発表のポイント

◆家畜の生産を促進し、草地の劣化を防ぐためには、最適な放牧戦略を開発する必要がある
◆夏季のモンゴル草原を調査地として羊をエージェント、植生を環境としたエージェントベースモデルを開発した
◆モンゴルにおける放牧密度の増加は、草地の劣化をもたらす可能性がある
◆家畜生産と草地劣化における最適な放牧戦略の一つは、牧民が羊を最も植生量の多い場所に導くことである

概要

 三重大学大学院生物資源学研究科の吉原佑准教授と同研究科博士前期課程の堀江連太郎さん(研究当時)、名古屋大学大学院環境学研究科の篠田雅人教授、宮坂隆文講師、東京大学大学院農学生命科学研究科の甲野耀登助教からなる研究グループは、乾燥地(モンゴル)において家畜生産と草地劣化の観点から最適な放牧戦略を明らかにしました。本研究の成果は、20251014日付けで国際学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。

背景

 空間的に不均一な植生における家畜の最適な放牧戦略の開発は、持続的な動物生産にとって非常に重要です。エージェントベースモデル(ABM)は、空間内での家畜の移動とそれに影響を与える家畜の内部状態(例:代謝エネルギー)及び外部環境(例:植物量)を空間明示的にシミュレーションする手法です。

研究内容

 実際のモンゴル半乾燥ステップ(バヤンウンジュール郡)をモデル調査地としました。本研究では、ABMを使用して、モンゴルの家畜のさまざまな日帰りの空間放牧パターンが夏季の摂取エネルギーに与える影響を予測しました。ABMでは、羊がエージェントとして機能し、植生は環境として表現されました。環境(約8×8 km)は976のグリッドセルに分割され、各セルの植物パラメータ(種構成、バイオマス、栄養価、家畜嗜好性など)が測定されました。モンゴルの羊の移動パターンは、動物自身の選択的移動(自由放牧)であるか、牧民によってコントロールされています。自由放牧は、羊の実際の動きをGPSで追跡することによって決定されました。牧民による羊の移動制御では、モデル上で牧草の(1)植生量、(2)嗜好性、(3)栄養価がそれぞれ最大または相対的に高い値を持つ隣接セルに羊を移動させるという、3種類の放牧戦略をシミュレートしました。さらに、放牧密度を実際の家畜数を基準として3段階で変化させ(0.5倍、1.0倍、2.0倍)、その影響を分析しました。羊の代謝エネルギー摂取量は、各セルにおける植物の摂取量×植物の代謝エネルギー含有量×植物の家畜嗜好 性により推定しました。羊の最終的な代謝エネルギー摂取量は、夏季2か月間のシミュレーションを行った後に推定されました。結果として、自由放牧羊の代謝エネルギー摂取量は、牧民によって制御された羊と同等かそれ以下でした。特に、最大の植生量指向の放牧戦略において、得られた放牧分布は放牧密度が2倍になっても空間的に分散しており(図1)、代謝エネルギー摂取量も最も大きくなっていました(図2)。

図1 様々な家畜密度や羊の放牧パターンにおける放牧圧の分布


図2 各放牧パターンと羊の日摂取量の推移

結論と今後の展望

 モンゴルの半乾燥草原において、過放牧を回避しつつ動物生産を最大化する放牧戦略は、牧民が最も草の豊富な場所に羊を移動させるものであることが示唆されました。

論文情報

掲載誌:Scientific Reports
掲載日:2025年1014
    https://www.nature.com/articles/s41598-025-19816-8

論文タイトル: Predicting livestock intake energy at different grazing strategies using agent-based modelling of livestock.
著者:Yoshihara, Y., Horie, R., Miyasaka, T., Kono, A., & Shinoda, M.

謝辞

本研究はJSPS科研費 20H000441Hの助成を受けたものです。

本件に関するお問合せ

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部総務課広報情報担当
E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

関連教員

甲野 耀登