食品成分であるピロロキノリンキノン(PQQ)が受容体GPR35を活性化する分子機構を解明
発表のポイント
◆様々な食品に含まれる微量栄養素であるピロロキノリンキノン(PQQ)が、代謝や炎症の調節に関わる受容体「GPR35」のアゴニスト(作動薬)として作用することを明らかにしました。
◆PQQがGPR35に直接結合し受容体を活性化させる分子認識機構を、分子シミュレーション解析と変異導入実験により詳細に明らかにしました。
◆本成果により、これまでに報告されているPQQの抗炎症作用や代謝制御などの多様な健康効果は、GPR35を介したシグナル伝達によって発揮されている可能性が示唆されました。 
概要
名古屋大学大学院生命農学研究科の柴田貴広教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の内田浩二特任教授らのグループは、代謝物感受性GPCR群のスクリーニングを通じて、食品由来成分であるピロロキノリンキノン(PQQ)が、GPR35を特異的に活性化することを発見しました。PQQは、緑茶、納豆、パセリなどの様々な食品に含まれており、抗酸化作用やミトコンドリア機能改善など、健康維持に寄与するとされる物質です。
本研究では、PQQがGPR35に直接結合すること、そしてその結合および活性化過程において、PQQのカルボキシル基が受容体の特定の正電荷を持つアミノ酸(Arg100, Arg151など)と相互作用することで、受容体の立体構造変化を引き起こす分子機構を詳細に解明しました。
この発見は、PQQがGPR35を介して生体内でシグナル伝達を調節するという新たな経路を示しており、食品由来の成分による健康効果の科学的根拠を深めるとともに、PQQの生理機能を分子レベルで理解するための重要な手掛かりとなります。
発表内容
GPR35は、アミノ酸代謝物であるキヌレン酸をリガンドとして認識することが知られていますが、その生理学的な役割や、他にもどのような代謝物に応答するかは十分に理解されていませんでした。一方、PQQは哺乳類にとって必須の栄養素ではないものの、健康への多様な有益作用が報告されていますが、その作用の分子メカニズムの多くは不明でした。
本研究ではまず、代謝物感受性GPCR群に対してPQQの活性をスクリーニングしました。その結果、PQQがGPR35を特異的かつ選択的に活性化することを見出しました。GPR35の主要なシグナル伝達経路であるGタンパク質の活性化に加え、β-アレスチンのリクルートも引き起こすことが確認され、PQQがGPR35の完全なアゴニストとして機能することが裏付けられました。
また、PQQとGPR35の結合メカニズムを解明するため、PQQの構造を利用した光親和性プローブを合成し、受容体との直接結合を証明しました。さらに、分子ドッキングシミュレーションと部位特異的変異導入(特定のアミノ酸を別のアミノ酸に置き換える実験)を組み合わせることで、以下の重要な知見を得ました。
・PQQ分子の2位に存在する負電荷を持つカルボキシル酸部位が、GPR35の結合ポケット内に存在する正電荷を持つアミノ酸残基(特にArg100、Tyr101、Arg151)と水素結合を形成し、これが結合と活性化に重要な相互作用であると考えられる。
・Phe163残基がPQQとπ―H相互作用を介して結合に寄与していることが示唆された。
これらの知見は、GPR35の活性化におけるPQQのリガンド認識モードを分子レベルで説明するものです。
本研究は、PQQがGPR35というヒトの生理機能に重要な受容体のリガンドとして機能し得ることを示しました。食品由来の物質がGPCRを介して細胞機能を制御する経路の発見は、PQQの抗炎症作用や代謝改善作用といった多様な健康効果の分子メカニズムを理解するための大きな一歩となります。今後は、この分子認識基盤を応用し、GPR35の機能やシグナル伝達のさらなる詳細な解析に繋がることが期待されます。
発表者・研究者等情報
安藤春美(名古屋大学大学院生命農学研究科 応用生命科学専攻 博士後期課程)
金森 星(名古屋大学大学院生命農学研究科 応用生命科学専攻 博士前期課程:当時)
内田浩二(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授)
柴田貴広(名古屋大学大学院生命農学研究科 応用生命科学専攻教授)
論文情報
雑誌名: Biochemistry
論文タイトル: Structural and Functional Basis of G Protein-Coupled Receptor 35 Activation by Pyrroloquinoline Quinone
著者: Harumi Ando, Akari Kanamori, Mayuka Wakabayashi, Fumie Nakashima, Haruka Sei, Hiroyuki Hattori, Masaki Kita, Asuka Inoue, Ayana Murakami, Mitsugu Akagawa, Koji Uchida, Takahiro Shibata*
DOI: 10.1021/acs.biochem.5c00566
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.biochem.5c00566
用語解説
・代謝物感受性GPCR
体内の代謝過程で生成される低分子化合物や、腸内細菌叢が産生する物質(短鎖脂肪酸など)に応答して活性化されるGタンパク質共役型受容体(GPCR)群を指します。これらの受容体は、主にエネルギー代謝、免疫応答、炎症制御などの生理機能を調節しており、GPR35もこのグループに属します。
・GPR35
GPCRファミリーの一種で、腸管、脂肪組織、免疫細胞などに発現していることが知られている受容体です。代謝調節や炎症応答への関与が示唆されています。
・ピロロキノリンキノン(PQQ)
緑茶、納豆、パセリなどの食品に含まれる栄養素の一種です。補酵素として作用し、抗酸化作用やミトコンドリアの生合成促進など、多様な生理機能が報告されています。
・アゴニスト(作動薬)
受容体に結合することで、その受容体が持つ生理活性を増強または発現させる物質(薬物や内因性シグナル分子)を指します。
問合せ先
名古屋大学大学院生命農学研究科
教授 柴田 貴広(しばた たかひろ)
shibatat@agr.nagoya-u.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科
特任教授 内田 浩二(うちだ こうじ)
a-uchida@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

