発表のポイント

◆最新の森林資源調査や既往文献のデータを用いたメタ解析を通じて、日本のスギ林の林分成長モデル(注1)を新たに構築しました。
◆新たなスギ林成長モデルは従来の収穫表(注2)に基づくモデルに比べて、最大炭素蓄積能力(注3)が1.8倍も高く、比較的高齢まで炭素を蓄え続けられることがわかりました。
◆空間構造を考慮したモデル解析により、スギ林成長パターンは地方や都道府県スケールで地理的に変異していることがわかりました。
◆スギ林の再造林率を高めることで、現在の木材供給を担保しつつ、向こう100年持続的に日本のスギ林炭素蓄積量を750 TgC以上に維持できることがわかりました。2100年でのこの値は、現状の森林管理を仮定した従来の予測の約5倍の蓄積量になります。

発表内容

 森林の成長量や炭素蓄積量を正確に推定することは、温暖化防止につながるカーボンニュートラル社会の実現に向けた重要な課題の一つです。しかし、過去の収穫表データをもとに作られた成長モデルは時代遅れとなっており、特に不確実性の高い高齢林の成長を再現できる新しいモデルが必要とされています。また、広域での地理的条件は生育環境を複雑にするため、地域ごとの森林成長特性を正しく理解することも重要です。これらのことから、幅広い林齢や地理的なばらつきを含む最新のデータセットを用いて正確な成長モデルを構築し、現在から将来までの森林資源を推定することが求められています。
 日本の森林においては、森林資源のみならず木材産業の観点からもスギ林が最も重要な森林タイプであり、その成長パターンが日本の将来の森林資源を大きく左右します。林野庁が管轄する森林生態系多様性基礎調査(NFI: National forest inventory)(注4)は全国規模の広域な森林資源情報を提供します。加えて、私たちは既往文献調査(LS: Literature survey)を通じて、NFIでは不十分なスギ高齢林を含む豊富な森林観測データセットを構築しました。私たちの研究では、NFIデータやLSデータを用いて、正確なスギ林成長モデルを推定し、さらに階層モデル(注5)によりその地理的変異を明らかにすることを目的としました。また、推定したモデルを用いて、複数の森林管理シナリオに基づく、向こう100年間の日本のスギ林炭素蓄積量を予測しました。
 新たな成長モデル(NFI-LSモデル)では、スギ林の最大炭素蓄積能力が247.1 MgC ha-1となり、過去の収穫表に基づくモデル(YTモデル)の値135.5 MgC ha-1に比べ1.8倍も高くなりました(図1)。また、炭素蓄積量が頭打ちになる林齢(最大炭素蓄積能力の95%に達するまでの林齢)は、NFI-LSモデルでは113年であり、YTモデルの86年よりも1.3倍長くなりました。これらの結果は、伐期を迎えているといわれるスギ人工林に対して、炭素固定能を見越して長期管理を行うことの有用性を示しています。
 一方で、スギ林の成長特性は地域によって有意に異なりました(図2)。推定モデルにおける最大炭素蓄積能力は関東地方や太平洋側のスギ林で比較的高く、山陰地方などでは低い傾向にありました。これらの地理的変異は、日本列島独特の生育環境の多様性や地域ごとの人工林施業の違いにも影響を受けていると考えています。日本全域でスギ林の炭素蓄積能力を最大限引き出すためには、地域ごとに異なる林分成長特性に合わせた適切な森林管理が必要になります。
 新しいNFI-LSモデルを用いた私たちの予測によると、日本のスギ林は未だに膨大な炭素資源を蓄える能力があり、2100年までに最大で1000 TgC以上もの炭素を蓄積できる可能性があります(図3)。また、伐採によって現在の木材供給量を保ったままでも、積極的な再造林によりスギ林面積を維持することによって、750 TgCを超える炭素を蓄積しておくことが可能であるとわかりました。
 ますます高齢化していく日本の森林や刻々と変化する気候環境においては、幅広いデータに基づく林分成長モデルの見直しが重要であり、本研究はこれまでの知見を大きく刷新する新たな成長モデルを提示しました。スギ林の木材生産機能に限らず、炭素蓄積能力を最大限活かすための適切な森林管理がカーボンニュートラル社会の実現に向けて求められると考えています。

図1 スギ林における林齢と炭素蓄積量の関係(左図)と森林発達過程の模式図(右図)。(左図)赤点はNFI由来のデータ、青点はLS由来のデータを示す。実線は本研究の新たなモデル(NFI-LSモデル)、破線は旧来のモデル(YTモデル)である。実線における影は95%信用区間を示す。(右図)発達過程における各段階の林齢は各成長モデルに基づいて計算した。成長初期から成長速度が最大になる林齢までを幼齢林、定期平均成長量(注6)が最大になるまでを若齢林、最大蓄積量の95%に達するまでを成熟林とした。

図2 スギ林の地理分布と都道府県ごとの最大炭素蓄積能力の地理変異。推定値は各都道府県における最大炭素蓄積能力パラメーターの中央値を示しており、都道府県ごとに同じ色で示している。

図3 日本のスギ林における炭素蓄積量の将来予測。計算はYTモデル(Cases 1.0, 1.1, 1.2)およびNFI-LSモデル(Cases 2.0, 2.1, 2.2)に基づいて行った。破線、実線、点線はそれぞれ、伐採造林なし(Cases 1.0, 2.0)、現在の伐採量28.26 Mm-3 yr-1と現在の再造林率36.8%(Cases 1.1, 2.1)、および現在の伐採量28.26 Mm-3 yr-1と再造林率100%(Cases 1.2, 2.2)を仮定した予測を示している。影は95%信用区間を示す。


〈関連のプレスリリース〉
・「日本の森林の炭素貯留能力は本当はムチャクチャすごかった!」(2020/06/05)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20200605-2.html

・「森林は、たくさん伐ってたくさん植えたら、たくさん炭素を蓄える」(2024/04/22)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20240422-1.html


発表者

東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林
仲畑了 助教

東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻
熊谷朝臣 教授

静岡大学農学部
江草智弘 助教

発表雑誌

雑誌: Journal of Environmental Management
題名: Current and future carbon stocks of a dominant forest plantation species, Cryptomeria japonica, throughout Japan
著者: Ryo Nakahata*, Tomohiro Egusa, and Tomo’omi Kumagai *責任著者
DOI: https://doi.org/10.1016/j.jenvman.2025.126981

研究助成

本研究は、科研費「学術変革領域研究(A) (課題番号: 21H05316)」および「特別研究員奨励費 (課題番号: 23KJ0321)」の支援により実施されました。

用語解説

注1 成長モデル
 ここでは、森林の林齢と面積当たり炭素蓄積量(樹木現存量由来)の関係を表すモデル。
注2 収穫表
 ある森林の区画において、樹種・土地の良し悪し(地位)から、木の本数、樹高、胸高直径、幹の材積等が森林の林齢に対してどのように推移していくかを示した表。
注3 最大炭素蓄積能力
 成長モデルにおける炭素蓄積量の最大漸近値パラメーター。ある森林が単位面積あたりに蓄積可能な炭素の最大値を示す。
注4 森林生態系多様性基礎調査
 日本全域で4 km間隔の格子点を考え、その交点が森林に位置する場合、そこを現地調査対象地とする標本調査。5年間隔で調査が行われており、各調査期で約1万5千点の調査点を持つ。調査項目は多岐に渡るが、最重要項目は材積推定のための毎木調査である。
注5 階層モデル
 パラメーター等を複数のレベルや段階に分けて構成するモデル。
注6 定期平均成長量
 森林における一定期間の成長量を、その期間の年数で割って求めた成長量。ここでは、林齢初期からある林齢までの平均成長量として扱っている。この値が高いほど、より効率よく森林が炭素を蓄積していることを示す。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林
 森林圏生物機能生態学研究室 助教 仲畑 了(なかはた りょう) 
 Tel: 03-5841-5497
 E-mail: ryo.nkht<アット>gmail.com<アット>を@に変えてください。

東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻
 森林生物地球科学研究室 教授 熊谷 朝臣(くまがい ともおみ) 
 Tel: 03-5841-8226
 E-mail: tomoomikumagai<アット>gmail.com<アット>を@に変えてください。

関連教員

熊谷 朝
仲畑 了