食用色素ファストグリーンFCFを用いた胆囊・胆管造影法
研究成果のポイント
- 食品添加物ファストグリーンFCF(FG; 通称「緑色3号」)を用いて、目視が可能で簡便な胆道造影法を確立した。
- FGを用いた胆道造影により、術中・術後のイヌ、ヤギの肝外胆管が目視で可視化できることで、胆汁うっ滞マウスでの胆管の閉塞、内壁構造、胆囊胆汁の異常を簡便に評価できる。
- 本法を用いることで、基礎・臨床研究から教育実習まで幅広い用途で胆汁解析を可視化することが可能となった。

ファストグリーン FCFによる胆管造影による目視での肝からの胆汁排出の新規の評価法
研究概要
東京大学大学院農学生命科学研究科金井克晃教授らの研究グループは、食用色素による胆囊壁やその中の胆汁の流動性の異常を目視で評価できる新規の胆道造影法を開発した。胆汁うっ滞は、肝臓から十二指腸への胆汁の分泌障害である。胆道造影は、うっ滞の部位と原因の診断・治療の手助けとなることから、術前・術後の肝内外の胆汁の流路可視性の向上が求められている。医療現場では現在、胆管の走行や胆汁動態の可視性を高めるために蛍光胆道造影(注1)が広く用いられている。本研究グループは、食用色素であるファストグリーン FCF(以下、FG;通称「緑色3号」)(注2)を母体マウスの子宮内胎子へ腹腔内投与することにより、胎子肝での胆汁うっ滞評価ができることを見出した。しかし、成体マウスでの胆汁動態や、更には、より体の大型のイヌ、ヤギなどの中大動物でのFG胆管造影の有効性は今のところ不明であった。
本研究は、イヌ、ヤギなどの肝外胆管(注3)の可視性がFG胆管造影により向上することを確認することを目的とした。FGを用いることで、成体の胆汁うっ滞性疾患モデルマウスの胆汁うっ滞部位の同定、胆管壁の構造異常、胆囊内の胆汁の流れを簡便に目視評価することが可能となった。さらに、12時間絶食した胆囊壁低形成モデルマウスを用いた胆囊の動画解析により、胆汁濃縮の異常がFG流入後の拡散パターンの違いで評価できることも判明した。以上の成果から、食品色素を用いた胆道造影は、従来の蛍光造影剤とは異なり目視で胆汁の流れを評価でき、獣医学・医学領域における基礎・臨床研究から動物解剖などの教育実習まで幅広い用途で、簡便な胆汁排出動態の解析を可能にすることが示唆された。
研究内容
〈研究の背景〉
現在利用されている食用色素は、国際的な世界共通の基準に従った動物実験により効果や毒性が精査され、様々なヒトの健康被害の観点での安全性データも蓄積されている。普及している食用色素は、新規化合物と比べて、すでに人体への安全性データが担保されていることから、食品以外の他の目的、生体材料、医療への応用(注4)が検討されている。ファストグリーン FCF(FG)は、食用添加物として短期・長期の毒性、発がん性が観察されず(JECFA;IARC報告書;注5)、その安全性の科学的根拠により日本、米国では緑色3号として幅広い食品の着色色素として普及している。
胆汁うっ滞は、肝臓から十二指腸への胆汁の分泌の異常の状態を指す。その診断法として胆管造影が用いられており、診断時・術前・術後での肝内外の胆汁うっ滞や肝外胆管の可視化、胆汁漏れなどの診断・治療の手助けとして用いられる。医療現場では、インドシアニングリーンなどの蛍光胆管造影による近赤外線カメラ画像診断が、手術時の胆管の指標として広く用いられている。本研究グループは、食用色素であるFGが、母マウス子宮内の胎子肝からの胆汁の流れ(注6)を定量的に可視化できることを見出していた。しかし、成体マウスの胆汁うっ滞症や、さらに体の大きいイヌ、ヤギなどの中小動物でのFG胆管造影の有効性は不明であった。
〈研究の内容〉
本研究では、食用色素FGを用いた胆道造影(以下、FG胆道造影と呼ぶ)により成体マウス、さらに大型のイヌ、ヤギの胆囊・肝外胆管の可視化性について解析した。その結果、成体のマウス、イヌ、ヤギにおいて、FG投与後、胆囊・肝外胆管の走行および内腔の可視性が向上し、術中・術後の肝外胆管の指標として有効であることが確認された。また、総胆管結紮マウス、胆囊異常収縮したMab21l1変異マウス(注7)、胆囊壁低形成・胆道閉鎖症モデルのSox17変異マウス(注8)を用いて、FG胆管造影による目視での成体における胆汁動態を評価した。その結果、総胆管結紮マウスでは総肝管の内腔の閉塞部位の同定、Mab21l1変異マウスでは異常収縮した胆囊領域内へのFG標識は観察されず、通常状態の胆囊への新鮮胆汁の出入りを目視で観察することが確認された。さらに、Sox17変異体では、胆囊壁が重篤に欠損した胆囊の細長い管腔を可視化でき、胆囊壁が非胆囊上皮に置換された領域では異所性の胆管腺の構造(注9)がマクロ解剖学的に確認できた。
胆囊壁低形成により非胆囊上皮で置換されたSox17変異マウスの胆囊の機能を調べるため、12時間の絶食時の胆汁を蓄積した胆囊へのFG標識された新鮮胆汁の流入をマクロ解剖学的に解析した。その結果、同腹の野生型マウスと比較し、FG標識の新鮮胆汁と濃縮された胆囊胆汁との境界がSox17変異マウスでは不明瞭で、FGが拡散しやすいことが判明した。また、このFG標識の新鮮な胆汁と胆囊胆汁の拡散の違いは、胆囊胆汁とFG溶液のin vitro混和実験で胆囊胆汁の比重の違いで生じていることが判明した。そこで、Sox17変異マウスと同腹の野生型マウスの胆囊胆汁の成分分析をおこなった結果、Sox17変異マウスの胆囊胆汁は、抱合型胆汁酸の組成の大きな変化はないが、総胆汁酸、コレステロール量が有意に低下し、胆汁の濃縮が正常に起こっていないことが判明した。これらの結果は、FG胆管造影による目視による胆汁の動態のマクロ解剖学的解析により、胆囊壁の構造異常の検出だけでなく、胆囊の胆汁濃縮能も評価できることが判明した。
〈今後の展望〉
食用色素FGを用いた新しい胆道造影は、特殊な検出機器を必要としない点で、獣医学、医学領域の基礎・臨床研究から動物解剖などの教育現場での広範な用途での普及が見込まれる。さらに、FG胆囊造影は、胆囊壁やその中の胆汁の流動性の異常を検出できるため、胆石、胆泥症、胆囊粘液囊腫、胆囊癌などの早期発見などへの応用性も期待される。

図1:食品色素ファストグリーンFCFによる様々な胆汁うっ滞モデルにおける胆汁排出能の評価、肝・胆道系の手術時の肝外胆管の走行の可視化などの解剖実習などの教育活動への利用
発表者
東京大学
大学院農学生命科学研究科
新美 智之 特任専門職員
宮崎 奈々惠 博士課程(当時)
上村 麻実 特任研究員(当時)
曾 詩涵 博士課程
Watcharapon Promsut 博士課程(当時)
太田 考陽 特任研究員(当時)
野中 俊志 学部学生
柳田 絢加 助教
平松 竜司 准教授
金井 克晃 教授
大学院医学系研究科
追木 宏宣 博士課程
高見 尚平 博士課程(当時)
藤代 準 教授
東京科学大学大学院 医歯学総合研究科
金井 正美 教授
順伸クリニック胆汁酸研究所
武井 一 主任研究員
入戸野 博 所長
国立研究開発法人理化学研究所 生命医科学研究センター
成島 聖子 上級研究員
論文情報
- 雑誌
- Scientific Reports
- 題名
- Versatile Application of Fast Green FCF as a Visible Cholangiogram in Adult Mice to Medium-Sized Mammals
- 著者
- Tomoyuki Niimi+, Nanae Miyazaki+, Hironobu Oiki+, Mami Uemura, Shihan Zeng, Watcharapon Promsut, Noriaki Ota, Shunji Nonaka, Hajime Takei, Hiroshi Nittono, Seiko Narushima, Ayaka Yanagida, Ryuji Hiramatsu, Masami Kanai-Azuma, Shohei Takami, Jun Fujishiro, Yoshiakira Kanai*(+筆頭著者;*責任著者)
- DOI
- 10.1038/s41598-024-84355-7
- URL
- https://doi.org/10.1038/s41598-024-84355-7
研究助成
本研究は、主に「基盤研究(A)(課題番号:20H00445; 24H00537)」、「基盤研究(S)(課題番号:24228005)」「AMED(課題番号JP21lm0203003j0005)」の支援により実施されました。
用語解説
- 注1) 蛍光胆道造影
肝から胆道へ排出される蛍光プローブを用いた胆汁排出経路の近赤外光観察カメラによる観察法である。indocyanine greenなどによる開腹肝切除や胆嚢摘出術に臨床応用されており、腹腔鏡下胆摘術の安全性向上の技術として普及している。 - 注2)ファストグリーンFCF
食用タール色素に分類される合成着色料で、通称、「緑色3号」とも呼ばれる。日本と米国で食品添加物として認可されている。 - 注3)肝外胆管
肝臓から胆汁の排出経路には、肝内胆管と肝外胆管に分けられ、肝外胆管は、肝管、総肝管から胆囊と総胆管に分岐する。肝からでた胆汁は、肝外胆管へ運ばれ、そこから肝臓外に位置する肝管、総肝管へと集められ、一旦、肝門部から胆囊へと送られる。食間において、胆囊内の胆汁は、濃縮、貯蔵され、食事刺激により胆囊は収縮し、濃縮された胆汁は、肝門部から総胆管を経て、十二指腸へと排出される。 - 注4)食品着色料の生体材料、医療への応用
ファストグリーンは、本研究以外に、手術後の認知機能障害の予防に効果があることが動物実験で既に明らかとなっており、タートラジン「黄色5号」は、マウスの腹部の皮膚、筋等を生きた状態で可逆的に光学的に透明にでき、今後の非侵襲性の透明化剤としての利用が見込まれている。 - 注5)JECFA、IARC
JECFA(Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives)は、国連食糧農業機関FAOと世界保健機関WHOの合同食品添加物専門家会議で、食品添加物や汚染物質、自然毒、動物用医薬品などの安全性評価を指す。IARC(International Agency for Research on Cancer)は、発がん状況の監視、発がん原因の特定、発がん性物質のメカニズムの解明、発がん制御の科学的戦略の確立を目的としたWHOのがん専門の機関である。 - 注6)胎子肝からの胆汁の流れ
マウスの器官形成期(胎齢15.5日)から、肝から十二指腸へ胆汁分泌を開始する。母マウスの子宮壁越しに胎子の腹腔内へFGを投与することにより容易に胎子肝からの胆汁の流れを可視化できる。 - 注7)Mab21l1変異マウス
Mab21l1(Male abnormal 21-like 1)は、核酸代謝に関与するヌクレオチジルトランスフェラーゼ(NTase)フォールドタンパクをコードし、ヒト小脳-眼-頭蓋顔面-外性器(COFG)症の原因遺伝子である。Mab21l1欠損マウスは、上記の疾患に加えて、異常収縮した胆囊を持つ。 - 注8)Sox17変異マウス
Sox17ヘテロ変異を持つマウス胎子は、胆囊上皮でのSOX17発現の低下によりヒト胆道閉鎖症に類似した胆汁うっ滞を発症する。胎子期の胆囊壁の低形成が原因で胆囊上皮は肝管などを構成する非胆嚢上皮に置き換わり、肝門部から肝内の胆汁うっ滞を引き起こし、その7割のSox17ヘテロ変異を持つ新生児は生後致死となる。一方で生き残った残りの3割の個体は、同腹の野生型マウスと同様に成体まで成長し、通常の寿命である1年以上を超えて長生きする。 - 注9)胆管腺
胆囊以外の胆管上皮構造の特徴の一つで、ヒト胆道閉鎖症などの胆囊内壁に異所的に認められる病理学的な特徴である。
問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医解剖学教室
教授 金井克晃(かない よしあきら)
E-mail: ykanai[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
TEL: 03-5841-8179 FAX: 03-5841-5028
E-mail:koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
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