発表のポイント

◆はちみつを分離せずそのままの状態で、主要成分から微量成分までを定量できる分析法を確立しました。
◆蜂蜜の主要成分である糖や水の強い信号を抑える改良型Broadband-WET法NMR測定を用いることで、従来法では検出すら難しかった微量成分を高精度かつ迅速に分析できる点が新規です。
◆本手法は、はちみつの品質評価や保存状態の判定を科学的に行うことを可能にし、食品の品質管理や流通・保存指針の高度化への貢献が期待されます。

NMRを用いた非破壊・包括的なはちみつ成分分析の確立

発表内容

 東京大学大学院農学生命科学研究科の永田宏次教授らの研究グループは、はちみつを壊すことなく、主要成分から微量成分までを一度に詳しく調べることができる新しい分析手法を開発しました。
 本研究では、核磁気共鳴(NMR)法(注1)において、はちみつの7-8割を占める糖および水の信号を広帯域かつ選択的に抑制する改良型Broadband-WET法(注2)を用いることで、糖や水分の影響を除去し、アミノ酸や有機酸などの微量成分を高精度かつ迅速に定量することに成功しました。さらに、保存温度の違いによってはちみつの成分がどのように変化するかを非破壊で追跡し、25℃と比較して37℃で顕著に、経時的に増加する成分として3-デオキシグルコソン(3-DG)および5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)(注3)を、経時的に減少する成分として芳香族側鎖を有するアミノ酸(注4)を特定しました。
 3-DGおよびHMFは、単糖の脱水反応によって生成される化合物であり、果糖・ブドウ糖から3-DGを経てHMFへと変換されることが知られています(注3)。本研究により、3-DGとHMFの生成速度が保存温度によって異なることが明らかとなり、両化合物の量比を指標とすることで、はちみつの保存期間(いわゆる「月齢」)や保存温度を推定できる可能性が示されました。
 本手法は、試料の分離や前処理を行うことなく包括的な定量分析が可能である点に新規性があり、今後、はちみつの品質評価や保存・流通条件の最適化、さらには食品全般の品質管理技術の高度化に貢献することが期待されます。

図1:はちみつのNMRスペクトル

(A)通常の1H NMRスペクトル、(B)改良型Broad-Band WET法により2.7–5.7 ppmの領域を飽和し糖と水の信号を抑制した1H NMRスペクトル。
Aに比べBでは100倍高感度測定が可能になり、微量成分の検出に成功している。


図2:はちみつの経時成分変化の改良型Broad-Band WET法による分析

はちみつを25℃(A,C)と37℃(B,D)とに保管した際の成分経時変化の追跡。改良型Broad-Band WET法により測定した1H NMRスペクトルの高磁場領域(A,B)と低磁場領域(C,D)を示す。3-デオキシグルコソン(3-DG) (A,B)および5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF) (C,D)の経時的増加、トリプトファン(Trp)の経時的減少(D)が顕著である。

〇関連情報:
「各国産ビーポーレン(花粉荷)のNMRおよびHPLCによるメタボローム解析」(2022/08/09)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院農学生命科学研究科
  盧 翌 当時:特任研究員
  伊藤 光洋 当時:修士課程
  牧野 航大 当時:修士課程
  住田 喬哉 当時:修士課程
  本田 裕佳 当時:修士課程
  瀧口 沙希 当時:修士課程
  Madalina Ana Benea 当時:Utokyo Amgen Scholar
  陸 鵬 当時:助教
  片山 幸江 当時:特任研究員
  岡本 研 特任研究員
  伊藤 英晃 当時:特任研究員
  奥田 傑 准教授
  鈴木 道生 教授
  降旗 一夫 特任研究員
  永田 宏次 教授

論文情報

雑誌名:Food Chemistry
題 名:Rapid, non-destructive and comprehensive quantitative analysis of honey by combined use of conventional and broadband-WET NMR spectra
著者名:Yi Lu1, Mitsuhiro Ito1, Kodai Makino1, Takaya Sumida, Yuka Honda, Saki Takiguchi, Madalina Ana Benea, Peng Lu, Yukie Katayama, Ken Okamoto, Hideaki Itoh, Suguru Okuda, Michio Suzuki, Kazuo Furihata, Koji Nagata*
(1同等貢献、*責任著者)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2025.147610
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814625048629#f0020

研究助成

本研究は、山田養蜂場みつばち研究助成基金の支援により実施されました。

用語解説

(注1)核磁気共鳴(NMR)法
 NMR法は、物質の中に含まれる分子の構造や量を調べる分析方法です。
強い磁石の中に試料を置き、電波を当てることで、原子核(本研究では水素原子核=陽子)が出すわずかな信号を測定します。この信号の違いから、「どんな分子が、どれくらい含まれているか」を壊さずに調べることができます。食品、医薬品、材料、医療(MRI)など、幅広い分野で使われている信頼性の高い分析方法です。

(注
2)改良型 Broadband-WET
 はちみつは、7-8割が糖(大部分が果糖とブドウ糖)、残りの多くが水でできています。そのため、NMRで測定すると、糖と水の信号が非常に強く、微量成分の信号が見えにくくなります。
 改良型 Broadband-WET 法は、糖や水の強すぎる信号だけを選択的に弱める工夫を加えたNMR測定技術です。これにより、はちみつに含まれる品質や加熱の指標となる微量成分を、より正確に観測することができます。

(注3)3-デオキシグルコソン(3-DG)・5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)
 3-DGとHMFはともに、糖が加熱されたり、長期間保存されたりする過程で生じる物質です。はちみつに多く含まれる果糖やブドウ糖は、加熱や長期間の保存によって、少しずつ化学変化を起こします。
 まず、果糖やブドウ糖は、脱水反応を経て、3-DGに変化します。3-DGは反応性が高く、糖が変化していく途中段階(中間体)にあたる物質です。その後、3-DGはさらに反応が進むことで、HMFへと変化します。HMFは3-DGよりも安定な物質で、加熱や保存の影響が積み重なった結果として生成します。
このため、
 果糖・ブドウ糖 → 3-DG → HMF
という流れは、糖がどの程度加熱・劣化したかを示す「時間軸」のような関係と考えることができます。
 このとき重要なのは、温度によって3-DGとHMFの増え方が異なる点です。3-DGは、室温(25℃)でも生成が進み、37℃ではより速く増加します。一方、HMFは、25℃ではほとんど生成されず、37℃では明確に増加します。
 そのため、はちみつ中の3-DGとHMFの含量の比率(HMF/3-DG)を調べることで、そのはちみつがどのくらいの期間、どの程度の温度環境に置かれていたかを推測することができます。

(注4)芳香族側鎖を有するアミノ酸
 
側鎖に「芳香環(ベンゼンに似た構造)」をもつアミノ酸のことで、ここでは、一般に芳香族アミノ酸と呼ばれるフェニルアラニン、チロシン、トリプトファンに、ヒスチジンを加えた4種類のアミノ酸を指します。

問合せ先

研究内容について
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生物構造学研究室
教授 永田 宏次(ながた こうじ)
Tel:03-5841-1117 E-mail:aknagata@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

機関窓口
東京大学大学院農学生命科学研究科 総務課 広報情報担当
Tel:03-5841-8179/5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

関連教員

奥田 傑
鈴木 道生
永田 宏次