立体選択的なリジン5位水酸化酵素を微生物から発見~医薬品原料の酵素生産へ~
発表のポイント
- 放線菌が生産するアラゾペプチンという天然物の生合成遺伝子群の比較解析から、2つのリジン5位水酸化酵素(Am_AzpK2とPp_AzpK2)を世界に先駆けて発見しました。
- Am_AzpK2とPp_AzpK2が合成する5-ヒドロキシリジンの水酸基の絶対立体配置は逆であることが判明しました。
- Am_AzpK2と進化的に近い酵素がゲノムデータベース上から多数見出され、それらの一部も立体選択的なリジン5位水酸化酵素であることが明らかになりました。
発表概要
5-ヒドロキシリジンは、医薬品前駆体として付加価値の高い化合物ですが、これまでバイオ生産に利用可能な生体酵素は知られていませんでした。本研究では、放線菌 (注1) が生産するアラゾペプチンという天然物の生合成遺伝子群の比較解析から、リジン5位水酸化酵素遺伝子の候補を2つ見出しました。組換えタンパク質を用いた試験管内反応により、Am_AzpK2が(2S,5S)-5-ヒドロキシリジンを、Pp_AzpK2が(2S,5R)-5-ヒドロキシリジンを合成することを明らかにしました。さらに、公共ゲノムデータベース (注2) 上に存在するAm_AzpK2と進化的に近い酵素に関しても代表例を選抜して解析を行い、立体選択的リジン5位水酸化酵素を複数同定しました。今回発見された酵素は、絶対立体選択的な5-ヒドロキシリジンの酵素生産に有用であり、(株) エーピーアイコーポレーション社と共同で特許を出願済みです。
発表内容
微生物のゲノムには多数のタンパク質がコードされており、それらの一部は酵素として有用な化学反応を触媒することが知られています。これらの微生物由来の酵素は、しばしば有機合成によって達成することが困難な化学反応を環境負荷の少ない温和な条件下で触媒することから、化合物生産の観点から注目されており、実際に産業応用されている例も多数あります。なお、微生物ゲノムにコードされる酵素の多くはその機能が未知であり、今後も人類に有益な酵素が多数発見されると期待されています。
水酸基 (-OH基) は、有機化合物の構造中で最も普遍的な官能基の1つです。化合物の親水性や生体親和性を高めることから、水酸基の導入反応は古くから研究されていますが、有機合成化学において、位置選択的・立体選択的な水酸化反応は未だに難しいことが多いです。そのため、特定の化合物に対して、水酸基を位置選択的・立体選択的に導入する酵素を見つけることには大きな意義があります。このよう酵素があれば、付加価値の高い化合物をバイオ生産することが可能になります。
東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命工学専攻の勝山陽平准教授・大西康夫教授のグループは、以前、放線菌が生産するジアゾ基含有トリペプチドであるアラゾペプチン (alazopeptin) の全生合成経路を明らかにしました (参考文献1)。この経路の最初の反応は、新規ファミリーの水酸化酵素であるAzpKによるL-リジンの5位の炭素の水酸化ですが、組換えAzpKタンパク質を用いた試験管内反応では、この酵素反応で再現することはできませんでした。また、AzpKが導入する水酸基の絶対立体配置も未知でした。5-ヒドロキシリジンは医薬品前駆体として有用であるものの、その有機合成は多段階の反応を要することから高価な化合物です。リジンの水酸化反応によって5-ヒドロキシリジンを合成する酵素はAzpK以外にこれまで発見例がありませんでした。また、AzpKを利用した5-ヒドロキシリジンの酵素生産もその機能の理解が不十分であることから実現が難しい状況でした。
そこで、社会実装可能なリジン5位水酸化酵素を微生物のゲノムから見つけ出すことを目指しました。まず、公共ゲノムデータベース上に存在するアラゾペプチンの生合成遺伝子クラスター (注3) (azpクラスター) の比較解析を実施しました。その結果、ほとんどのazpクラスターにはAzpKをコードする遺伝子が存在していましたが、例外として2つの菌株 (Actinosynnema mirum, Pseudomonas psychrotolerans) のゲノムに存在するazpクラスターにはAzpKをコードする遺伝子が存在せず、代わりにα-ケトグルタル酸/Fe2+依存型ジオキシゲナーゼ (注4) をコードする遺伝子が存在しました。α-ケトグルタル酸/Fe2+依存型ジオキシゲナーゼは、これまで多くの研究がなされた酵素ファミリーであり、入手が容易な補因子のみを反応に用いることから、産業応用上有益な酸化酵素ファミリーです。そこで、A. mirumとP. psychrotoleransのazpクラスターに存在するα-ケトグルタル酸/Fe2+依存型ジオキシゲナーゼ遺伝子をそれぞれAm_AzpK2とPp_AzpK2と命名し、これらがAzpKと同様に遊離したl-リジンの水酸化反応によって5-ヒドロキシリジンを合成する酵素であると予想しました。
Am_AzpK2とPp_AzpK2をコードする遺伝子を大腸菌に導入し、組換えタンパク質を生産・精製し、試験管内での機能解析を実施しました。その結果、期待通りAm_AzpK2とPp_AzpK2がリジンの5位の炭素を水酸化することで5-ヒドロキシリジンを合成することが示されました。さらに、京都大学大学院農学研究科・応用生命科学専攻の小川順教授のグループとの共同研究により、Am_AzpK2とPp_AzpK2が合成する5-ヒドロキシリジンの水酸基の絶対立体配置を調べました。その結果、驚くべきことに、それぞれの5-ヒドロキシリジンの水酸基の絶対立体配置が逆であり、Am_AzpK2は(2S,5S)-5-ヒドロキシリジンを合成するのに対して、Pp_AzpK2は(2S,5R)-5-ヒドロキシリジンを合成することが明らかになりました(図1)。

図1:本研究で機能同定した酵素の反応。Am_AzpK2とPp_AzpK2はl-リジンを水酸化し、それぞれ(2S,5S)-5-ヒドロキシリジンと(2S,5R)-5-ヒドロキシリジンを合成します。また、Sg_AzpJ、Ka_AzpJおよびKa_AzpJとAm_AzpJは(2S,5S)-5-ヒドロキシリジンを特異的に酸化し、Pp_AzpJは(2S,5R)-5-ヒドロキシリジンを特異的に酸化することで、5-オキソリジンを合成します。
アラゾペプチン生合成経路において、5-ヒドロキシリジンはAzpJによって5-オキソリジンに酸化されます(図1)。そこで、ゲノム中にazpクラスターを有する4種の菌株 (Streptacidiphilus griseoplanus, Kitasatospora azatica, A. mirum, P. psychrotolerans) のAzpJ酵素の基質特異性を評価しました。その結果、S. griseoplanus由来のSg_AzpJ、K. azatica由来のKa_AzpJおよびA. mirum由来のAm_AzpJは、(2S,5S)-5-ヒドロキシリジンのみを認識して、5-オキソリジンを合成するのに対して、P. psychrotolerans由来のPp_AzpJは、(2S,5R)-5-ヒドロキシリジンのみを認識して、5-オキソリジンを合成することが明らかになりました(図1)。これらの特徴からSg_AzpJとPp_AzpJを用いることで、(2S)-5-ヒドロキシリジンの5位の立体を簡便に判別できることが示されました。また、Sg_AzpJおよびPp_AzpJを用いたリジン5位水酸化酵素の活性評価系を構築することにも成功しました。
さらに、公共ゲノムデータベース上からAm_AzpK2と進化的に近い、α-ケトグルタル酸/Fe2+依存型ジオキシゲナーゼ遺伝子を7種選抜し(図2)、機能解析を行いました。その結果、これらの酵素のうち3種が (2S,5S)-5-ヒドロキシリジンを、4種が (2S,5R)-5-ヒドロキシリジンを合成することが明らかになりました。また、各酵素の反応効率を調べることで、産業応用上有益な酵素の選別も実施しました。

図2:Am_AzpK2およびそのホモログの系統樹解析。本実験で解析した酵素を記しています。青字の酵素は(2S,5S)-5-ヒドロキシリジンを合成し、赤字の酵素は(2S,5R)-5-ヒドロキシリジンを合成します。
このように、本研究では、アラゾペプチンの生合成経路の情報と公開ゲノムデータベースに存在する遺伝子情報を組み合わせることで、立体選択的なリジン5位水酸化酵素を複数発見することに成功しました。特に、(2S,5S)-5-ヒドロキシリジンと(2S,5R)-5-ヒドロキシリジンを立体選択的に合成する酵素と、それぞれを特異的に酸化する酵素を発見したことは重要な成果です。本研究成果を応用することで、医薬品前駆体として付加価値の高い、(2S,5S)-5-ヒドロキシリジン及び(2S,5R)-5-ヒドロキシリジンの酵素生産に繋がると期待されます。
参考文献
- Seiji Kawai, Yuko Sugaya, Ryota Hagihara, Hiroya Tomita, Yohei Katsuyama, and Yasuo Ohnishi, (2021). Complete biosynthetic pathway of alazopeptin, a tripeptide consisting of two molecules of 6-diazo-5-oxo-L-norleucine and one molecule of alanine, Angew. Chem. Int. Ed., 60, 10319-10325.
発表者
東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻
川合 誠司 (日本学術振興会特別研究員 PD)
森賀 嵩太 (農学部 応用生命科学課程 生命化学・工学専修 学部4年)
勝山 陽平 (准教授)
大西 康夫 (教授)
京都大学 大学院農学研究科 応用生命科学専攻
小川 順 (教授)
Nirdnoy Warawadee (博士研究員: 当時)
原 良太郎 (特定准教授)
論文情報
- 雑誌
- Chemistry : A European Journal (2025年2月17日 オンライン公開, e202404790)
- 題名
- Identification of two distinct stereoselective lysine 5-hydroxylases by genome mining based on alazopeptin biosynthetic enzymes
- 著者
- Seiji Kawai, Kota Moriga, Warawadee Nirdnoy, Ryotaro Hara, Jun Ogawa, Yohei Katsuyama, and Yasuo Ohnishi
- DOI
- 10.1002/chem.202404790
- URL
- https://chemistry-europe.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/chem.202404790
研究助成
本研究成果は、東京大学と (株) エーピーアイコーポレーション社が共同出願している特許 (PCT/JP2023/218522) の内容を含んでいます。
用語解説
- 注1)放線菌
主に土壌中に生息する、グラム陽性細菌の一群のことを指す。原核生物としては高度な形態分化を示すほか、ゲノムDNAのGC含量が高いことなどが知られている。また、抗生物質や抗がん剤として用いられている多くの医薬品の生産を担うことから、人類にとって極めて有用な細菌群でもある。 - 注2)公共ゲノムデータベース
多種多様な生物種のゲノム配列やゲノムにコードされているタンパク質の配列情報が登録されているデータベース。近年のゲノムシーケンサー技術の向上により、登録されているデータ量が飛躍的に増加している。 - 注3)生合成遺伝子クラスター
微生物のゲノムにおいて、多くの場合特定の天然物生合成遺伝子が一箇所にまとまって存在することが知られており、このような生合成遺伝子の集まりのことを生合成遺伝子クラスターと呼ぶ。 - 注4)α-ケトグルタル酸/Fe2+依存型ジオキシゲナーゼ
二価鉄を補欠分子族として含み、α-ケトグルタル酸を反応に使用するジオキシゲナーゼ。水酸化反応以外にもハロゲン化、不飽和化、脱メチル化、エポキシ化など多様な反応を触媒する酵素が属する酵素ファミリーである。
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醗酵学研究室
准教授 勝山 陽平
Tel:03-5841-5124
Fax:03-5841-8021
研究室URL:https://www.hakko.bt.a.u-tokyo.ac.jp
E-mail : aykatsuhko[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。