自己免疫疾患に関連したタンパク質翻訳後修飾異常の発見
発表のポイント
◆どのような成果を出したのか
自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)のモデルマウスの脾臓B細胞において、ヒストンH3のK4モノメチル化(H3K4me1)が減少していることを見出しました。また、B細胞におけるH3K4me1の減少が抗体産生細胞への過剰な分化に寄与しうることを明らかにしました。
◆新規性(何が新しいのか)
アダクトーム解析を用いてSLEに関連した翻訳後修飾の異常を網羅的に解析した点、また本解析によりSLEにおけるリジンモノメチル化の減少を見出した点に新規性があります。
◆社会的意義/将来の展望
SLEにおいて、翻訳後修飾の異常という新たな病態形成メカニズムを示した点に意義があると考えられます。今後は、脱メチル化酵素を阻害することでH3K4me1レベルを回復し、SLE病態を改善させるなど、翻訳後修飾の異常に注目したSLE治療法の発展が期待されます。
発表概要
SLEは全身性の自己免疫疾患であり、その発症には遺伝あるいは環境要因があるとされています。一方で近年、タンパク質の翻訳後修飾の異常が自己免疫疾患に寄与するという例が複数報告されていますが、SLEにおける翻訳後修飾の異常を網羅的に解析した例はありません。
そこで今回、発表者らは、タンパク質修飾構造の網羅的解析法である「アダクトーム解析」を用いることで、SLEモデルマウスにおける翻訳後修飾の異常を探索しました。その結果、SLEモデルマウスの脾臓タンパク質ではリジンモノメチル化が減少していること、特にヒストンH3のK4におけるモノメチル化(H3K4me1)が減少していることを明らかにしました。さらに、H3K4me1の減少が、B細胞分化に関わる転写因子であるPAX5の発現を低下させることで、抗体産生細胞の過剰な分化に寄与している可能性を示しました。これらの結果から、SLEにおける病態形成メカニズムの一端にリジンモノメチル化の減少が関与している可能性が示されました。
発表内容
SLEは、抗DNA抗体の産生や抗体産生細胞の増加を特徴とする自己免疫疾患の一種です。SLEの発症には、遺伝あるいは環境要因が関わるとされてきました。一方で近年、タンパク質の翻訳後修飾の異常が自己免疫疾患に寄与するという例が複数報告されています。しかし、SLEにおける翻訳後修飾の異常を網羅的に解析した例はありません。そこで本研究では、SLEにおける翻訳後修飾の異常を見出すこと、そしてその異常が病態形成に及ぼす影響を評価することを目的として実験を進めました。
本研究では、タンパク質修飾構造の網羅的解析法である「アダクトーム解析」を用いることで、SLEモデルマウスにおける翻訳後修飾の異常を探索しました。その結果、SLEモデルマウスの脾臓タンパク質ではリジンモノメチル化が減少していることが見出されました(図1)。安定同位体を用いた絶対定量及びモノメチルリジン特異的抗体を用いた免疫化学的解析からも、リジンモノメチル化の減少が裏付けられました。
図1 SLEにおけるリジン翻訳後修飾の変化
マウスの各臓器からタンパク質を抽出し、酸加水分解を行った。得られた加水分解産物に対しLC-MS/MS解析を行い、リジン修飾体を網羅的に探索した。
Delta mass = 14がリジンモノメチル化に相当する。
そこで、リジンモノメチル化の標的となるタンパク質の同定を試みました。磁気ビーズによる細胞分画と特異的抗体を用いた免疫化学的解析を組み合わせた検討の結果、SLEモデルマウスの脾臓B細胞において、ヒストンH3のK4におけるモノメチル化(H3K4me1)が減少していることが明らかになりました。
ヒストンのメチル化は、残基特異的なメチル化酵素・脱メチル化酵素によって厳密に制御されています。これらメチル化関連酵素群の中で、SLEモデルマウスにおける発現増加が認められたLSD1という脱メチル化酵素に着目しました。LSD1阻害剤の添加により、SLEモデルマウスより単離した脾細胞中の抗体産生細胞の割合が低下しました。また、TLRアゴニスト及びサイトカインにより分化を促したB細胞に対しても、LSD1阻害剤は分化抑制作用を示しました。これらの結果から、脱メチル化酵素の阻害によりSLEモデルマウスの脾臓B細胞におけるH3K4me1を回復させることによって、SLEの特徴でもある抗体産生細胞への過剰な分化を抑制できる可能性が示されました。
一般的に、H3K4me1は遺伝子発現の活性化マーカーとして知られています。また、B細胞においては、H3K4me1はPAX5と呼ばれる転写因子の発現に寄与すること、そしてPAX5はB細胞の分化を抑制することで正常な成熟に寄与することが知られています。このことから、SLEモデルマウスの脾臓B細胞におけるH3K4me1の減少は、PAX5の発現低下を介して抗体産生細胞の過剰な分化を誘導すると予想しました。実際に、SLEモデルマウスの脾臓B細胞においてはH3K4me1とPAX5エンハンサー領域の相互作用が消失していること、そしてPAX5の発現量も低下していることが分かりました。
本研究では、SLEと関連した翻訳後修飾の異常の1つとしてリジンモノメチル化の減少を見出しました。また、SLEモデルマウスの脾臓B細胞においてH3K4me1が減少していること、そしてこの異常がPAX5の発現低下を介してB細胞の過剰な分化に寄与する可能性を見出しました(図2)。これらの発見は、タンパク質修飾の異常という新たな視点からSLEの病態形成メカニズムを見出した点に価値があります。本研究により得られた知見は、SLEをはじめとする自己免疫疾患の治療に向けた科学的基盤となることが期待されます。

図2 SLEにおけるH3K4me1の減少と抗体産生細胞への過剰な分化
この研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(S)、学術研究助成基金助成金 若手研究、AMED革新的先端研究開発支援事業 AMED-CRESTの支援を受けて行われました。
発表者
山口公輔(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
胡 右昀(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生)
川尻海斗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生)
板倉正典(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教、当時)
中島史恵(名古屋大学大学院生命農学研究科 応用生命科学専攻 助教)
柴田貴広(名古屋大学大学院生命農学研究科 応用生命科学専攻 教授)
内田浩二(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任教授)
発表雑誌
雑誌名:Journal of Biological Chemistry, 301, 110684 (2025)
タイトル:Adductome-based identification of lysine mono-methylation as a key post-translational protein modification in autoimmune diseases
著者:Kosuke Yamaguchi, You-Yun Hu, Kaito Kawajiri, Masanori Itakura, Fumie Nakashima, Takahiro Shibata, and Koji Uchida
論文URL:https://doi.org/10.1016/j.jbc.2025.110684
問い合わせ先
東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
先端アンチエイジング研究社会連携講座
特任教授 内田 浩二(うちだ こうじ)
Tel:03-5841-3063 Fax:03-5841-3011
E-mail:a-uchida<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp
<アット>を@に変えてください。
研究室URL:https://sites.google.com/g.ecc.u-tokyo.ac.jp/antiaging/top
関連教員
内田 浩二
山口 公輔

