発表のポイント

◆ナトリウムイオン(Na⁺)は植物にとって毒性が高く、体外への排出が塩耐性の鍵となります。 本研究では植物のNa⁺排出部位に関する新たな知見を得ました。
◆従来は「Na⁺は主に根端(注1)から排出される」と考えられてきましたが、本研究はこの定説を覆し、Na⁺排出の大部分が根の大半の領域を占める根成熟領域(注2)”で行われることを実証しました。特に葉に蓄積したNa⁺は再び根へ送り返され、そのほぼ全量(約95%)が根成熟領域から効率的に排出されることを明らかにしました。
◆本成果は、植物の塩耐性メカニズムの理解を大きく前進させ、将来的に海水環境や塩類集積土壌でも育つ耐塩性作物の開発に貢献すると期待されます。

研究の概要図

概要

 植物が塩ストレスに耐えるためには、体内に入ったNa⁺をどこで、どれだけ排出できるかが極めて重要です。Na⁺排出を担う主要輸送体である SALT OVERLY SENSITIVE 1(SOS1)は根端と根成熟領域の双方で働くとされてきましたが、どちらがどの程度寄与するのかは明確でなく、「Na⁺排出は根端で起こる」という見解が半ば定説となっていました。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の田野井慶太朗教授らのチームは、放射性トレーサー法と微小電極イオンフラックス測定法を組み合わせ、Na⁺排出の可視化と定量を世界で初めて同時に実施しました。その結果、根成熟領域こそが植物の主要なNa⁺排出部位であることを明確に示しました。
 特に、葉に含まれるNa⁺は植物体内を移動して再び根に戻され、戻されたNa⁺のが根から排出されていること、根成熟領域が主要なNa⁺排出部位であることを突き止めました。この知見は、塩害克服に向けた作物育種の基盤として大きな価値をもちます。

発表内容

SOS1は根からNa⁺を排出する主要輸送体
SALT OVERLY SENSITIVE 1(SOS1)はナトリウム(Na⁺)/プロトン(H⁺)対向輸送体(注3)であり、植物が過剰Na⁺を細胞外へ排出するための中心的輸送体です。しかし、SOS1が根端と根成熟領域のどちらでどの程度働くのかは長年不明でした。

リアルタイム放射線イメージングにより、葉→根→根外のNa⁺排出を追跡
葉に放を投与し経時的に観察したところ、
・野生型(WT)では²²Na⁺が時間とともに根から消失
sos1変異体では消失せず、排出が起こらない
ことが確認されました(1)。

1:リアルタイムアイソトープイメージングによるNa+排出の可視化と定量

葉面に放射性同位体²²Na⁺を添加したところ、sos1変異体ではNa⁺が根に蓄積され続けたのに対し、野生型植物(WT)ではほとんどのNa⁺が根から排出されました。Scale bar= 20 mm

微小電極イオンフラックス測定により、排出位置を特定
Na⁺の排出位置を特定するため、Microelectrode Ion Flux Estimation(MIFE)により葉にNa⁺を添加後に根表面のNa⁺流束を測定した結果、
・根成熟領域ではWTで顕著なNa⁺排出が発生
・根端では排出が検出されない
sos1変異体ではどちらの部位でも排出がゼロ
という差異が得られました(2)。

2:微小電極イオンフラックス測定によるNa+排出の経時的測定

葉面にNa+を添加した後にMicroelectrode Ion Flux Estimation(微小電極イオンフラックス測定)を用いてNa⁺排出を測定したところ、野生型植物(WT)の根成熟領域(Mature root zone)Na⁺排出が検出されました。これに対して野生型植物(WT)の根端(Root apex)、およびsos1変異体の根成熟領域と根端ではNa⁺排出が検出されませんでした。

9095%Na⁺が根から排出されることを定量的に証明
さらに放射性同位体²²Na⁺を用いて定量解析を行ったところ、篩管(phloem)および道管(xylem)のいずれを経由して根に到達したNa⁺であっても、
WTはその約9095%を根から排出
・その大部分が根成熟領域からSOS1依存的に排出
であることが明らかになりました (3)

3:エア・ギャップ・ゲルシステムを用いたNa+排出の定量

葉面に放射性同位体²²Na⁺を添加したところ、野生型植物(WT)ではほとんどの²²Na⁺が根から排出されました。一方、sos1変異体ではほとんどの²²Na⁺が根に蓄積しました。WTにおけるNa⁺排出の寄与度は、根端部よりも根成熟領域の方が高く、この寄与度は強い塩ストレス下(52 mM Na+)でさらに増大しました。

以上のように本研究は、SOS1が根成熟領域においてNa⁺排出に極めて重要な役割を果たしていることを、放射性同位体を用いた可視化解析と定量解析の両面から明確にしたものです。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院農学生命科学研究科
  永田 知輝 博士課程/日本学術振興会特別研究員
  小倉 尚晃 研究当時:博士課程/日本学術振興会特別研究員
  名兒耶 美緒 研究当時:修士課程
  小林 奈通子 准教授
  中西 友子 東京大学名誉教授
  田野井 慶太朗 教授 兼 福島国際研究教育機構 植物イメージング研究ユニットサブリーダー

名古屋大学
 アイソトープ総合センター
  杉田 亮平 准教授
   研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 助教

タスマニア大学
 Muhammad B. Gill 研究当時:研究員

西オーストラリア大学
 Lana Shabala 准教授 兼 佛山大学客員教授

研究当時:タスマニア大学 准教授
 Sergey Shabala 教授 兼 佛山大学客員教授
  研究当時:タスマニア大学 教授

論文情報

雑誌名:Plant, Cell & Environment
題 名:SALT OVERLY SENSITIVE 1 Na+/H+ exchanger operates in mature root zone and is a major contributor to root Na+ exclusion during shoot-to-root Na+ recirculation
著者名:Tomoki Nagata, Ryohei Sugita, Takaaki Ogura, Mio Nagoya, Natsuko I. Kobayashi, Muhammad B. Gill, Lana Shabala, Tomoko M. Nakanishi, Sergey Shabala,and Keitaro Tanoi* (*責任著者)
URL/DOI: https://doi.org/10.1111/pce.70317

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費 特別研究員奨励費 永田知輝 (課題番号: 24KJ0899)、基盤研究(C) 杉田亮平 (課題番号: 20K06317)、特別研究員奨励費 小倉尚晃(課題番号:19J22719)、基盤研究(A) 中西友子 (課題番号: 20H00437)、国際共同研究強化(B) 田野井慶太朗 (課題番号: 19KK0148)、基盤研究(B) 田野井慶太朗 (課題番号: 20H02885)、および基盤研究(A) 田野井慶太朗 (課題番号: 24H00499)の助成を受けたものです。また、本研究は、福島国際研究教育機構(F-REI)の委託研究費(課題番号: JPFR25040101)により実施しました。

用語解説

(注1) 根端:根の最先端に位置する小さな領域であり、主に細胞分裂と初期伸長が行われる。
(注2) 根成熟領域:根端以外の根の大部分の領域。
(注3)Na⁺/H⁺対向輸送体:Na⁺H⁺を反対方向に輸送するタンパク質。SOS1の場合はNa⁺を細胞外に排出する際に、H⁺を細胞内へと取り込む。

問合せ先

<研究内容について>
東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アイソトープ農学教育研究施設
教授 田野井 慶太朗(たのい けいたろう)
E-mail:uktanoi@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

<機関窓口>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム広報情報担当
TEL:03-5841-5484
  FAX:03-5841-5028
E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

関連教員

小林 奈通子
田野井 慶太朗