発表者
高橋 裕(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
井上 優(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程:研究当時)
佐藤 慎太郎(和歌山県立医科大学薬学部 教授)
岡部 隆義(東京大学大学院薬学系研究科附属創薬機構 特任教授)
小島 宏建(東京大学大学院薬学系研究科附属創薬機構 副機構長)
清野 宏(千葉大学災害治療学研究所 未来医療教育研究機構 特任教授)
清水 誠(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任准教授:研究当時)
山内 祥生(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授:研究当時)

発表のポイント

  • これまでに発表者らはヒト小腸オルガノイドの培地を安価に調製する方法を報告していましたが、既存の方法よりもさらに安価に培地を調製することに成功しました。
  • 細胞外マトリクスを含むゲルを従来のマトリゲルからより安価なコラーゲンゲルに変えても、ヒト小腸オルガノイドの増殖能は変化しないことを示しました。
  • これまでよりも安価な培地と細胞外マトリクスを含むゲルを変えた条件で、ヒト小腸オルガノイドから単層性の上皮細胞を樹立できることを確認しました。
  • これらの方法で拡大培養したオルガノイドを用いて、既存薬、既知薬理活性ライブラリの約3,500化合物をスクリーニングした結果、従来モデルでのCaco-2細胞では毒性を示さず、オルガノイド由来の小腸上皮細胞で選択的に毒性を示す数種類の化合物を同定しました。

発表内容

ヒト小腸オルガノイド培養のコスト削減方法と本法で拡大培養したヒト小腸オルガノイドの活用法
Wnt3a、R-spondin1、Nogginに加えてHGFを安定発現させたL細胞の培養上清を培地に用いることでオルガノイド培養の更なるコスト削減を達成した。また、従来のマトリゲルよりも安価なコラーゲンゲルを用いてヒト小腸オルガノイドの培養が可能であることを示した。これらの方法を組み合わせて大量培養したオルガノイドを用いて化合物スクリーニングを行い、オルガノイドにおいて選択的な作用を示す、新たな生理活性物質を同定した。
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〈研究背景〉

 オルガノイド(注1)は従来の細胞株よりも生理的な性質を示す培養モデルとして近年、大きく注目されています。特にヒトオルガノイドはヒト生物学の解明に迫るための画期的な実験材料として、様々な研究分野における活用が期待されています。その中でも、小腸オルガノイドは最も早くその培養法が発見され、これまでに多くの研究が行われてきました。ただし、ヒト小腸オルガノイドの培養には様々な増殖因子や細胞外基質を必要とし、これらをすべて市販品で賄った場合、24-well plate 1枚分で約20万円という高額な費用が必要となります。我々はこれまでに、Wnt3a, R-spondin1, Nogginを安定発現させたマウスL細胞(L-WRN細胞)の培養上清を培地として用いることで、ヒト小腸オルガノイドの培養コストを削減してきました(Stem Cell Reports, 2018)。しかし、大規模スクリーニングなどの大量培養を行う場合には培養コストは依然として高く、さらなる削減が求められます。今回、高橋裕助教、佐藤隆一郎特任教授の研究グループは、L-WRN細胞にさらにhepatocyte growth factor(HGF)を発現させたL-WRNH細胞の培養上清を用いること、さらに細胞外基質を従来のマトリゲル(注2)から安価なコラーゲンゲルに変えることで、大幅なコスト削減を達成しました。実際にこれらの方法を組み合わせて大量培養したオルガノイドを用いてスクリーニングを行い、ヒト小腸オルガノイドに選択的に細胞毒性を示す化合物を同定しました。本研究成果を基にして、基礎・応用研究に限らずオルガノイドの活用が広がり、今後、新たな機能性食品成分の発見や様々な疾患の新規治療法開発などに繋がることが期待できます。

〈研究内容〉

 小腸オルガノイドは複数種類の小腸上皮細胞から構成されており、正常な小腸上皮細胞の生理機能を評価するための優れた培養モデルであると考えられています。しかしヒト小腸オルガノイドの内側に相当する管腔側から栄養素や食品成分の吸収を評価することは困難であること、三次元構造体であるヒト小腸オルガノイドに対して従来の遺伝子導入方法をそのまま適用できないこと、オルガノイドの培養にはWnt3aやマトリゲルなどの様々な高額な増殖因子や細胞外基質を必要とすることといった、様々な課題がありました。我々は、三次元培養したオルガノイドを敢えて一過的に二次元培養することで管腔側が露出され、管腔側からの刺激が可能になること(EBioMedicine, 2017)、この単層性の上皮細胞に対して従来の遺伝子導入方法を適用し、その後三次元培養してオルガノイドを再形成させることで結果としてオルガノイドに遺伝子導入を高効率で実施できること(Stem Cell Reports, 2018)、単層上皮細胞は従来のヒト上皮モデルであるCaco-2細胞では評価できない様々な小腸上皮機能を評価できること(iScience, 2022)などをこれまでに示してきました。今回、我々はオルガノイドの培養に必要なHGFを強制発現させたL-WRN細胞の培養上清を培地として用いることで、L-WRN細胞を用いたときよりもさらにコストを削減することに成功しました。さらに、従来のマトリゲルからマトリゲルの1/10程度の価格で購入可能なI型コラーゲンゲルに細胞外基質を変えてもヒト小腸オルガノイドの増殖性や性質は大きく変化せず、マトリゲルをI型コラーゲンゲルに代替できることを示しました。さらにこれらの方法を組み合わせて培養したヒト小腸オルガノイドを用いて単層上皮細胞を得られること、またCaco-2細胞よりもヒト小腸オルガノイドに選択的に細胞毒性を誘導する化合物を約3,500化合物の既知薬理活性ライブラリから同定することに成功しました。その中の一つ、Caco-2細胞における細胞毒性は見られず、ヒト小腸オルガノイドにのみで明確な細胞毒性が見られたYC-1に着目しました。YC-1は可溶性グアニル酸シクラーゼの活性化剤であると同時に低酸素状態で活性化する転写因子HIF-1αの阻害剤として知られています。しかし、他の可溶性グアニル酸シクラーゼ活性化剤およびHIF-1α阻害剤を処理してもオルガノイドに細胞毒性は誘導されなかったことから、YC-1によるオルガノイドへの細胞毒性は、これらの既知薬理作用とは異なる機序で引き起こされると考えられました。また、YC-1による細胞毒性はメサンギウム細胞など複数の細胞種においてこれまで報告されていますが、その作用機序はmitogen-activated protein kinase (MEK)/extracellular signal-regulated kinase(ERK)を介した経路、p38 mitogen-activated protein kinaseを介した経路、c-Jun N-terminal kinaseを介した経路が報告されています。各種阻害剤を用いて検討したところ、オルガノイドにおけるYC-1の細胞毒性は、MEK/ERK経路を介することが示されました。 本研究により、ヒト小腸オルガノイドの培養コストは当初の1/100程度にまで低減させることができました。したがって、特に継続的な使用や大規模スクリーニングなど大量培養が必要となる場合において、少なくとも費用の観点からヒト小腸オルガノイドをより活用しやすくなりました。またオルガノイド培養のハードルが下がることで、これまでにオルガノイド研究を行っていなかった研究者がオルガノイド研究に参画しやすくなることが見込まれます。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports
論文タイトル
Drug cytotoxicity screening using human intestinal organoids propagated with extensive cost-reduction strategies
著者
Yu Takahashi *, Yu Inoue, Shintaro Sato, Takayoshi Okabe, Hirotatsu Kojima, Hiroshi Kiyono, Makoto Shimizu, Yoshio Yamauchi, and Ryuichiro Sato *(*責任著者)
DOI番号
10.1038/s41598-023-32438-2
論文URL
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37012293/

研究助成

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 (課題番号:25221201、19K15840、20H02991、20K22562、21H04722、21K14847、21K14853、21K19239、22J21601) の支援を受けて行われました。

用語解説

  • 注1  オルガノイド
     臓器特異的幹細胞およびその幹細胞から分化した細胞群を含む細胞集団であり、臓器に類似した構造、機能を有する。腸や脳、腎臓、膵臓、肝臓など、全身の様々な臓器由来のオルガノイドがこれまでに樹立されている。オルガノイドは生体組織からだけではなく、iPS細胞などの多能性幹細胞からも分化誘導することが可能である。小腸オルガノイドには、小腸上皮幹細胞以外に、吸収上皮細胞、パネート細胞、杯細胞、腸内分泌細胞が含まれる。
  • 注2  マトリゲル
     マウス肉腫から抽出された、ラミニンやコラーゲンIVなどの細胞外基質や様々な増殖因子を豊富に含む可溶化基底膜調製品。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生化学研究室
助教 高橋 裕
Tel:03-5841-5179
Fax:03-5841-8029
E-mail:ayutaka<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室ホームページ:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/food-biochem/

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 社会連携講座「栄養・生命科学」
特任教授 佐藤 隆一郎
Tel:03-5841-8102
Fax:03-5841-8103
E-mail:roysato<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/nls/

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