発表概要

 セルロースを含む多糖類に対する従来の触媒酸化方法では,分子量低下,一部の2級水酸基の酸化,反応生成物の化学構造の不均一性などの課題があった。また,実用化する上では,添加するNaBr,NaOClによる洗浄排液の環境負荷,反応制御なども課題であった。そこで,プールや食品,飲料水の消毒に用いるジクロロイソシアヌル酸ナトリウム(NaDCC)を主酸化剤とし,従来法のNaBr,NaOClを用いないことで,結晶性セルロースミクロフィブリル表面の位置選択的な触媒酸化が可能となり,分子量低下や副反応を抑えられることが明らかになった。また,過剰なNaDCC添加や長時間の反応でも,得られた結晶性酸化セルロース中の酸性基量,結晶化度,分子量,セルロース繊維の平均長さ,平均幅,形状が変化しなかった。したがって,セルロースを含む多糖類に対する,新たな水系・常温・常圧触媒酸化反応であることを見出し,関連特許を,東大TLOを通じて申請した。

発表内容

 結晶性の天然セルロースを,従来のNaBrとNaOClを用いる水系・常温・常圧下,pH 10で触媒酸化反応前処理し,得られた酸化セルロースを水中で適切な条件で解繊処理することで,カルボキシ基を含有するネットワーク状ナノセルロース,幅約3 nmのセルロースナノファイバー,セルロースナノクリスタルが得られる。この触媒酸化方法は既に産業レベルで製造され,様々な分野で利用されている。しかし,従来の触媒酸化法は,効率的なナノセルロース類の製造法としては必要条件を満たしているが,一方で,著しい分子量低下,反応生成物の化学構造・固体構造の不均一性などの副反応が避けられない。したがって,(過ヨウ素酸酸化反応のように)教科書に掲載されるような多糖類に対する選択的反応としては認識されなかった。また,従来法では酸化セルロースを製造する際に排出される洗浄液中の臭素イオンの処理が必要であり,フィンランドのグループは従来の触媒酸化法では,洗浄排液中にAOX(吸着性有機ハロゲン物質:ダイオキシンに代表されるような毒性が疑われる物質類)が生成することを見出している。これら副反応やAOX生成の要因は,NaBrとNaOClから生成される強い酸化剤であるNaOBrに由来すると考えられた。
 そこで,多糖類に対して副反応を抑える触媒酸化反応を検討していたところ,プール,食品,飲料水に使用可能な消毒剤であるNaDCC(安定な粉末状で取り扱いが容易)を主酸化剤とし,NaBrを用いない新しい水系・常温・常圧でpH 9での触媒酸化反応を見出した。この反応を,高結晶性のリンターセルロースと,その希酸加水分解物である微結晶セルロース粉末に適用したところ,①(低分子化等の副反応が無いために)重量回収率がほぼ100%で,②少量のNaDCC添加量で十分なカルボキシ基量が生成し,③過剰のNaDCCの添加や長時間の反応でもカルボキシ基量が変わらず(すなわち,結晶性セルロースミクロフィブリル表面に位置選択的に酸化が生じ),重量回収率もほぼ100%を維持し,④低分子化等の副反応が抑えられ,⑤その結果,酸化リンターセルロースの繊維形状,平均繊維長,平均繊維幅,結晶化度,分子量がほとんど変化せず,⑥水中解繊処理でダメージの少ないナノセルロース類に変換できることを見出した。得られた実験結果から,下図のように,(NaOClを経ずに)NaDCCが直接触媒酸化反応に関与していることが明らかになった。

図 NaDCCによる水系・常温・常圧,pH 9でのセルロースの1級水酸基の触媒酸化反応機構

 関連して,各種製紙用パルプ,各種植物ホロセルロース類,デンプン,キチン,カードラン等の水不溶多糖類に対して,新たな触媒酸化反応を適用したところ,興味深い結果が得られている。

発表者

磯貝 明(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻)
Korawit Chitbanyong(同上)
Pavitra Thevi Arnandan(同上)
Runquing Hou(同上)
柴田 泉(同上)
竹内美由紀(東京大学大学院 工学系研究科 総合研究機構)
齊藤将人(静岡県工業技術研究所)
深沢博之(同上)

発表雑誌

雑誌:Carbohydrate Polymers
論文タイトル:NaBr-free TEMPO-catalyzed oxidation of cellulose with sodium dichloroisocyanurate in water at pH 9
著者:Akira Isogai*, Korawit Chitbanyong, Pavitra Thevi Arnandan, Runqing Hou, Izumi Shibata, Miyuki Takeuchi, Masato Saito, Hiroyuki Fukasawa
DOI番号:10.1016/j.carbpol.2026.125080
論文URL:https://doi.org/10.1016/j.carbpol.2026.125080

【関連特許出願】
出願番号:2025-280485
名称:セルロース酸化物の製造方法及びセルロースナノファイバーの製造方法
出願日:2025年12月24日

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
磯貝 明 特別教授
Tel:080-4154-1362
Fax:03-5841-8244
E-mail:akira-isogai<at>g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※<at>を@に変えてください。

関連教員

磯貝 明