発表のポイント

◆「 セロデキストリンホスホリラーゼ(CDP)」で合成されたセルロースにおいて、はじめに逆平行に配置された二本の短鎖セルロース(オリゴ糖)が合成され、それが高結晶性ナノプレート構造を形成することを明らかにしました。
◆CDPの構造によって逆平行に配置されたオリゴ糖が自己組織化することで、セルロースII型結晶が生成される様子を、高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)および周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)を用いて原子分解能で観察しました。
◆ 合成に関わる酵素の構造が結晶多形を規定するという新原理を示し、再生セルロース材料の精密設計やバイオ由来機能性ナノ素材の創出への応用が期待されます。

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻の久我友大博士(研究当時博士課程学生)、砂川直輝講師および五十嵐圭日子教授らの研究グループは、名古屋大学の内橋貴之教授、京都大学の山田啓文教授(当時)今井友也教授、小林圭准教授との共同研究で、酵素合成結晶性セルロースの生成機構を原子分解能で明らかにしました。

本研究では、嫌気性セルロース分解性細菌Clostridium thermocellumがセルロース分解時に生産するセロデキストリンホスホリラーゼ(CDP)の逆反応を用いてセルロース合成を行い、生成した結晶性セルロースの構造を電子顕微鏡および原子間力顕微鏡(FM-AFM/HS-AFM)、固体NMRなど多角的手法で解析しました。その結果、CDPがダイマー(二量体)構造を形成し、向かい合った活性中心から逆平行に並んだセロオリゴ糖(重合度約7)が合成・放出され、さらにそれらが自発的に厚さ3〜6ナノメートルの均一なナノプレート結晶(セルロースII)を形成することがわかりました。
これにより、セルロースIIラメラ結晶の形成は単なる熱力学的安定化によるものではなく、酵素構造に依存した分子配列制御プロセスであることが実証されました。本成果は、自然界のセルロース合成酵素複合体(CeS)に匹敵する人工的セルロース形成系の分子モデルを提示したものであり、バイオ由来高分子の構造制御に関する新しい設計原理を提供します。

発表内容

これまでセルロースIIは、天然セルロースを化学的に再生することで得られる「熱力学的に安定な構造」とされてきましたが、その形成過程を支配する分子機構は長らく不明でした。特に、セルロース鎖がどのように逆平行に配列し、秩序だった結晶構造をとるのかについては、生体高分子の自己組織化機構の核心に関わる未解決の問題でした。
本研究チームは、2009年にセロデキストリンホスホリラーゼ(CDP)を用いた酵素反応により、重合度のそろったセロオリゴ糖を合成することに成功しました(参考文献1)が、今回その結晶化挙動をより詳細に調べるために様々な顕微鏡を用いて多角的に解析しました。高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)1によるリアルタイム観察では、反応開始直後からCDPがセルロース鎖を生産し、それらが互いに積層しながら平板状のナノ結晶を形成する過程が捉えられました(図1)。このナノプレートは厚さ3〜6ナノメートルと極めて均一であり、秩序だった二次元的結晶成長していることを周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)2で明らかにしました(図2)。さらに透過型電子顕微鏡(TEM)観察により、生成したナノ結晶がセルロースII型の構造を明瞭に示すことを確認しました。

図1 高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)を用いた酵素合成セルロース形成過程の観察


図2 周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)を用いた酵素合成セルロースの原子レベル観察


一方で、酵素CDPの構造解析にはクライオ電子顕微鏡(cryo-EM)3を用い、CDPが二量体構造をとり、両サブユニットの触媒溝が互いに反対方向を向くことを示し、さらに活性部位で重合されるオリゴ糖が逆平行に合成されることを解明しました(図3)。この幾何学的配置により、二本のセルロース鎖が逆平行に合成される構造的根拠が示されました。つまり、CDPは単なる触媒ではなく、分子配列のテンプレートとしてセルロース鎖の方向性を制御していることが明らかになったのです。

図3 クライオ電子顕微鏡によるセロデキストリンホスホリラーゼ(CDP)の構造解析

さらに、得られた結晶成長データを解析した結果、セルロースIIの形成過程は古典的なAvrami式に従う二次元的成長モデルとして記述できることが判明しました。これは、セルロース鎖の整列がランダムな自己集合ではなく、空間的拘束によって駆動される秩序的プロセスであることを意味します。

これらの知見は、酵素反応を「分子変換の場」から「構造設計の場」へと再定義するものであり、酵素が自らの形を通じて結晶多形と配列秩序を決定するという新しい概念を提示します。また、同研究グループが国際宇宙ステーションで行った微小重力下セルロース合成実験(参考文献2)とも整合し、重力の影響を排除した環境での分子組織化原理の理解にもつながります。

本研究は、酵素を用いた分子レベルでのナノ構造設計という新しい方向性を切り開くものであり、将来的には生体触媒による精密構造制御型バイオマテリアルの創製、さらには宇宙環境でのバイオ材料合成といった応用研究への展開も期待されます。本研究成果は、本研究成果は、米国化学会が発行する化学分野のオープンアクセス国際誌 JACS Au に受理されました。

〇関連情報:
世界初、宇宙でのセルロース酵素合成に成功


論文情報

雑誌名:JACS Au
題 名:Enzyme-directed assembly of anti-parallel cellulose II nanocrystals: unraveling the mechanism beyond spontaneous crystallization
著者名:Tomohiro Kuga, Naoki Sunagawa, Kei Kobayashi, Hirofumi Yamada, Tomoya Imai, Takayuki Uchihashi, Kiyohiko Igarashi
DOI: https://doi.org/10.1021/jacsau.5c00993

研究助成

本研究は、文部科学省地球観測技術等調査研究委託事業「バイオ有機素材の宇宙リサイクルシステム開発」、日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号:22J12566、19K15884、18H05494)、フィンランド・アカデミー(SA-FOSSOK)、AMED BINDSプラットフォームの支援を受けて実施されました。

発表者・研究者等情報

久我 友大(くが ともひろ)東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 博士課程学生(当時、現ケンブリッジ大学博士研究員)
砂川 直輝(すながわ なおき)東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 講師
小林 圭(こばやし けい)京都大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 准教授
山田 啓文(やまだ ひろふみ)京都大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 教授(当時)
今井 友也(いまい ともや)京都大学 生存圏研究所 マテリアルバイオロジー分野 教授
内橋 貴之(うちはし たかゆき)名古屋大学 大学院理学研究科 理学専攻 教授
五十嵐 圭日子(いがらし きよひこ)東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授(責任著者)

問合せ先

<研究内容について>
東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
教授 五十嵐 圭日子
E-mail:aquarius@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

<機関窓口>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部総務課広報情報担当
E-mail
:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

参考文献

1.Hiraishi M., Igarashi K., Kimura S., Wada M., Kitaoka M., Samejima M. Synthesis of highly ordered cellulose II in vitro using cellodextrin phosphorylase. Carbohydrate Research, 2009, 344 (18), 2468-2473. DOI: 10.1016/j.carres.2009.10.002

2.Kuga T., Sunagawa N., Igarashi K. Enzymatic synthesis of cellulose in space: gravity is a crucial factor for building cellulose II gel structure. Cellulose, 2022, 29 (5), 2999–3015. DOI: 10.1007/s10570-021-04399-0.

用語説明

1.高速原子間力顕微鏡(HS-AFM):原子間力顕微鏡は、探針(カンチレバー)の先端(ティップ)で試料表面をなぞりながら、ナノメートルスケールの形状変化をリアルタイムで観察できる装置である。HS-AFMは特に液中での高速撮像が可能な点が特徴で、生体分子の動態をそのままの環境で可視化できる。これにより、セルラーゼがセルロース鎖上を移動しながら「渋滞」を起こす様子など、従来の手法では見えなかった分解反応の動的過程が明らかにされてきた。

2.周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM):探針の振動周波数変化を検出することにより、原子間の力勾配を高感度に測定する手法である。水中でもサブナノメートルレベルの分解能を発揮し、固体表面の水和構造まで直接観察できる点が特徴である。今回の実験では、セルロース結晶の表面で各原子がどのように整列し、結晶を構成しているかをナノメートルレベルで解析するのに利用された。

3.クライオ電子顕微鏡(cryo-EM):試料を急速凍結することで構造を固定し、電子線を照射して得られた像から蛋白質などの三次元構造を再構成する手法である。結晶化を必要とせず、溶液中に近い状態で高分子複合体を観察できる点が大きな利点である。本研究では、セルロデキストリンホスホリラーゼ(CDP)の二量体(ダイマー)構造の解析に用いられ、基質結合状態や構造変化を原子レベルで理解する手段として利用された。

関連教員

五十嵐 圭日子