発表者
藤澤 秀次 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻)
大長 一帆 (金沢大学ナノ生命科学研究所、現所属: 東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構プロジェクト部門)
Ayhan Yurtsever (金沢大学ナノ生命科学研究所)
福間 剛士 (金沢大学ナノ生命科学研究所)
齋藤 継之 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻)

発表のポイント

  • セルロースナノファイバー(CNF)の乾燥過程における構造変化を調べました。
  • 乾燥処理によってCNFのねじれ構造が変化し、それに伴って内部の分子構造も変化することが分かりました。
  • CNF系材料の多くは湿潤状態のCNFを乾燥させることで成形加工されます。今回得られた知見を活かすことで、CNFの構造制御による材料物性の向上が期待できます。

発表内容

図1:CNFがマイカ基板上で乾燥する様子
 nm (ナノメートル):ミリメートルの1,000,000分の1
(拡大画像↗)

図2:CNFが基板上で乾燥する様子
 CNFがa)水に分散、およびb)水–基板界面に吸着している状態。CNFは軸方向に対して右巻きにねじれており、吸着後もねじれた状態を維持している。c)乾燥途中およびd)乾燥後のCNFの構造。e)乾燥前およびf)乾燥後のCNFのねじれの分布;c→dの過程でCNFの構造が大きく変化。
(拡大画像↗)

 近年、低炭素社会実現に向けて、バイオマス由来材料が注目されています。その中でも、非可食性バイオマス由来のCNFは、軽く、強く、しなやかな材料として高機能用途への応用が加速しています。CNF系材料の特性を制御するために、CNF1本の構造を理解することは不可欠です。CNF系材料の多くは湿潤状態のCNFを乾燥させることで成形加工されますが、乾燥過程におけるCNFの構造変化については、十分に理解されていませんでした。そこで本研究では、CNFの乾燥過程における構造変化を、分子動力学シミュレーション(注1)、原子間力顕微鏡(注2)観察および固体核磁気共鳴(NMR)分析(注3)を用いて考察しました。
 まず、分子動力学シミュレーションを用いて、乾燥過程でのCNFの構造変化を予測しました(図1,2)。水に分散した状態のCNF(図2a)を基板上に吸着させ(図2b)、水を蒸発させました(図2c,d)。その結果、図2a→cの過程において大きなCNFの構造変化は確認されませんでした。一方、乾燥の最終段階(図2c→d)において水の表面張力によって、構造変化がもたらされ、CNFが基板上により密着することが示されました。この段階において、CNFのねじれ構造が変化し、ねじれの分布がより局在化していました(図2f)。これら構造変化は、原子間力顕微鏡観察により、実験的に裏付けられました。さらに、このねじれ構造の変化に伴って、セルロース分子のコンフォメーションが変化し、CNF1本の結晶性が向上することがシミュレーションおよび固体核磁気共鳴(NMR)分析によって示されました。今回得られた知見を活かし、材料調製過程におけるCNFの構造制御を行うことで、CNF系材料のさらなる機能化が期待できます。

発表雑誌

雑誌名
Small
論文タイトル
Molecular dynamics of drying-induced structural transformations in a single nanocellulose
著者
Shuji Fujisawa,* Kazuho Daicho, Ayhan Yurtsever, Takeshi Fukuma, Tsuguyuki Saito (*責任著者)
DOI番号
10.1002/smll.202302276
論文URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smll.202302276

研究助成

 本研究は、JST来社会創造事業 (JPMJMI17ED)、JST CREST(JPMJCR22L3)、JSPS科研費 (JP20K15567, JP23H02270, JP20J12793, JP22J01001, JP21H04733)、木材合板博物館PHOENIX研究助成金、次世代若手共同研究課題(20205012)、文部科学省 世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラムの助成を受けて行われた研究です。

用語解説

  • 注1  分子動力学シミュレーション
      原子や分子運動の時間発展を計算によって解析する手法。原子間に働く相互作用を考慮しつつ、ニュートンの運動方程式に基づいて解析を行う。
  • 注2  原子間力顕微鏡
      試料の表面を探針で走査することで、試料の形状に関する情報を得る顕微鏡。
  • 注3  固体核磁気共鳴(NMR)分析
      磁場中に置かれた固体試料に対して電磁波を照射し、その吸収(共鳴)を測定することにより、試料の化学構造を推定する方法。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
助教 藤澤 秀次(ふじさわ しゅうじ)
E-mail: afujisawa<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

関連教員

藤澤 秀次
齋藤 継之