発表のポイント

◆石巻広域圏(石巻市、東松島市、女川町)において、地域住民が認識する食と場所のイメージを明らかにするための分析
◆地域特有の生産や流通と強い結びつきを持つ食品(例えば海産物)は、食と場所などの写真カテゴリーの類型を横断した視覚イメージとして認識される傾向を特定
◆言語的表象と比較して、撮影行為に基づく視覚的表象ではアクセス性の高い場所や流域などの地理的特徴のある場所が優先される傾向
◆「フードスケープ」という概念に視覚的方法論を導入することで、住民の日常生活に根差した食や場所を抽出できることを示唆し、フードツーリズムや地域計画において、住民の視点を取り入れた、より本質的に地域に根ざしたアプローチを開発するための枠組みを提供

発表内容

 「フードスケープ」という概念は、近年学術的な議論で注目を集めており、食と地域環境の関係をめぐる学際的研究の展開を促しています。本研究は、フードスケープの物質的側面(食の景観)に焦点を当て、地域住民がそれをどのように認識しているかを明らかにすることを目的としています。
 森林科学専攻の香坂 玲 教授と内田正紀らの研究チームは、石巻専修大学に通う大学生を対象に、石巻広域圏の食の景観について、視覚的表象(写真撮影)と言語的表象(アンケート回答)の調査を実施しました。視覚的表象の分析と両表象の比較によって、非言語的表象に現れる潜在的な地域のフードスケープの抽出を試みました。
 アンケート調査では、地域の特産品や名所として海産物関連が全回答の80%以上を占め、テキストベースでは地域が固定的なイメージで捉えられていることが示されました。一方、学生が撮影した写真では、海産物関連は17.7%にとどまり、代わりに日常的な食事や身近な風景が多くを占めました。これらの結果は、フードスケープが写真のような非言語メディアで表現される場合、観光客向けの象徴的イメージ(名産品や名所)よりも、日々の生活に根ざした身近な風景が重視されることを示唆しています。
 さらに、分析の結果、地域の主要産業である海産物は、場所や構図に関わらずほぼ全ての写真類型に登場しました。これは、海産物が単なる食品ではなく、地域特有の生産や流通と強く結びつき、人々の認識において象徴的存在として深く根づいていることを示唆しています。
 本研究は、視覚情報に焦点を当てることで、地域の食文化を多角的に理解し、住民の「センス・オブ・プレイス(場所に対する愛着や感覚)」に根ざした新しい観光や地域振興のあり方を提案するものです。
 本研究成果は、20259月に『Current Research in Food Science』誌にてオンライン公開されました。

図1:石巻専修大学に通う大学生によって撮影された石巻広域圏の「食の景観」写真例。
専門的判断による視覚パラメータおよび食・場所カテゴリを変数とした多重対応分析に基づいて5類型が特定された。

図2:各写真類型の撮影地点分布。全体として、都市中心部のアクセス性の高い場所や沿岸域に広く分布している。
特に、海や緑地、商店街といった空間的広がりを持つ景観を主体とする写真群(Type III)は、旧北上川流域、石巻漁港、万石浦、女川港など、
流域や道路沿いの地理的特徴と密接に関連して分布していた。


表1:石巻広域圏に特徴的なものとして記述された食品カテゴリーの割合。海産物関連の割合が大きく減少している。

発表者

東京大学大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻
特任研究員 内田正紀

石巻専修大学 経営学部
講師 菅原玲

東京大学大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻
教授 香坂玲

発表雑誌

発表雑誌:Current Research in Food Science
論文タイトル:Local Perceptions of Foodscapes and their Representation in Visual and Texts: A Visual Content Analysis of Photography in Japanese Coastal Area
著者:Masaki Uchida, Rei Sugawara, Ryo Kohsaka
発表日:20259
DOI:https://doi.org/10.1016/j.crfs.2025.101197

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 森林風致計画学研究室
教授 香坂 玲 (こうさか りょう) 担当 特任研究員 内田正紀
E-mail: kohsaka.lab<アット>gmail.com
    
kohsaka<アット>hotmail.com
    
<アット>@に変えてください。
Tel:03-5841-5218
E-mail: kohsaka.lab<アット>gmail.com
    
kohsaka.seminar<アット>  gmail.com
    
<アット>@に変えてください。

謝辞

本研究は、JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「美食地政学に基づくグリーンジョブマーケットの醸成共創拠点」(JPMJPF2110)、特に美食地政学の若手プログラム「次世代を担う人材育成支援 (G-Cube)」の支援を受けて実施した。また、本研究は、JSPS科研費(JP23K2516)および環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF 20241M03)により実施した。ここに、関係各位に深く御礼申し上げます。

関連教員

香坂 玲