ラットの「歩き方」から関節痛をAIで数値化
―深層学習を用いた新しい歩行解析技術を開発―
発表のポイント
◆変形性関節症(OA)モデルラットの歩行行動をAIで自動解析し、痛みや運動障害を高精度に識別する手法を開発。
◆DeepLabCutによるマーカー不要の関節位置推定と、動的時間伸縮法(DTW)+階層別クラスター解析で、健常ラットとOAラットを高精度に分類。
◆市販装置に頼らず、低コスト・非侵襲・再現性の高い歩行解析を実現。さらに、鎮痛薬の効果検出にも成功。
◆今後、痛みモデル・神経障害モデル・運動障害モデルなど、多様な疾患研究への応用が期待される。
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の竹ノ内晋也氏(博士課程)、村田幸久准教授らの研究グループは、変形性関節症(OA)ラットの歩行行動を、人工知能(AI)を用いて客観的かつ定量的に評価する新しい解析手法を確立しました。本研究では、動物の体にマーカーを塗布する必要のないDeepLabCut(DLC)によりラットの関節座標を高精度に抽出し、さらに動的時間伸縮法(DTW)を応用した解析により、痛み由来の歩行異常を詳細に捉えることに成功しました。従来の歩行解析は、高価な商用機器や人工的な歩行装置を必要とすることが多く、実験環境の制約や再現性の問題が課題でした。本研究で確立した手法は、通常のビデオカメラとオープンソースソフトウェアのみで構築できるため、汎用性が高く、国内外の研究者が容易に導入できます。
発表内容
■ OAラットの痛み行動を基礎指標で確認
変形性関節症モデルは、モノヨード酢酸(MIA)を膝関節へ注入することで作製しました。荷重分散試験(incapacitance test)では、注入後7日目から患肢の荷重低下が明確となり、疼痛行動の成立を確認しました。痛覚過敏試験(von Frey test)でも機械的過敏が観察され、OAの典型的な痛み症状が再現されました。
■ 透明トンネルで自然な歩行を撮影
ラットを透明アクリルトンネル内で自由歩行させ、側方からビデオ撮影しました。DeepLabCutにより膝・かかと・つま先などの関節座標を抽出し、歩行周期ごとの軌跡を解析しました(図1)。
図1:撮影環境と歩行しているラットの関節位置の追跡、画像上の特徴量抽出
■ AIによる gait feature の抽出
研究チームは、OAラットが歩行時にかかととつま先の相対距離を特徴的に変化させることに着目しました。関節位置データを基に、「垂直・水平方向の距離変化」と「ステップ周期ごとの軌跡パターン」を歩行の特徴量(gait feature)として抽出しました。
■ DTW+階層別クラスタリングで OA と健常群を高精度に分類
DTWを用いて OA / 健常 ラットの歩行パターンを比較し、階層別クラスタリングにより分類したところ、両群が明確に分離(図2上)されました。
図2:階層別クラスタリングと主座標分析(PCoA)に基づく歩行パターンの分類
■ 主座標分析(PCoA)でも同様の群分離
PCoAにより可視化したところ、OA 群と 健常群が明確に二つのクラスターを形成しました。DTWによる類似度を用いた PERMANOVA 検定でも統計的有意差が確認されました(図2下)。
■ 鎮痛薬トラマドールの効果もAIが検出
OAラットにトラマドール(オピオイド系鎮痛薬)を投与すると、PCoA上でクラスターが有意に移動し、AIが鎮痛薬の作用を歩行解析から検出できることが示されました(図2下)。
社会的意義と今後の展開
本手法は、歩行解析を客観的データに基づくAI解析へ発展させるものであり、創薬研究や疾患モデル研究の分野で大きなインパクトをもたらします。
発表者・研究者情報
東京大学 大学院農学生命科学研究科
竹ノ内 晋也(博士課程)
港 高志(研究員)
福田 将大(研究員)
小林 幸司 特任講師
村田 幸久 准教授
論文情報
雑誌名:Journal of Pharmacological Sciences
題 名:Development of a Quantitative Gait Analysis in an Osteoarthritis Rat Model using Machine Learning
著者名:Shinya Takenouchi, Takashi Minato, Masahiro Fukuda, Koji Kobayashi, Takahisa Murata*
DOI:doi.org/10.1016/j.jphs.2025.11.004
URL: https://authors.elsevier.com/sd/article/S1347-8613(25)00108-2
用語解説
(注1)DeepLabCut(DLC)
動物の姿勢(ポーズ)を深層学習によって高精度に推定するオープンソースツール。
(注2)DTW(Dynamic Time Warping)
二つの時系列データの類似性を比較する手法で、歩行データの周期のずれを補正できる。
(注3)PCoA(Principal Coordinates Analysis)
距離行列から高次元データの構造を可視化する多変量解析手法。
問合せ先
東京大学 大学院農学生命科学研究科
獣医薬理学研究室 / 放射線動物科学研究室
准教授 村田 幸久
Tel:03-5841-7247
E-mail:amurata@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
総務課総務チーム広報情報担当
Tel:03-5841-5484
E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp


