オス特有の行動には、脳で作られる女性ホルモンが必要
――オスの脳でも大量の女性ホルモンが作られる意義が明らかに――
発表のポイント
◆オスの脳で女性ホルモンが大量に作られていることが古くから知られていましたが、その意義はあまり分かっていませんでした。
◆脳で女性ホルモンを作れなくなったオスのメダカは、メスへの求愛や他のオスへの攻撃などのオス特有の行動をあまり示さなくなりました。
◆オスの脳で作られた女性ホルモンには、男性ホルモンに対する脳の感受性を高めることで、オス特有の行動を促す作用があることが分かりました。
概要
女性ホルモン(エストロゲン)は一般にメスに重要なホルモンとされ、主に卵巣で作られます。ところが、オスの脳でも大量の女性ホルモンが作られていることが古くから知られており、不思議な現象として関心を集めてきました。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の大久保範聡教授らの研究グループは、脳で女性ホルモンを作れなくなったオスのメダカが、メスにあまり求愛しなくなったり、他のオスに攻撃しなくなることを見出しました。このことは、オスの脳で作られる女性ホルモンがオス特有の行動に必要であることを示しています。脊椎動物の場合、オス特有の行動は、精巣から分泌された男性ホルモンが脳に作用することで引き起こされます。研究グループはさらに、脳で作られた女性ホルモンには、男性ホルモンに対する脳の感受性を高めることで、オス特有の行動を促す作用があることを見出しました。これらの発見によって、なぜオスの脳で大量の女性ホルモンが作られるのかという長年の問いに一つの解答が得られました。
発表内容
女性ホルモン(エストロゲン)は一般に、メスに重要なホルモンとされています。主に卵巣で作られ、卵の発育などに重要な役割を担っていますが、脳でもかなりの量の女性ホルモンが作られていることが知られています。しかし、脳で作られる女性ホルモンの意義についてはあまり分かっていません。しかも不思議なことに、メスだけでなく、オスの脳でも大量の女性ホルモンが作られていることが知られており、この現象には古くから関心が寄せられてきました。
今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の大久保範聡教授と西池雄志大学院生(研究当時)らの研究グループは、自然科学研究機構基礎生物学研究所、大阪大学大学院医学系研究科と共同で、メダカを使ってこの現象の理解に取り組みました。研究グループはTILLING法(注1)を用いて、約6000匹のメダカから、遺伝子変異によって脳で女性ホルモンを作れなくなったメダカを1匹見つけ出しました。そして、その変異を受け継いだ子孫の行動を調べました。その結果、脳で女性ホルモンを作れなくなったメダカのオスは、メスへの求愛や他のオスへの攻撃が著しく減ることを見出しました(図1、2)。また、そのオスに女性ホルモンを与えたところ、メスへの求愛が通常オスと同レベルまで回復しました。これらの発見は、オスの脳で作られる女性ホルモンがオス特有の行動に必要であることを示しています。
脊椎動物では、オス特有の行動には男性ホルモンが重要とされています。精巣から分泌された男性ホルモンが脳に作用することで、メスへの求愛や他のオスへの攻撃のような行動が引き起こされるのです。マウスやラットなどのげっ歯類では男性ホルモンに加えて女性ホルモンもオス特有の行動に関わることが知られていましたが、脊椎動物全体で見ればげっ歯類は例外であり、私たち人間や魚類を含むそれ以外の大部分の種では、オス特有の行動に女性ホルモンは必要ないと考えられてきました。それゆえ、上記の発見は予想外のことでした。
研究グループはさらに、この予想外な発見をどう解釈すればよいか検討しました。その結果、脳で作られた女性ホルモンには、社会的な行動に関わる脳領域での男性ホルモン受容体(注2)の量を増加させる作用があることが分かりました。そして、その作用によって、メスへの求愛やオスへの攻撃に関わる脳内ホルモン(注3)の合成が増加することが分かりました。これらの脳内ホルモンの合成量が、脳で女性ホルモンを作れなくなったオスで大きく低下していたのです(図3)。これらの発見から、オスの脳で作られた女性ホルモンは、男性ホルモンに対する脳の感受性を高めることで、オス特有の行動を引き起こすことが明らかになりました。
以上の一連の研究によって、なぜオスの脳でも大量の女性ホルモンが作られるかという古くからの問いに、一つの解答が与えられました。
図1:脳で女性ホルモンを作れなくなったオスは、メスにあまり求愛しなくなる
メスへの求愛と交接(哺乳類でいう交尾)の頻度を、通常オスと脳で女性ホルモンを作れなくなったオス(図中の変異体オス)で比較した。グラフの縦軸は、観察時間30分当たりの求愛・交接の回数を示す。なお、オスの求愛や交接への積極性をより正確に評価するために、相手役のメスには、成熟しても産卵しない変異体メスを用いた。
図2:脳で女性ホルモンを作れなくなったオスは、他のオスにあまり攻撃しなくなる
他のオスへの攻撃の頻度を、通常オスと脳で女性ホルモンを作れなくなったオス(図中の変異体オス)で比較した。メダカを含む魚類の攻撃のパターンには、追い払い、威嚇並走、平行定位、打撃、噛みつきの5種類がある。そのそれぞれの攻撃パターンの頻度を測定した。グラフの縦軸は、観察時間15分当たりの各攻撃パターンの回数を示す。
図3:脳で女性ホルモンを作れなくなったオスでは、行動に関わる脳内ホルモンの合成が低下している
メダカのオスがメスに求愛したり他のオスに攻撃するには、視床下部と視索前野という脳領域で、バソトシンとガラニンという脳内ホルモンがそれぞれ合成される必要があると考えられている。そこで、視床下部でのバソトシンの合成量(左側のグラフと写真)と視索前野でのガラニンの合成量(右側のグラフと写真)を、通常オスと脳で女性ホルモンを作れなくなったオス(図中の変異体オス)で比較した。グラフの縦軸は、バソトシンもしくはガラニンの合成量を示す(正確には遺伝子の発現シグナルの面積で、単位は×103 μm2/個体)。
写真はいずれも発現シグナルを顕微鏡で撮影したもので、青紫の部分が発現シグナル。写真中のスケールバーは全て50 μm。
〇関連情報:
「プレスリリース 求愛するか、攻撃するか――男性ホルモンの働きが弱まると、メダカのオスは判断を誤る――」(2024/5/27)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20240527-1.html
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院農学生命科学研究科
大久保 範聡 教授
西池 雄志 研究当時:博士課程
現:マックスプランク フロリダ神経科学研究所 博士研究員
槇 しずく 研究当時:修士課程
宮副 大地 研究当時:修士課程
仲宗根 潔 研究当時:博士課程
自然科学研究機構 基礎生物学研究所
亀井 保博 RMC教授
大野 薫 研究当時:助教
宇佐美 剛志 研究当時:研究員
長濱 嘉孝 研究当時:教授
大阪大学 大学院医学系研究科
藤堂 剛 研究当時:教授
現:大阪大学 放射線科学基盤機構 招聘教授
藤原(石川) 智子 研究当時:助教
現:大阪大学 放射線科学基盤機構 助教
論文情報
雑誌名:eLife
題 名:Brain-derived estrogens facilitate male-typical behaviors by potentiating androgen receptor signaling in medaka
著者名:Yuji Nishiike, Shizuku Maki, Daichi Miyazoe, Kiyoshi Nakasone, Yasuhiro Kamei, Takeshi Todo, Tomoko Ishikawa-Fujiwara, Kaoru Ohno, Takeshi Usami, Yoshitaka Nagahama, and Kataaki Okubo*(* 責任著者)
DOI:10.7554/eLife.97106.4
URL:https://elifesciences.org/articles/97106
研究助成
本研究は、科研費「新学術領域研究(課題番号:17H06429)」、「基盤研究(B)(課題番号:23K26998)」、「特別研究員奨励費(課題番号:21J20634)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)TILLING法
Targeting-Induced Local Lesions In Genomes法の略。薬剤などによって、ゲノム中にランダムに変異を誘発した個体集団の中から、特定の遺伝子に変異が生じた個体を見つける実験手法。今回は、脳で女性ホルモンを作る遺伝子であるcyp19a1b(脳型アロマターゼ遺伝子とも呼ばれる)に変異が生じ、脳で女性ホルモンを作れなくなった個体を探し出した。
(注2)受容体
細胞中、あるいは細胞の表面に存在するタンパク質であり、細胞外から運ばれてきたホルモンなどに結合することで活性化し、細胞に特定の反応を引き起こす。男性ホルモン受容体は男性ホルモンに結合する受容体であり、活性化することで、種々のオス特有の行動や性質が生じるようになる。
(注3)脳内ホルモン
脳内で作られるホルモンの総称で、100種類以上が知られている。幸せホルモンとして知られるセロトニン、愛情ホルモンとして知られるオキシトシンなどが代表例。今回、脳で作られた女性ホルモンが特定の脳領域の男性ホルモン受容体の量を増加させることで、バソトシンやガラニンといったオス特有の行動を引き起こすことが知られている脳内ホルモンの合成が増加することが分かった。
問合せ先
<研究内容について>
東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 大久保 範聡(おおくぼ かたあき)
Tel:03-5841-5286 E-mail:a-okubo@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
<機関窓口>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部総務課総務チーム広報情報担当
Tel:03-5841-8179, 5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp


