発表のポイント

◆ハスの成長相転換(開花と根茎肥大)を制御するFT/TFL1ファミリー遺伝子を同定しました。
◆上記遺伝子は光周期受容器官の葉ではなく、地下茎の「節」部において成長相転換と連動した明確な発現変動を示しました。
◆地下茎の節内部に、高度に発達した維管束構造を発見しました。

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の樋口洋平准教授らの研究グループは、ハスの開花や根茎肥大を制御するFT/TFL1ファミリー遺伝子を同定しました。ハスは多年生の水生植物であり、観賞用(花ハス)や食用(レンコン)を目的として広く栽培されています。ハスは夏の開花期には地上部に花を咲かせる一方で、秋冬季の休眠期には地下部に栄養貯蔵器官として肥大根茎(レンコン)を形成し、越冬します。これまでに、ハスの開花には明確な光周期(季節的な昼夜の長さの変化)応答性がみられない一方で、根茎の肥大については明確な短日応答性を示すことが報告されていました。近年、外環境に応答し葉の維管束組織で合成されたシグナル因子(フロリゲン・チューベリゲン=FT/TFL1)が茎の先端まで長距離移動し、開花や地下貯蔵器官の肥大を制御することが明らかになっていました。本研究では、ハスのFT/TFL1遺伝子を網羅的に探索し、花成・根茎肥大ホルモン候補遺伝子を同定した結果、これら遺伝子は一般的な光周期受容器官である葉ではなく、地下部の“節”(せつ)部において開花や根茎肥大と連動してダイナミックに発現変動していること、さらには節の内部に高度に発達した維管束構造が存在することを明らかにしました。本研究は、植物の成長相転換における、環境情報の統合およびシグナル物質生産・分配の中枢器官としての節の重要性を世界で初めて明らかにするものです。

図1. ハスの生活環と成長相および植物体の構造

発表内容

ハス(Nelumbo spp.)は多年生の水生植物であり、観賞用(花ハス)や食用(レンコン)を目的として広く栽培されている重要な作物です。昭和26年に大賀一郎博士が東京大学厚生農場の約2000年前の地層からハスの実を発掘し、発芽・開花に成功したことでも知られています(大賀蓮、古代蓮)。ハスの開花特性は極めて多様であり、初夏から初秋にかけては品種ごとにさまざまな開花数・開花期を示す一方で、秋から冬にかけての休眠期には地下部に栄養貯蔵器官として肥大根茎(レンコン)を形成し、越冬します(図1)。ハスの花芽形成(花成)と蕾の発達には明確な光周期応答性がみられず、広い栽培スペースや高温、高日射条件により促進されます。一方で、根茎の肥大については明確な光周期応答性を示し、短日条件で誘導されるとともに、赤色光受容体を介したシグナルによって抑制されることが報告されていますが、詳細なメカニズムについては明らかになっていませんでした。近年、複数のモデル植物を使った研究から、植物の開花や地下貯蔵器官の肥大といった成長相の転換は、季節的な光周期や温度の変化を感知し、葉で合成されたフロリゲン(注1)やチューベリゲン(注2)と呼ばれるシグナル因子(=FLOWRING LOCUS T/ TERMINAL FLOWER 1 (FT/TFL1)ファミリータンパク質)が茎の先端まで長距離移動することにより制御されることが明らかになっていました。

本研究では、ハスのFT/TFL1ファミリー遺伝子を全ゲノム配列中から網羅的に探索した結果、全部で10種類の遺伝子を同定しました。開花期と根茎肥大期において連続開花性品種の‘毎葉蓮(まいようれん)’と難開花性品種‘桜蓮(おうれん)’を用い、詳細な発現解析を行った結果、花成ホルモン(フロリゲン)候補遺伝子としてNnFT2を、花成抑制ホルモン(アンチフロリゲン)(注3)候補遺伝子としてNnBFT1を、さらに根茎肥大ホルモン候補遺伝子としてNnFT3を、それぞれ同定しました。ハス植物体のさまざまな組織・器官においてこれら遺伝子の発現を詳細に解析した結果、これら遺伝子の発現は一般的な光周期受容器官である葉ではなく、地下茎の主に“節”(せつ)部において開花または根茎肥大と連動し、明確な発現変動を示していました(図2)。

図2. ハスFT/TFL1遺伝子の時空間的な発現パターン。
開花特性の異なる2品種(MA:毎葉蓮、連続開花性、OU:桜蓮、難開花性)における、萌芽抽水期、開花期、根茎肥大期の各組織・器官での発現を示す。


さらに、節の内部構造を詳細に解析するため、連続切片の顕微鏡観察や透明化サンプルの蛍光観察をおこなった結果、ハス節の内部には木部と篩部が大きく肥大した極めて複雑な維管束構造が観察され、中心部の広い範囲にFT/TFL1遺伝子の発現が観察されました(図3)。

図3. 本研究で明らかになった節における維管束構造と成長相転換制御モデル。

(a)透明化処理したハス節部。紫外線の照射により木部が蛍光を発している。
(b)節部の縦断切片。ファストグリーンにより篩部などの柔組織が染色されている。中央部で維管束の領域が大きく肥大していることがわかる。
(c)節部肥大維管束構造のイラスト。不定根に接続するものとそうでないものの2種類、計13本からなる。
(d)節部を中枢とした成長相転換制御のイメージ。


これまで一般的に、光周期の変化を受容する器官として“葉”が中心的な役割を果たし、フロリゲン等の情報伝達物質を合成すること、葉の中でも特に維管束組織で特異的にフロリゲン遺伝子の発現が誘導されることが知られていました。今回の研究成果は、植物の成長相転換の制御において、葉以外の器官で発達した維管束組織が中心的な役割を担う例を世界で初めて報告するものです。ハス植物体の体制は「節」を単位とする繰り返し構造からなり、それぞれの節には、主茎、側枝、葉、花、根、といった全ての器官が着生します。植物の「節」の役割についてはこれまで単純な茎と葉の接続部と考えられてきましたが、最近になってイネ科植物の節では高度に発達した維管束組織が存在し、無機栄養素の選択的分配において中枢的な役割を果たしていることが明らかになっているものの、イネ科植物以外ではほとんど報告がありませんでした。本研究により、地下茎や匍匐(ほふく)茎の節を基本単位として栄養繁殖するクローナル植物の生存戦略の理解に加え、未だ不明な点が多い節の構造や、外環境シグナルの統合およびシグナル伝達物質合成・分配のメカニズムが明らかになることが期待されます。

発表者・研究者情報等

東京大学
大学院農学生命科学研究科
 和泉 隆誠  研究当時:修士課程(現:農研機構)
 一瀬 さくら 研究当時:修士課程
 井上 美咲  研究当時:修士課程
 石森 元幸  研究当時:助教(現:東京農業大学)
 柴田 道夫  東京大学名誉教授
 樋口 洋平  准教授

論文情報

雑誌名:Plant and Cell Physiology
題名:Integration of signals inducing reproductive phase transition occurs at the nodal enlarged vascular bundles in sacred lotus, Nelumbo nucifera
著者名:Ryusei Waizumi, Sakura Ichinose, Misaki Inoue, Motoyuki Ishimori, Michio Shibata, Yohei Higuchi* (*Corresponding author)
DOI: https://doi.org/10.1093/pcp/pcaf088

用語解説

(注1)フロリゲン: 1936年にChailakhyanによって存在が提唱された花成(花芽形成)誘導物質。花成刺激、花成ホルモンとも呼ばれる。花を咲かせる状態の植物の葉で合成され、茎の先端まで長距離移動して花分裂組織への転換を促す。1999~2007年頃にかけてその分子実体がFLOWERING LOCUS T/Heading date 3a (FT/Hd3a)という小さな球状タンパク質であることが証明された。

(注2)チューベリゲン: ジャガイモの塊茎(tuber)肥大を誘導する仮想の物質。2011年にその実体がフロリゲンと同じFTファミリータンパク質であることが明らかになっている。タマネギの鱗茎肥大もFTタンパク質が制御しており、栄養繁殖性作物の栄養貯蔵器官の肥大や休眠にも重要な役割を果たしている。
(注3)アンチフロリゲン: フロリゲンの作用と拮抗する長距離移動性の花成抑制物質。開花に不適切な条件下の植物(主に葉)で合成され、積極的に花成を抑制する。2013年にキクで電照に応答した長距離移動性のアンチフロリゲン(FT/TFL1ファミリーのBFTサブクレードに属する)が発見され、現在では多くの植物で報告されている。茎頂で恒常的・局所的に花成を抑制するTFL1を含めて広義のアンチフロリゲンと呼ぶ。

研究助成

本研究は、日本学術振興会科研費「若手研究B (15K18637)」および「挑戦的研究(萌芽)(20K21306)」の支援により実施されました。

問合せ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
園芸学研究室 准教授
樋口 洋平(ひぐち ようへい)
03-5841-1131
E-mail: ahigu[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

関連教員

樋口 洋平