難燃で高強度な透明紙を高効率に製造
発表のポイント
◆木材パルプを変性し、高強度・透明性・難燃性を兼備した、新規な紙材料を開発
◆変性パルプには、高速・省エネな抄紙プロセスが適用可
◆紙の軽量性を維持しつつ、アルミニウム合金や繊維強化プラスチック並みの強度を実現
◆既存の抄紙テクノロジーを応用し、透明紙に耐水性も付与できる
発表概要
木材パルプ由来の紙は、SDGs達成に貢献できるサステナブルマテリアルです。しかし、従来の紙は空隙率が高く、不透明で低強度・易燃性なため、プラスチックを代替できる用途は限定的でした。本研究では、木材パルプを化学的および機械的に変性し、製紙産業で確立している抄紙プロセスに適用しました。その結果、低空隙率で透明な紙を高効率に製造することに成功しました。この透明紙の強度は、アルミニウム合金やガラス繊維強化プラスチック等の軽量構造材に匹敵するものであり、さらに、従来の紙が課題としてきた耐火性についても、パルプの化学変性により解決できることが分かりました。本研究で開発した透明紙は、製造に要する時間と消費エネルギー量を抑えつつ、木材パルプのポテンシャルを最大限に引き出しており、従来の紙が担ってきた包装分野に留まらず、建築や家電等の構造部材としても利用できる性能を実現しています。
本成果は、化学工学分野の学術誌であるChemical Engineering Journal(IF=13.2)に掲載されており、どなたも無料で閲覧いただけます。
発表内容
近年、プラスチックの大量生産・大量消費がもたらす環境問題が深刻化し、バイオマスを活用した材料開発への期待が高まっています。木材パルプを原料とする紙は、その期待に応えるサステナブルマテリアルですが、従来の紙は、空隙率が高く(40~60%)、不透明で低強度・易燃性であるため、プラスチックを代替できる用途は限定的でした。
本研究では、すでに実用化している化学反応と機械処理の組み合わせを工夫すれば、木材パルプの繊維形状を維持したまま、低空隙率(20%以下)の紙を高速製造できることを実証しました(図1)。本研究で採用した化学反応と機械処理は、セルロースナノファイバー(CNF)生産でも利用されるTEMPO酸化と、古典的な叩解プロセスです。まず、TEMPO酸化により、パルプ繊維にカルボキシ基を導入し、水に膨潤しやすく改質した後、叩解により、パルプの細胞壁構造を緩め、繊維同士が高密度に絡み合える状態を作り出しました。この連続工程により、紙の空隙率を17%にまで低減でき、紙を透明化することが出来ました。
図1. 化学的及び機械的に変性した木材パルプからなる透明紙
パルプ由来の透明材料としては、CNFからなる透明シートが知られていますが、この透明シートの製造には、高コストな高圧解砕と、数時間の減圧ろ過の2工程が必須であるのに対し、本研究で開発した木材パルプからなる透明紙は、低コストな叩解と、数分間の自然ろ過のみで製造できる点が強みといえます。
この透明紙は、全光線透過率が約90%、ヘイズ値が約30%であり、CNFの透明シートに匹敵する透明性を有しています。引張強度は約270 MPa、ヤング率が約22 GPaであり、紙の軽量性を維持しつつも、アルミニウム合金(Al合金)やガラス繊維強化プラスチック(GFRP)にも匹敵する優れた力学特性を発現しました(図2)。さらに、この透明紙は、着火後、わすが数秒で自然鎮火する「自己消火性」を有することが判明しました(図3)。木材パルプからなる透明なシート材料として、この機能を発現した事例は世界初です。また、紙材料のもう1つの弱点である耐水性の低さについても、既存の抄紙テクノロジーを応用し、解決することが出来ました。本研究では、製紙産業で汎用なアルミニウムイオン(Al³⁺)と水溶性ポリマー(ポリアミドエピクロロヒドリン)を変性パルプに数%添加し、パルプの細胞壁構造を水中で固めることにより、紙の湿潤時でも約32 MPaの強度を保持させることが出来ました。この強度は、ポリプロピレンやポリエチレン等のプラスチックと同等の値です。なお、この耐水化の処理後も、紙の透明性や自己消火性は損なわれません。
図2. 本研究で開発した透明紙と他材料の強度比較
図3. 透明紙の自己消火性
以上より、本研究で開発した高強度で自己消火する透明紙は、既存の抄紙設備で量産できるサステナブルな材料として、従来の紙が担ってきた包装分野に留まらず、建築や家電等の構造部材としても実用化が大いに期待できます。
本研究は、JST CREST(JPMJCR22L3)及びJST ASPIRE(JPMJAP2310)等の助成を受けて実施いたしました。
発表者
張 昊果(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 博士後期課程)
石岡 瞬(大阪大学 産業科学研究所)
磯部 紀之(国立研究開発法人海洋研究開発機構 海洋機能利用部門)
木元 克典(国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境部門)
岡田 賢(国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門)
後居 洋介(第一工業製薬株式会社 京都中央研究所 コーポレート研究部)
藤澤 秀次(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻)
齋藤 継之(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻)
発表雑誌
・雑誌名:Chemical Engineering Journal
・論文タイトル:Flame-retardant and mechanically strong transparent papers produced via synergistic chemical–mechanical loosening of wood pulp
・著者:Haoguo Zhang, Shun Ishioka, Noriyuki Isobe, Katsunori Kimoto, Satoshi Okada, Yohsuke Goi, Shuji Fujisawa, Tsuguyuki Saito* (*corresponding author)
・URL:https://doi.org/10.1016/j.cej.2025.166482
問い合わせ先
東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
教授 齋藤 継之(さいとう つぐゆき)
研究室URL: https://psl.fp.a.u-tokyo.ac.jp




