発表のポイント

◆セルロースナノファイバー(CNF)表面の化学構造を原子レベルで解明しました。
◆CNFの内部に存在する結晶性/非結晶性部位を定量的に評価することにも成功しました。
◆バイオマス由来であるセルロースの材料利用は、低炭素社会の構築に不可欠です。本研究の知見を活かし、CNFの構造と機能の相関を明らかにすることで、セルロースの利用用途をさらに拡大することが可能となります。

発表概要

 生物材料科学専攻の八木田兼仁博士(研究当時 博士課程学生)、嵜山明音さん(博士課程学生)、富田有香さん(修士課程学生)、藤澤秀次准教授、齋藤継之教授らの研究グループは、フランス原子力・代替エネルギー庁のGaël De Paëpe博士らとの国際共同研究により、CNFの構造を原子レベルで解明しました。動的核偏極核磁気共鳴法(DNP-NMR)(注1)と計算機シミュレーションを組み合わせることで、従来は解析が困難であった CNF 表面および内部の構造を明らかにしました。
 本研究成果は、米国化学会が発行するJournal of the American Chemical Societyに掲載されており、どなたでも無料で閲覧することができます。

発表内容

 木質バイオマス由来のCNFは、低炭素社会の実現に貢献する材料として注目されています。CNFは高強度・軽量性・透明性といった優れた特性を有し、構造材料、光学材料、包装材、電子材料などへの利用が期待されています。一方で、その材料特性はナノスケールでの化学構造や結晶性に強く依存しており、原子レベルでの構造理解が重要です。CNFの化学構造の解析には、固体 13C-核磁気共鳴(NMR)法が有効ですが、一般的に感度が低く、表面や内部の局所構造を詳細に捉えることが困難であるという課題があります。

 本研究では、感度を飛躍的に向上させたDNP-NMR法に加え、計算機シミュレーションを組み合わせることで、CNF表面および内部の構造を原子レベルで明らかにしました。その結果、CNF表面において、官能基は位置選択的に導入されており、その立体配座は結晶表面に依存して異なることが分かりました。また、CNF内部に存在する結晶部位と非結晶部位の割合を定量的に評価し、その空間分布を示しました。

図 DNP-NMRを用いてリン酸エステル化CNFの表面化学構造を解明

(左)リン酸エステル化CNFの原子間力顕微鏡像. nm (ナノメートル):ミリメートルの1,000,000分の1.(右)本研究で明らかになった表面の化学構造. 緑および赤色の原子が表面に導入されたリン酸エステル基.

 今回得られた知見を活かすことで、CNFの構造と物性との関係を分子・原子レベルで理解することが可能となり、CNF系材料の力学特性、光学特性、熱物性などの理解およびさらなる高性能化が期待されます。これにより、バイオマス資源の高度利用を通じて、持続可能で豊かな社会の実現に貢献する新材料の開発が期待されます。
 また、本研究の計算科学的な解析には東京大学物性研究所スーパーコンピュータセンターの計算機資源を利用しました。

発表者

八木田 兼仁(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 博士課程 / フランス原子力・代替エネルギー庁:研究当時)
Subhradip Paul(フランス原子力・代替エネルギー庁)
Wassilios Papawassiliou(フランス原子力・代替エネルギー庁:研究当時)
嵜山 明音(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 博士課程)
富田 有香(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 修士課程)
齋藤 継之(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 教授)
Sabine Hediger(フランス原子力・代替エネルギー庁)
*Gaël De Paëpe(フランス原子力・代替エネルギー庁 Group Leader)
*藤澤 秀次(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 准教授)

発表雑誌

雑誌名: Journal of American Chemical Society
題名: Atomic structure of phosphorylated nanocellulose revealed by dynamic nuclear polarization-enhanced solid-state NMR
著者名: Tomohito Yagita, Subhradip Paul, Wassilios Papawassiliou, Akane Sakiyama, Yuka Tomita, Tsuguyuki Saito, Sabine Hediger, Gaël De Paëpe,* and Shuji Fujisawa*
論文URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.5c17152

研究助成

本研究は、日本学術振興会特別研究員奨励費 (22J21868, T.Y.)、科研費 (23K26963, 23H02270, S.F.; 21H04733, T.S.)JST CREST (JPMJCR22L3, T.S., S.F.)JST ASPIRE (JPMJAP2310, T.S.)、東京大学大学院農学生命科学研究科国際交流プログラムおよびWorld-leading Innovative Graduate Study Program (T.Y.)、フランス国立研究機構 (ANR) "France 2030"プログラムANR-17-EURE-0003 (LabEx Arcane)"Investissements d'Avenir"プログラムANR-15-IDEX-02 (CDP Glyco@Alps)European Research Council Grant ERC-CoG-2015 No. 682895 (G.D.P.)、およびフランス国立研究機構 (ANR) "Recherches Technologiques de Base"プログラムとAuvergne-Rhône-Alpes地域圏FEDERプログラム (Platform for Nanocharacterisation) の支援を受けて実施されました。

用語解説

(注1) 動的核偏極磁気共鳴法
 磁気共鳴法は、原子の性質を磁石の力を使って調べる方法です。物質に強い磁場をかけると、原子の核がわずかに反応します。この反応を読み取ることで、分子がどのようにつながり、どんな構造をしているかを調べることができます。非破壊で材料の内部構造を調べられるため、化学や材料科学、医療分野などで広く使われています。
 動的核偏極磁気共鳴法は、磁気共鳴法の弱点である、信号が弱いという問題を克服した最先端の測定技術です。この方法では、電子がもつ非常に強い磁気の性質(電子スピン)を利用し、その情報を原子核に移すことで、磁気共鳴信号を数十倍から数百倍に増幅します。その結果、これまで測定が難しかった材料の表面や、量が少ない部分、分子レベルの細かな違いまで詳しく調べることが可能です。本研究ではこの技術を用いることで、セルロースナノファイバーの構造を原子レベルで直接観測することに成功しました。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻
准教授 藤澤 秀次(ふじさわ しゅうじ)
E-mail: afujisawa<
アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>@に変えてください。
研究室URL: https://psl.fp.a.u-tokyo.ac.jp

関連教員

藤澤 秀次
齋藤 継之