家畜化に伴う形態変化の分子メカニズム
――カイコの尾角が小さくなった原因を遺伝子レベルで解明――
発表のポイント
◆カイコ幼虫の尾角が、その野生種のクワコに比べて短いことを発見しました。
◆Wnt1とWnt6が、カイコとクワコの尾角の長さの違いに寄与していることを実験的に証明しました。
◆遺伝子のコード領域ではなく、シス領域の変化が、尾角の形状の違いを生み出していることがわかりました。
本研究の概要
発表内容
東京大学大学院農学生命科学研究科の富原健太大学院生 (研究当時) と木内隆史准教授、米国コロンビア大学のAna Pinharanda研究員 (研究当時) とPeter Andolfatto教授らの研究グループは、カイコとその野生種のクワコの交雑種を用いた遺伝学的解析を通じて、カイコの家畜化に伴う尾角の形態変化に寄与した遺伝子を同定しました。
〈研究の背景〉
ヒトは古来より、有用な動物を飼育し選抜することで、優れた成長速度と繁殖能力・飼育の容易さ・おとなしい気性などの形質を合わせ持つ様々な家畜を作出してきました。それは昆虫においても例外ではありません。カイコは、その最も近縁な野生種であるクワコから約5000年前に家畜化された昆虫だと考えられています。カイコは、高い絹糸生産能力を持つことは勿論、行動、体色、模様、飛翔能力などにおいて、クワコと様々な形質の違いがあります。
一部のチョウ目昆虫の幼虫には、腹部第8節に尻尾のような突起状の構造「尾角」があります (図1A)。尾角の役割は不明ですが、種によって長さや形状がバリエーションに富むことから、自然環境下において、天敵からの防御や擬態など適応上重要な機能を有していると予想されています。本研究において、私たちは、カイコ幼虫の尾角がクワコに比べて短いことを発見しました (図1B)。これは家畜化の影響によるものだと推測されましたが、ゲノム上のどのような変化によって尾角の短縮がもたらされたかについては不明でした。そこで私たちは、カイコとクワコが交雑可能であることを利用し、カイコとクワコの雑種後代を得たのちに遺伝学的解析を行うことで、尾角短縮の要因に迫ることにしました。
〈研究の内容〉
カイコとクワコの雑種第一代 (F1) をカイコに交配した戻し交配第一代 (BC1) と、F1どうしを交配した雑種第二代(F2)の幼虫の尾角の長さを測定したところ、カイコ並みに短いものから、クワコ並みに長いものまで、幅広く形質が分離しました。次に、Multiplexed shotgun genotyping (注1) を用いてBC1 694個体・F2 327個体のゲノム全域にわたって、DNAマーカー情報を取得しました。このDNAマーカー情報をもとにQuantitative Trait Locus (QTL) 解析 (注2) を行うことで、尾角の長さに関連する8つのゲノム領域 (QTL領域) を推定することができました。このうち、尾角の長さに対する寄与率が最も高い第4染色体上のQTL領域内には、Wntファミリーと呼ばれるグループに属する遺伝子が4つ存在していました (図2A)。Wntは分泌性糖タンパク質であり、下流のシグナル伝達経路を通じて、細胞の増殖と発達の調節に関与することが知られています。腹部第8節の皮膚における遺伝子発現解析により、QTL領域内の2つの遺伝子Wnt1とWnt6の発現量が、カイコに比べてクワコで多いことがわかりました。このような発現量の違いは、幼虫の脱皮前の限られた時期に、尾角が形成される部位でのみ観察されました。また、カイコとクワコのF1では、クワコ由来のアレルを持つWnt1/Wnt6の方が、カイコ由来のアレルを持つWnt1/Wnt6よりも発現量が多いことがわかりました。
次に私たちは、ゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9を用いた遺伝子ノックアウトにより、Wnt1とWnt6の尾角形成における機能検証を行おうと考えました。しかし、Wnt遺伝子は生存に不可欠であり、ノックアウトすると致死になってしまいます。そこで、カイコの染色体をバックグラウンドに第4染色体の一方のみをクワコに置換した染色体置換系統 (セミコンソミック系統) を利用することにしました (図2B)。第4染色体セミコンソミック系統は、クワコの第4染色体を持つことで、通常のカイコより長い尾角を有していました。この第4染色体セミコンソミック系統において、クワコ由来のWnt1のみをノックアウトした際、尾角の長さは有意に短くなりました (図2B)。また、クワコ由来のWnt6のみをノックアウトした第4染色体セミコンソミック系統も、尾角の長さがやや短くなりました。以上から、Wnt1とWnt6の両方が、カイコとクワコの尾角の長さの違いに寄与していることを証明できました。
興味深いことに、Wnt1/Wnt6タンパク質のアミノ酸配列には、カイコとクワコで差異がありませんでした。従って、Wnt1/Wnt6遺伝子の発現量の違いが、両種の尾角の長さの違いを生み出していると考えられます。すなわち、Wnt遺伝子のコード領域ではなく、転写制御に関わる領域 (シス領域) の変化が尾角の形状の違いを生み出した、と結論づけられます。
〈研究の意義〉
既存の家畜は、数千~一万年以上の時間をかけて選抜され、生み出されました。しかし、有用な野生動物を、同じように長い時間をかけて新たに家畜化することは現実的ではありません。また、有用形質を司る遺伝子は、しばしば生存に不可欠で、様々な生命現象や形質に複雑に関与しています。そのため、単純な遺伝子の導入やノックアウトでは、家畜化を再現できないことがほとんどです。本研究では、Wnt遺伝子のシス領域の変化が、個体の生存に悪影響を与えることなく遺伝子発現を変化させたことで、家畜化に伴う尾角の縮小をもたらした、ということを明らかにしました。本研究の成果は、生存に必須で生物間の保存性が高い遺伝子を標的とした新規家畜化昆虫の創出につながるものとして、農学の観点からも重要な発見であるといえます。
(A) クワコの幼虫。腹部第8節に、尻尾のような突起状の構造「尾角」 (赤色の矢印) があります。
(B) クワコとカイコの尾角。クワコの尾角はカイコよりも長く、形状も異なります。
(A) 第4染色体上のQTL解析の結果 (上段) とQTL領域近傍の遺伝子 (下段)。Logarithm of Odds (LOD) は、DNAマーカーと目的形質の連鎖関係を推定するための統計的な値であり、この値が大きい領域ほど、目的の形質と強く連鎖しています。下段の四角の塗りつぶしは、それぞれ遺伝子のエキソンを表しています。Wntファミリー遺伝子はオレンジ色、その他の遺伝子は黒色で表現しています。青色の破線で挟まれた領域が、QTL解析で得られた信頼区間です。
(B)通常のカイコ (上段)、第4染色体セミコンソミック系統 (中段)、クワコ由来Wnt1をノックアウトした第4染色体セミコンソミック系統 (下段) の染色体構成の模式図と尾角の写真。クワコ由来の第4染色体をもつセミコンソミック系統の方が、通常のカイコより尾角が長くなります。また、クワコ由来のWnt1をノックアウトした第4染色体セミコンソミック系統の尾角は短くなります。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院農学生命科学研究科
木内 隆史 准教授
富原 健太 研究当時:博士課程
現:情報通信研究機構 未来ICT研究所 学振特別研究員-PD
Columbia University
Department of Biological Sciences
Peter Andolfatto 教授
Ana Pinharanda 研究当時: 研究員
現:Harvard T.H. Chan School of Public Health, Department of Immunology and Infectious Diseases, Research Scientist
Young Mi Kwon Research Assistant
Laura S. Kors 研究当時:学部学生
Julia C. Holder 研究当時:学部学生
Lin Poyraz 博士課程
Princeton University
Lewis-Sigler Institute for Integrative Genomics
Andrew M. Taverner 研究当時:博士課程
Matthew L. Aardema 研究当時:博士課程
現:Montclair State University, Department of Biology, 准教授
論文情報
雑誌名:PLOS Biology
題 名:Cis-regulatory evolution of Wnt family genes contributes to a morphological difference between silkworm species
著者名:Kenta Tomihara1, Ana Pinharanda1, Young Mi Kwon, Andrew M. Taverner, Laura S. Kors, Matthew L. Aardema, Julia C. Holder, Lin Poyraz, Takashi Kiuchi*, Peter Andolfatto* (1筆頭著者) (*責任著者)
URL: https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3003605
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:20H02997)」、「 特別研究員奨励費(課題番号:20J22954)」およびNational Institutes of Health grants「R01 GM112758」「R01 GM114093」「R01 GM115523」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)Multiplexed shotgun genotyping
制限酵素でゲノムDNAを切断し、制限酵素認識サイトの近隣領域だけをシーケンシングすることで、安価にDNAマーカー情報を取得する技術 (Andolfatto et al., Genome Res., 2011)。類似の手法にRAD-seqがある。
(注2)QTL解析
DNAマーカーと目的形質の連鎖関係により、目的形質を支配するゲノム領域を特定する手法。
問合せ先
<研究内容について>
東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授 木内 隆史(きうち たかし)
Tel:03-5841-5057 E-mail:kiuchi@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室URL: https://sites.google.com/view/igblab-ut-aba
<機関窓口>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 事務部総務課総務チーム広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp




