発表のポイント

◆本研究では、「持続可能な漁業に取り組む生産者の顔写真」(以下、「生産者の顔写真」)を含むラベルが、MSC認証水産物への消費者の支払意思額(WTP)と官能評価に与える影響を実験的に検証しました。その結果、表示することで日本人の参加者ではWTPが上昇した一方で、非日本人の参加者では有意な効果は確認されませんでした。このことから、生産者の顔写真がWTPにもたらす効果は、日本の消費者に特有である可能性が示されました。
◆従来の研究がMSC認証ラベルや認証制度に関する知識の有無に着目してきたのに対し、本研究は、生産者の顔写真を含むラベルに注目し、それが認証水産物の支払意思額や官能評価にどの程度影響を与えるかを初めて実証的に示しました。また、その効果が参加者の出身国によってどのように異なるかを検証した点にも新規性があります。
◆本研究は、持続可能な漁業に取り組む生産者が、生産者の顔写真や認証ラベルといった情報提供を通じて自らの水産物の付加価値をどのように高められるのかについて重要な知見をもたらしています。また、そういった情報の受け取り方が消費者の出身国によって異なる可能性も示しており、対象国ごとに適した戦略を検討する必要性を示しています。

実験で参加者に表示したマグロ赤身の刺身パックのセット

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科修士2年の魚谷和史と同研究科の阪井裕太郎准教授らによる研究グループは、生産者の顔写真を含んだラベルが消費者の水産物への評価や購買意欲に与える影響を明らかにしました。
 本研究では、築地市場の魚河岸スタジオで203名の参加者を対象に、MSC認証(注1)を取得しているマグロ刺身に対する支払意思額(注2)と官能評価(注3)を測定する試食実験を行ないました。その結果、日本人の参加者では、生産者の顔写真を含むラベルが支払意思額を有意に向上させる効果を持つということを実証しました。従来の研究がMSC認証ラベルや認証制度に関する知識の有無に焦点を当てていたのに対し、本研究では生産者の顔写真を含むラベルが消費者の価値評価に与える影響を定量的に検証した点で新規性があります。これらの知見は、日本における持続可能な漁業で獲られた水産物の価値向上に役立つことが期待されます。

1:官能評価実験の様子

発表内容

これまでの先行研究では日本におけるMSC認証水産物の消費者評価に主に焦点が当てられてきました。しかし日本では、欧米に比べてMSC認証の消費者評価がそれほど高くなく、日本における持続可能な漁業で獲られた水産物が十分に評価をされていない課題がありました。
 そこで本研究チームは、国内の農産物で広く用いられている「生産者の顔」に着想を得て、世界で初めて、水産物市場における「生産者の顔」が消費者評価に与える影響を検証しました。
 研究ではまず、築地市場の魚河岸スタジオにおいて、203名を対象に試食を含んだ支払意思額と官能評価の調査を実施しました。提供するマグロ刺身自体は全て同一とし、ラベルが一切ないコントロールと、生産者の顔写真を含むラベルやMSC認証ラベルなどを組み合わせた複数パターンのパックのセットを提示しました。それぞれについて、参加者には支払意思額と官能評価を回答してもらい、得られたデータに対して個人固定効果を含む回帰分析を行いました。
 その結果、日本人の参加者においては、生産者の顔写真を含むラベルが付いたパックに対する支払意思額が、コントロールに比べ有意に高くなることが分かりました。一方で、官能評価にはほとんど影響を与えず、むしろMSC認証ラベルが味や総合的な評価を高める傾向が見られました。
 さらに、こうした効果は日本人と非日本人の参加者の間で大きく異なりました。日本人は生産者の顔写真を高く評価する一方で、非日本人は生産者の顔写真にはほとんど反応せず、MSC認証ラベルの有無をより重視していることが確認されました。
 これらの結果は、生産者の顔写真を用いた「顔が見える」情報提供が、日本の消費者に対して持続可能な漁業で獲られた水産物の価値を伝える一つの有効な手段となりうることを示しています。また、顔写真や認証ラベルの受け止め方が国や文化によって大きく異なることから、対象国ごとにどのような情報を前面に出すべきかを検討する際の基礎的な資料となります。こうした知見は、持続可能な水産物の普及に向けた表示政策やマーケティング戦略、さらには行動経済学・食品マーケティング研究の発展にも貢献することが期待されます。

2:試食実験の運営した研究室メンバー

〇関連情報:
国際水産開発学研究室では水産学と経済学の力をかけあわせて持続可能な水産業を実現するべく、このような研究を数多く進めています。
研究室の目標にご賛同いただける方はこちらからご支援をいただけますと幸いです。
国際水産研究教育基金

発表者・研究者等情報

東京大学大学院農学生命科学研究科
 魚谷 和史  修士課程学生
 八木 信行  教授
 阪井 裕太郎 准教授

論文情報

雑誌名:Fisheries Science
題 名:The effect of a producer’s photo on the value of MSC-certified seafood
著者名:Kazushi Uotani, Nobuyuki Yagi & Yutaro Sakai
DOI: 10.1007/s12562-025-01937-8
URL: https://doi.org/10.1007/s12562-025-01937-8

研究助成

本研究は、科研費「水産業における商品価値の研究(課題番号:21H04738)」、ジャパンシーフードトレーディング株式会社の支援により実施されました。

用語解説

(注1)MSC認証
海洋管理協議会(Marine Stewardship Council; MSC)が運営する、水産資源や海洋環境に配慮した「持続可能な漁業」を対象とした国際的な認証制度。基準を満たした漁業で獲られ、流通経路が管理された水産物には、青い魚のマークの「MSC認証ラベル」が付与される。

(注2)支払意思額(Willingness To Pay; WTP)
ある商品やサービスに対して、消費者が「この金額までなら支払って購入してもよい」と考える最大の金額。消費者がどの程度その商品に価値を感じているかを表す指標として、経済学やマーケティングの研究で広く用いられる。

(注3)官能評価
味・香り・食感・見た目などについて、人が五感を使って評価する方法。複数の項目に対して「とても良い〜良くない」などの段階を設け、複数の評価者に採点してもらうことで、食品の品質を数値として比較できる。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
修士 魚谷 和史(うおたに かずし)
Tel:03-5841-5018 E-mail:uosan0330@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授 阪井 裕太郎(さかい ゆうたろう)
Tel:03-5841-7500  E-mail:a-sakai@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

関連教員

八木 信行
阪井 裕太郎