骨格筋における新たなカルシウムイオン制御因子MCAREの発見
──速筋の機能を支える新たな分子メカニズム──
発表のポイント
◆速筋に高発現する新たなカルシウムイオン制御因子MCAREを同定しました。
◆MCAREは正常な筋収縮・弛緩サイクルに不可欠であり、さらにMCARE欠損マウスでは筋萎縮や筋力低下、波打つような自発的な筋収縮や、筋細胞の脆弱化が認められました。
◆骨格筋疾患やサルコペニア研究に資する分子基盤を提示し、予防・治療応用への展開が期待されます。
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の佐々木崇 特任講師、佐藤隆一郎 特任教授らの研究グループは、骨格筋の中でも特に速筋に高発現する新たなカルシウムイオン(注1)制御因子を同定し、これをmuscle-enriched Ca2+ regulator (MCARE)と名付けました。MCAREは筋小胞体膜上に局在し、カルシウムイオンを細胞質から筋小胞体へ輸送するポンプであるSERCA1に直接結合してその活性を高めることを明らかにしました。さらに、MCAREを欠損させたマウスでは、筋萎縮や筋力低下、筋肉の波打つような自発的収縮といった異常が観察され、さらにMCAREの欠如が筋細胞の脆弱化を招くことが分かりました。これらの結果は、MCAREが骨格筋機能の維持に重要な分子であることを示しており、骨格筋疾患やサルコペニア研究への展開が期待されます。
本研究成果は、2025年12月10日付で学術雑誌「Nature Communications」にオンライン公開されました。
発表内容
骨格筋細胞に存在する筋小胞体(sarcoplasmic reticulum, SR)は、カルシウムイオンの貯蔵と放出を担う袋状の器官です。神経刺激に応じてSRから細胞質へとカルシウムイオンが放出されると筋肉の収縮が引き起こされ、その後SR膜上に存在するsarco/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase (SERCA)がカルシウムイオンを再びSR内に取り込むことにより筋肉は弛緩します。SERCA活性の低下は筋疲労や加齢性筋萎縮(サルコペニア)、さらには筋ジストロフィーなどの病態とも関連することが知られており、その制御機構の解明は筋生理学における重要課題の一つとされてきました。
本研究グループが同定したMCAREは、TMEM233遺伝子にコードされる小型の膜貫通タンパク質であり、脊椎動物間で広く保存されています。MCAREはヒト、マウス、アフリカツメガエルなど多様な脊椎動物の骨格筋に優占的に高発現し、特に瞬発力に優れる速筋で著しい発現が認められました。また、MCAREは骨格筋細胞においてSRに局在することが確認されています(図1)。
図1. MCAREの細胞内局在
蛍光標識したMCAREおよびSERCA1をマウス骨格筋に発現し、共焦点顕微鏡により観察。
MCAREは筋小胞体に局在し、筋小胞体膜タンパク質として知られるSERCA1と共局在する。スケールバーは5 μm。
速筋において細胞質からSR内腔へのカルシウムイオン再取り込みを担うカルシウムイオンポンプSERCA1は、Myoregulinと呼ばれるペプチドとの結合によって活性が抑制されます。本研究では、MCAREがSERCA1と結合することにより、MyoregulinとSERCA1との結合を競合的に阻害することで、SERCA1のカルシウムイオンポンプ活性を相対的に高めることを明らかにしました(図2)。これにより、細胞内カルシウムイオンのクリアランスが促進され、筋弛緩速度が向上することが示されました。
図2. MCAREによるSERCA1の活性化機構
MCAREとMyoregulinは、それぞれSERCA1の同一部位に結合する(左図)。
MCAREはSERCA1とMyoregulinとの相互作用を競合的に阻害することによって、SERCA1の活性を相対的に活性化する(右図)。
さらに、遺伝的にMcareを欠損する遺伝子改変マウスを作製したところ、進行性の筋萎縮や筋力低下が認められました。Mcare欠損マウスでは、カルシウムイオン恒常性の破綻により筋細胞が脆弱化し、日常的な動作や運動により筋細胞にダメージが蓄積することで、筋萎縮とそれに伴う筋力低下が引き起こされたと考えられます。また、Mcare欠損マウスの骨格筋では、皮膚の剥離刺激に応答して波打つような自発的筋収縮が認められました。この現象はRippling muscle disease(注2)と呼ばれるヒトの筋疾患でみられる症状と類似していました(図3)。
以上の結果から、MCAREは速筋における新規カルシウムイオン制御因子であり、正常な骨格筋機能の維持に不可欠であることが示されました。
骨格筋におけるカルシウムイオン動態の異常は、筋ジストロフィーをはじめとする種々の筋疾患やサルコペニアの病態形成に深く関与しています。本研究で同定したMCAREは、骨格筋カルシウムイオン制御ネットワークの新たな要素として、これらの疾患の発症に関与する可能性が示されました。今後、MCAREの機能調節メカニズムや生理的役割の詳細を明らかにすることで、筋疾患や加齢性筋機能低下に対する新たな予防・治療戦略の構築に繋がることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院農学生命科学研究科
佐々木 崇 特任講師
高瀬 飛天 博士研究員
高橋 裕 助教
山内 祥生 教授
佐藤 隆一郎 特任教授
大学院医学系研究科
古戎 道典 助教(研究当時)
饗場 篤 教授
論文情報
雑誌名: Nature Communications
題 名: MCARE enhances SERCA1 activity in fast-twitch muscle to maintain calcium handling and muscle integrity
著者名: Takashi Sasaki*, Hayataka Takase, Michinori Koebis, Atsu Aiba, Yu Takahashi, Yoshio Yamauchi, Ryuichiro Sato* (*:責任著者)
DOI: 10.1038/s41467-025-67358-4
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-025-67358-4
研究助成
本研究は、ロッテ重光学術賞(ロッテ財団)、科研費「JP19K15786, JP20H00408, JP23K05089」の支援により実施されました。
補足説明
注1 カルシウムイオン
生体内ではカルシウムは主にイオンとして存在し、細胞内外の濃度変化を介してさまざまな生理機能を制御している。骨格筋では、筋小胞体を介したカルシウムイオンの放出と再取り込みが、筋収縮・弛緩サイクルを形成する。
注2 Rippling muscle disease
筋肉を軽く叩いたり皮膚をこすったりした際に、波打つような自発的筋収縮が起こることを特徴とする稀な遺伝性筋疾患。CAV3(caveolin-3)遺伝子の変異が主な原因とされる。
問合わせ先
〈研究内容について〉
東京大学大学院農学生命科学研究科
特任講師 佐々木 崇(ささき たかし)
E-mail:atsasaki[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
特任教授 佐藤 隆一郎(さとう りゅういちろう)
E-mail:roysato[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
〈機関窓口〉
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
Tel: 03-5841-8179, 5484 FAX: 03-5841-5028
E-mail:koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。




