発表のポイント

  • ヒト肝臓オルガノイドの培養を安価に行うための方法を開発しました。
  • ヒト肝臓オルガノイドを増殖後、成熟化培地に交換することで、様々な肝細胞機能を評価できることを示しました。
  • 成熟化させたヒト肝臓オルガノイドでは、従来の株化肝細胞では評価困難な、超低密度リポタンパク質の分泌が起こることを示しました。
  • ヒト肝臓オルガノイドに高効率で遺伝子導入を行うための手法を確立しました。

ヒト肝臓オルガノイド増殖用培地の開発とオルガノイドを用いた実験の流れ
R-spondin1、HGF、FGF7、FGF10を安定発現させたL細胞の培養上清を用いることで、ヒト肝臓オルガノイドを安価に増殖させる方法を確立した。通常は三次元培養を行う必要がある肝臓オルガノイドを一過的に二次元培養することで、外来遺伝子を高効率に導入することに成功した。培地を増殖用培地から成熟化培地に変えることで、様々な肝細胞機能を評価可能であることを示した。

発表内容

研究の背景

 オルガノイド(注1)はin vitroで培養可能な臓器モデルと見なされており、現在、基礎、応用研究に限らず、様々な研究分野での活用が盛んに進められています。特にヒトオルガノイドは、動物実験代替法としての活用だけでなく、ヒトバイオロジーの真の解明に向けた優れた生物材料になることが期待できます。これまでに我々の研究グループでは、ヒト小腸オルガノイドの培養や活用に関する様々な方法論の開発に取り組んできました。例えば、ヒト小腸オルガノイドの安価な培養方法や高効率な遺伝子導入方法の開発(Stem Cell Reports, 2018, Scientific Reports, 2023)、薬物代謝酵素の誘導や糖輸送などの従来の細胞株では解析困難なヒト小腸上皮の生理機能評価を実施してきました(iScience, 2022)。小腸オルガノイドはオルガノイドの中でも最も研究の歴史が古く、現在ではオルガノイドそのものだけでなく、専用の培地も市販されるまでに至っています。今回、高橋裕助教、佐藤隆一郎教授(研究当時)の研究グループは、エネルギー代謝や薬物代謝が盛んな臓器である肝臓に着目し、ヒト肝臓オルガノイドの培養と活用に関する研究に取り組みました。ヒト肝臓オルガノイドは、2018年に生体組織由来の、2019年にinduced pluripotent stem (iPS) 細胞由来のものがそれぞれ報告されています。2018年に報告された生体組織由来ヒト肝臓オルガノイドの培養には、R-spondin1、hepatocyte growth factor (HGF)、fibroblast growth factor (FGF) 7、FGF10の増殖因子が必要とされており、すべて市販品の組換えタンパク質を用いた場合には、24-well plate 1枚分で6万円以上もの費用が必要となります。今回、当研究グループは、ヒト小腸オルガノイド培養で培った経験を基にして、マウスL細胞にこれら因子を強制発現させ、その培養上清を培地として用いることで、ヒト肝臓オルガノイド培養の大幅なコスト削減に成功しました。また、ヒト肝臓オルガノイドにおいて、従来汎用されていた株化細胞では再現困難な、超低密度リポタンパク質(注2)の分泌といった生理的な肝細胞機能を評価可能であることを示しました。さらに肝臓オルガノイドに対して簡便かつ高効率に遺伝子導入を行う方法も確立しました。これらの基盤技術は、今後、様々な研究分野においてヒト肝臓オルガノイドを実験材料として活用する上で、大いに役立つことが期待されます。

研究の内容

 肝臓オルガノイドは他の臓器オルガノイドと同様に、従来モデルよりも高い生理機能を示すことが予想されます。特にヒトにおける肝臓の代謝機能はマウスやラットといった実験動物とは異なる点が様々報告されており、ヒト肝臓オルガノイドを用いることで、これまでには解明できなかったヒト固有の肝生理機能の解明に繋がることが考えられます。しかし、腸や脳に比べて肝臓のオルガノイドの研究は新しく、培養技術や機能評価に関する報告はそれほど多くありません。特に、ヒト肝臓オルガノイド培養には他の臓器オルガノイドと同様に高額なサイトカインを要するため、日常的な使用のためには培養コストを下げることが重要であると考えられます。そこで、生体組織由来ヒト肝臓オルガノイドの培養に必要とされる、R-spondin1、hepatocyte growth factor (HGF)、fibroblast growth factor (FGF) 7、FGF10を株化細胞であるマウスL細胞に強制発現させ、その培養上清をヒト肝臓オルガノイドの増殖用培地として用いるための検討を行いました。各因子の発現用レンチウイルスをそれぞれ作製し、各ウイルスの力価を調整して感染させることで、結果として培養上清を4倍希釈することで各因子が至適濃度となる、4因子を同時に安定発現したL細胞の樹立に成功しました。さらに、本細胞は少なくとも2か月間は安定して各因子を分泌すること、1年間以上凍結保存した培養上清を用いてもオルガノイドの増殖能は変化しないこと、組換えタンパク質を用いた場合よりもオルガノイドの増殖能はむしろ高いことなどが示されました。
 また、ヒト肝臓オルガノイドは増殖期には幹細胞マーカーの発現は高く、成熟マーカー遺伝子の発現は低いことが見出されました。しかし、増殖後のヒト肝臓オルガノイドをiPS細胞から肝臓オルガノイドへの分化の最終段階で用いる成熟化培地で培養することで、成熟マーカー遺伝子や肝細胞機能関連遺伝子の遺伝子発現は大きく亢進しました。すなわち、増殖期には肝細胞機能は低く抑えられている一方で、増殖を停止させることで肝細胞の成熟化は誘導されることが推察されました。成熟化培地で培養後の肝細胞機能を評価したところ、インスリン応答や脂質蓄積、さらにHepG2細胞などの株化細胞では見られない、超低密度リポタンパク質の分泌が見られることが示されました。マウスなどのげっ歯類では低密度リポタンパク質の割合が低く、ヒトとはリポタンパク質代謝機構が異なることが知られています。また、ヒトにおける超低密度リポタンパク質の分泌機構は完全には解明されていないことから、肝臓オルガノイドを用いることで、今後、ヒト肝臓におけるリポタンパク質代謝機構の解明が進むことが予想されます。
 さらに、遺伝子機能解析のため、ヒト肝臓オルガノイドに外来遺伝子を導入するための取り組みも行いました。しかし、これまでの遺伝子導入法は、主に二次元で培養する従来の細胞に対して開発されてきたという経緯があり、三次元構造体である肝臓オルガノイドにおいて本法をそのまま適用することは困難です。そこで、オルガノイドを酵素処理およびピペッティングにより破砕し、一時的に二次元培養を行った際に遺伝子導入を行い、その後三次元培養によりオルガノイドを再形成させるという方法を検討しました。遺伝子導入は、長期に渡り安定的な発現が可能なレンチウイルスを用いた方法と、市販の試薬を用いて一過的に導入する方法の二種類を採用しました。その結果、いずれの方法でも、肝臓オルガノイドに外来遺伝子を高効率で導入できることが示されました。
 本研究により、ヒト肝臓オルガノイドを生物材料として扱うための基盤を構築できました。今後、ヒト肝臓オルガノイドの活用が広がることで、新たな肝生理機能の発見やその分子機構の解明、肝機能を調節する生理活性物質の発見、肝疾患の新規治療法開発などに繋がることが期待できます。

発表者

久保山 文音(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程:研究当時)
高橋 裕(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
夏 琛(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程)
廣 佳穂里(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程)
小林 剛(広島大学大学院 消化器・移植外科学 准教授)
大段 秀樹(広島大学大学院 消化器・移植外科学 教授)
清水 誠(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任准教授:研究当時)
山内 祥生(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
清野 宏(千葉大学災害治療学研究所 未来医療教育研究機構 特任教授)
佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授:研究当時)

発表雑誌

雑誌
Biotechnology Journal
題名
Establishment of a cell culture platform for human liver organoids and its application for lipid metabolism research
著者
Ayane Kuboyama-Sasaki, Yu Takahashi *, Chen Xia, Tsuyoshi Kobayashi, Hideki Ohdan, Makoto Shimizu, Yoshio Yamauchi, Hiroshi Kiyono, and Ryuichiro Sato *(*責任著者)
DOI
10.1002/biot.202300365
URL
http://doi.org/10.1002/biot.202300365

用語解説

  • 注1 オルガノイド
     臓器特異的幹細胞(もしくは全駆細胞)およびその分化細胞群から構成される三次元構造体。臓器に類似した構造、機能を有し、従来の細胞株よりも生理的な培養モデルであるとされる。オルガノイドの樹立は、生体組織からだけではなく、iPS細胞などの多能性幹細胞から分化させることでも可能である。肝臓オルガノイドだけでなく、これまでに様々な臓器オルガノイドの樹立、培養方法が報告されている。
  • 注2 超低密度リポタンパク質
     肝細胞で生合成され、血漿中で脂質を輸送する役割を担う、トリグリセリドを主体としたアポリポタンパク質、リン脂質、コレステロール、コレステロールエステルから成る複合体。1粒子の超低密度リポタンパク質は1分子のアポリポタンパク質B-100を含む。末梢血管壁の血管内皮にアンカーされたリポタンパク質リパーゼの作用により、超低密度リポタンパク質中のトリグリセリドは一部、加水分解される。末梢組織はこの際に生じた遊離脂肪酸を取り込み、エネルギー源として利用することができる。アポリポタンパク質B-100を含む低密度リポタンパク質の蓄積は脳卒中や冠動脈疾患といった致死性の疾患発症に繋がるため、その制御は重要である。

問い合わせ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生化学研究室
助教 高橋 裕
Tel:03-5841-5179
Fax:03-5841-8029
E-mail:ayutaka<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp 
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/food-biochem/

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 社会連携講座「栄養・生命科学」
特任教授 佐藤 隆一郎
Tel:03-5841-8102
Fax:03-5841-8103
E-mail:roysato<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp 
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/nls/

〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
Tel: 03-5841-8179, 5484  FAX:03-5841-5028
E-mail: koho.a<アット>gs.mail.u-tokyo.ac.jp
※<アット>を@に変えてください。

関連教員

高橋 裕
山内 祥生
佐藤 隆一郎