー
発表のポイント
◆ダイズで、光合成産物が複数の独立した経路を通ってシンク(成長中の器官)へ届くことを明らかにしました。
◆放射線トレーサー(¹⁴C)と蛍光トレーサー(CF/CFDA)の同時活用により、葉の位置や左右によって経路が使い分けられる様子を特定しました。
◆経路の機能的な分割により、一部の経路が障害されても他経路で補える、冗長性が示唆されました。
◆作物における栄養分配の理解が進み、生産性向上やストレス応答の解明に役立つことが期待されます。
発表概要
本研究では、ダイズを用いて光合成産物の輸送経路と行き先を可視化・追跡し、従来の単純な「葉と同じ側の器官へ送られる」モデルを更新しました。放射性同位体¹⁴Cと蛍光トレーサー(CF/CFDA)を組み合わせることで、異なる葉で生じた光合成産物が、茎内の複数経路を並行して通り、同じシンク葉に左右から偏りをもって到達することを示しました(図1〜3)。この知見は、植物の栄養分配メカニズムの再考を促し、栽培や育種の設計において新たな指標づくりに資するものです。
背景
植物は、光合成で生産した糖(主にスクロース)を師管でソース(光合成を行う成熟葉)からシンク(若い葉・根・果実など)へ運びます。しかし、どのソースがどのシンクに、茎内のどの経路を通って運ぶのかは未解明の部分が多く残されていました。本研究では、ダイズをモデルに、輸送経路の空間的な使い分けを検証しました。
方法
トレーサー:¹⁴Cで標識したスクロースと、師管トレーサーであるCF/CFDAを併用しました。
投与設計:左右で異なる葉に別トレーサーを与え、茎の複数部位(i, ii, iii)で切片観察しました。
評価:オートラジオグラフィー像と蛍光像の重ね合わせ、シグナル強度プロファイルの定量化により、経路数と偏りを解析しました。
結果
異なる位置にある葉からの光合成産物がそれぞれ異なる経路を通って移動することが可視化されました(図2)。興味深いことに、葉から茎に合流する際に輸送経路が分割され、茎内の異なる区画を通じて複数の経路で輸送されることが分かりました。複数の経路を使用することで、もし一部の経路が障害やダメージによって塞がれても、他の経路を通じて栄養素が供給されるため、植物の適応力や耐障害性の向上にも寄与していると考えられます。さらに、異なる位置にある葉と交互に分割された輸送経路を使用しており、どちらの葉からも同じシンクへと栄養素が輸送されることが明らかになりました。また、単一の葉内でも、左右で異なる輸送経路が使われていることが確認され、葉内での「機能的な分割」が行われていることが示されました(図3)。これにより、植物が効率的に成長するために、細かく区画化された栄養素の輸送の仕組みが明らかになりました。これらの知見をまとめ、従来の「同側支配」モデルに対し、左右いずれのソースからも同一シンクへ到達可能な新モデルを提示しました(図1)。
本研究の意義
作物における光合成産物の輸送は、収量や品質に直結する栄養分配の要です。師管は光合成産物だけでなく、アミノ酸やホルモン、mRNAなど、他の代謝物の輸送経路にもなっており、植物全体の物質移動に関する包括的な理解にも役立ちます。本研究の知見は、他の作物や異なる植物種にも適用可能なモデルの構築、農業における作物の生産性向上に寄与することが期待されます。
図1 従来のモデルと新しいモデル
1.従来:シンク(未成熟葉)は、茎に対して同じ側にあるソース(成熟葉)から光合成産物を受け取るとされていた。
2.本研究:シンク(未成熟葉)は、左右どちらのソース(成熟葉)からも光合成産物を受け取ることが可能。ソース(成熟葉)は左右で異なる経路を通じ、同じシンクに到達するものの、輸送先がシンクの左右に偏っていることが分かった。
a.実験の模式図:茎の左右にある葉に異なるトレーサーを添加した。左側の葉には¹⁴C-スクロースを、右側の葉にはCFDAを与えた。CFDAは葉内でCFに変換され、蛍光を発する。i、ii、iiiの位置で茎の切片を観察した。
b.切片像とシグナル強度プロファイル:aに示した位置(i,ii,iii)の観察結果。グラフのx軸は円形の維管束の位置を示す。矢印はの位置はBF像の矢印と対応している。成熟部(ii, iii)でCFと14Cは3つの経路に分かれて輸送されており、それぞれで異なる経路を使用していた。スケールバー:1 mm
図3 ソース葉の左右に応じたシンク葉内での輸送の偏り
a.ソース葉の片側に¹⁴C-スクロースを添加したオートラジオグラフィー像。L1:ソース葉(投与葉)、L2/L3:上位に位置する若いシンク葉。スケールバー:5 cm。
b. ソース葉の模式図(左側=青/右側=黄)。*は添加部位を示しており、aの像と対応している。
c. L2/L3に輸送された¹⁴C量:ソースの左右に応じ、シンク葉内でも左右に偏って輸送されることが示された。統計的有意差: *, p < 0.05; **, p< 0.01; n.s., 有意差なし
本研究は、科研費「基盤研究A(JP24H00499)」と、福島国際研究教育機構(F-REI)の委託研究(JPFR25040101)の助成を受けて実施されました。
発表者
東京大学 大学院農学生命科学研究科
相馬 愛(第一著者)/栗田 悠子/小林 奈通子/中西 友子/田野井 慶太朗(責任著者)
論文情報
・雑誌名:Plant Signaling & Behavior
・タイトル:Determination of the phloem transport pathways and destination of photosynthates in soybean using autoradiography and fluorescent tracer imaging
・著者:Ai Kaiho-Soma, Yuko Kurita, Natsuko I. Kobayashi, Tomoko M. Nakanishi, Keitaro Tanoi(*corresponding author)
・DOI番号:10.1080/15592324.2025.255289
用語解説
・光合成産物:光合成で作られ、体内で利用・貯蔵される糖などの総称。主としてスクロースが師管で運ばれる。
・師管(しかん):植物の維管束の一部で、糖や各種シグナルをソース→シンクへ運ぶ通路。
・放射線オートラジオグラフィー:放射性同位体の放出する放射線を感光材料や検出器で像として記録する手法。分布を可視化できる。
・蛍光トレーサー(CF/CFDA):CFDAは体内でCFに変換され蛍光を発する。師管経路の可視化マーカーとして用いられる。
問い合わせ先
東京大学 大学院農学生命科学研究科 田野井 慶太朗(教授)
https://webpark1571.sakura.ne.jp/radioplantphys/




