発表のポイント

◆植物工場は天候に左右されず安定した作物生産を可能にする一方で、電力コストや採算性が大きな課題となっており、「収量」と「品質」を同時に向上させる光環境設計が重要なテーマとなっています。
◆本研究では、サニーレタスの栽培において、生育前半に遠赤色光を追加で照射し、収穫前に遠赤色光を外すという光環境の切り替えによって、収量を増加させながら、アントシアニンなどの機能性成分を高い水準で維持できることを明らかにしました。
◆本成果は、遠赤色光を「常時用いる光」ではなく、「生育段階に応じて使い分ける光」として位置づける新たな光レシピの考え方を示すものであり、今後は作物種や品種、栽培密度に応じた最適な遠赤色光制御法の確立を通じて、植物工場における省エネルギーかつ高付加価値な作物生産への応用が期待されます。

遠赤色光の使い分けによって植物工場レタスの収量と品質を両立する新レシピ

概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の矢守航准教授らの研究グループは、植物工場における光環境設計によって、「収量」と「品質」を同時に高める実用的な栽培方法を提案しました。植物工場は天候に左右されない安定生産を可能にする一方、人工光に依存するため電力コストや採算性が課題であり、限られた光エネルギーの最適配分が重要となっています。
 近年、遠赤色光(Far-Red light: FR)は葉の拡大やキャノピー形成を促進する光として注目されていますが、葉が赤紫色を帯びたリーフレタス(サニーレタス)では、遠赤色光の連続使用により、アントシアニンなどの機能性成分の濃度が低下する可能性が指摘されてきました。そこで本研究では、商用植物工場の条件下でサニーレタスを栽培し、遠赤色光の付加時期を切り替える条件を比較しました。
 その結果、生育前半にのみ遠赤色光を用い、収穫前に遠赤色光を外すという光環境の切り替えによって、最終的な収量を増加させながら、アントシアニン蓄積および関連遺伝子発現を高い水準で維持できることが明らかになりました。本成果は、遠赤色光を「常時用いる光」ではなく、「生育段階に応じて使い分ける光」として活用する有効性を示しています。
 本研究は、複雑な照明制御や大規模な設備更新を必要とせず、光レシピの工夫によって収量と品質の両立を図れる可能性を示すものであり、今後、植物工場における省エネルギーかつ高付加価値な作物生産への展開が期待されます。

発表内容

植物工場における光環境設計の重要性
 植物工場は、天候や季節に左右されず安定した作物生産を可能にする一方で、人工光に大きく依存するため、電力コストや採算性が大きな課題となっています。そのため、単に光量を増やすのではなく、限られた光エネルギーを「いつ・どの波長で・どの目的に使うか」という光環境設計が、生産性と品質を左右する重要な要素となっています。

遠赤色光に注目した背景
 近年、遠赤色光は、葉の拡大やキャノピー形成を促進し、植物全体の光獲得量を高めることで収量向上に寄与する光として注目されてきました。一方で、サニーレタスでは、生育期間を通して遠赤色光を連続的に用いると、アントシアニンなどの機能性成分の濃度が低下し、見た目や品質評価に影響を及ぼす可能性が指摘されており、収量と品質のトレードオフをどのように制御するかが課題でした。

植物工場条件下での検証
 本研究では、植物工場の実運用に近い条件下で、サニーレタス(Lactuca sativa ‘Red Fire’)を用いた栽培試験を行いました。16時間明期/8時間暗期の条件下で、白色LEDを一定に照射しつつ、遠赤色LEDの補光時期を切り替える4つの光処理条件を設定しました(図1A)。実験①は白色光のみの対照区、実験②は生育後半に遠赤色光を付加する条件、実験③は生育前半に遠赤色光を付加した後に白色光のみに切り替える条件、実験④は遠赤色光を生育期間を通して連続的に付加する条件としました。各条件の光スペクトルは図1BCに示しています。

生育初期の遠赤色光がキャノピー拡大を通じて収量を押し上げる
 生育初期に遠赤色光を補光した処理(実験③、④)では、白色光のみの条件と比べて葉の展開が促進され、キャノピーがより大きく発達しました(図2)。とくに、遠赤色光を生育期間を通して連続的に付加した条件(実験④)では、キャノピー上面積および側面積が顕著に増加し、植物体がより多くの光を受け取れる構造へと変化しました(図3AB)。
 このようなキャノピー構造の拡大は、生育前半に遠赤色光を補光した条件(実験③)においても確認され、最終的な新鮮重や葉面積の有意な増加につながりました(図3CD)。これらの結果は、遠赤色光が生育初期の形態形成を通じて光獲得効率を高め、その効果が生育後半まで持続することで、最終的な収量増加として現れることを示しています。

遠赤色光は光合成速度を調節する補助的な光として機能する
 播種後4週目に光合成特性を評価した結果、測定時に遠赤色光を補光すると、白色光のみで測定した場合に比べて光合成速度が高まることが分かりました(図4A)。一方、気孔コンダクタンスには処理間で有意な差は認められなかったため(図4B)、遠赤色光による光合成促進は、気孔開度の変化ではなく、葉内の光エネルギー利用や光合成反応過程の変化に起因すると考えられます。また、遠赤色光は白色光(400–700 nm)に比べて葉による吸収率が低く、光合成への直接的な寄与は限定的であることが示されました。これらの結果から、遠赤色光は光合成を直接強く駆動する光というよりも、白色光と組み合わせることで光合成特性を調節し、生育を支える役割を担う光であることが示唆されました。

収穫前に遠赤色光を外すことで機能性成分の低下を防ぐ
 
一方で、遠赤色光を収穫直前まで継続した条件(実験②、④)では、アントシアニンやアスコルビン酸などの機能性成分の含量が減少する傾向が見られました(図5CD)。これに対し、生育前半に遠赤色光を用いた後、収穫前に遠赤色光を外して白色光のみに切り替えた条件(実験③)では、最終的な収量を維持しながら、アントシアニン含量および関連遺伝子の発現を高い水準で保つことができました(図5C、図6A)。
 この結果は、遠赤色光が「常時用いる光」ではなく、「生育段階に応じて使い分ける光」として有効であることを示しています。

生育と品質を統合した評価
 各処理条件の生育指標と機能性成分指標を総合的に評価した結果、生育前半に遠赤色光を付加し、後半で白色光へ切り替える光レシピ(実験③)が、収量と品質のバランスに優れることが明確になりました(図6A)。また、光処理の時間的推移とその効果を模式的に整理することで、遠赤色光の投入タイミングが生育と品質形成に及ぼす影響を視覚的に示しました(図6B)。

実装可能な新しい光レシピとしての意義
 本研究の成果は、複雑な照明制御や大規模な設備更新を行わなくても、光環境の切り替えというシンプルな運用によって、植物工場における収量と品質の両立が可能であることを示しています(図7)。今後は、作物種や品種、栽培密度に応じた最適な遠赤色光制御法の確立を進めることで、植物工場における省エネルギーかつ高付加価値な作物生産技術へと展開していくことが期待されます。

1:実験デザインおよび光スペクトル条件

(A)本研究で設定した4種類の光処理条件の概要。すべて16時間明期・8時間暗期の条件下で栽培を行った。
 実験①:6週間を通して白色光のみを照射した対照区。
 実験②:生育前半4週間は白色光のみ、後半2週間に遠赤色光を付加した条件区。
 実験③:生育前半4週間に白色光+遠赤色光を付加し、後半2週間は白色光のみに切り替えた条件区。
 実験④:生育期間6週間を通して白色光に遠赤色光を連続的に付加した条件区。
 白色光(400–700 nm)は300 µmol m⁻² s⁻¹、遠赤色光(700–750 nm)は100 µmol m⁻² s⁻¹で照射した。
(B) 白色光処理における代表的な光子束密度スペクトル。
(C) 白色光+遠赤色光処理における代表的な光子束密度スペクトル。

2:異なる光処理条件下で栽培した赤色レタスの形態比較

(A) 上面から見た代表的な画像、(B) 側面から見た代表的な画像。
実験①(白色光のみ)、実験②(白色光4週間後に遠赤色光を補光)、実験③(遠赤色光を生育前半に補光後、白色光のみへ切り替え)、実験④(遠赤色光を生育期間を通して連続補光)の各光処理条件について、処理開始後345週目に撮影した。生育初期に遠赤色光を補光した処理(実験③、④)では、実験①と比べて葉の展開が促進され、キャノピーがより大きく発達する様子が確認された。

3:光処理条件が赤色レタスの生育およびキャノピー構造に及ぼす影響

(A) 栽培5週目におけるレタス株を上から見たときの投影面積(上面から見た葉の広がり)。(B) 栽培5週目におけるレタス株を横から見たときの投影面積(側面から見た葉の広がり)。(C) 栽培6週目における地上部新鮮重。(D) 栽培6週目における総葉面積。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で示し、n = 5–10とした。異なるアルファベットは、TukeyHSD検定(有意水準5%)により処理間で有意差があることを示す。

4:光処理条件が赤色レタスのガス交換特性に及ぼす影響

(A) 光合成速度、(B) 気孔コンダクタンス。播種後4週目に、実験①(白色光のみ)および実験④(白色光+遠赤色光を連続補光)で栽培した赤色レタスを用い、測定時に遠赤色光を補光しない条件(FRなし)と補光する条件(FRあり)の2条件でガス交換測定を行った。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で示し、n = 4–5とした。異なるアルファベットは、TukeyHSD検定(有意水準5%)により処理間で有意差があることを示す。

5:光処理条件が赤色レタスの色素および機能性成分に及ぼす影響

(A) 総クロロフィル(a+b)含量、(B) 総カロテノイド含量、(C) アントシアニン含量指数(ACI)、(D) アスコルビン酸含量。いずれの項目も播種後5週目に測定し、新鮮重100 gあたりの含量として示した。データは平均値 ± 標準誤差(SE)で示し、n = 4–10とした。異なるアルファベットは、TukeyHSD検定(有意水準5%)により処理間で有意差があることを示す。

6:光処理条件の違いが生育および品質指標に与える総合的影響

(A) 本研究で設定した4つの光処理条件〔実験①:白色光のみ、実験②:生育後半に遠赤色光を補光、実験③:生育前半に遠赤色光を補光後に白色光のみへ切り替え、実験④:生育期間を通して遠赤色光を連続補光〕における生育指標および機能性成分指標を示したレーダープロット。評価項目は、新鮮重、葉面積、クロロフィルa+b含量、総カロテノイド含量、アントシアニン含量、アスコルビン酸含量とし、生育指標(新鮮重、葉面積)と機能性成分指標(色素・抗酸化成分)に分類して示した。
(B) 各光処理条件(実験①〜④)における光環境の時間的推移と、それに伴う生育および機能性成分の変化を模式的に示した概要図。遠赤色光の補光タイミングの違いが、レタスの生育促進と品質形成のバランスに及ぼす影響を視覚的にまとめている。

7:遠赤色光の使い分けによって植物工場レタスの収量と品質を両立する新レシピ

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院農学生命科学研究科
  富永 クリストファー ハ゜トリック 博士課程
  谷川 慶一郎 博士課程
  若林 侑 助教
  郭 威 准教授
  曲 玉辰 特任助教
  矢守 航 准教授

 大学院理学系研究科
  寺島 一郎 東京大学名誉教授(現、国立中興大学(台湾))

論文情報

雑誌名:Annals of Botany
題 名:Far-Red Light in Early Growth Stages Boosts Lettuce Biomass and Preserves Anthocyanins
著者名:Christopher P. Levine, Keiichiro Tanigawa, Yu Wakabayashi, Wei Guo, Yuchen Qu, Ichiro Terashima, and Wataru Yamori*
DOI: 10.1093/aob/mcag031
URL: https://doi.org/10.1093/aob/mcag031

研究助成

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)によるSPRING事業(課題番号:JPMJSP2108)および、日本学術振興会(JSPS)による科学研究費助成事業(課題番号:18KK017021H0217124H02277)の支援を受けて実施されました。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
准教授 矢守 航(やもり わたる)
TEL:070-6442-9511
E-mail:yamori@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム広報情報担当
TEL:03-5841-5484       FAX:03-5841-5028
E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

関連教員

若林 侑
郭 威
矢守 航