未知受容体を用いて細胞に感染するコウモリ由来新規MERS関連コロナウイルスの性状解析
発表のポイント
◆日本のクビワコウモリ(注1)から検出されたMERS関連コロナウイルス(注2)EjCoV-3を細菌人工染色体(BAC)(注3)を用いたリバースジェネティクス法(注4)により再構築し、培養系の確立に成功しました。
◆EjCoV-3は、新型コロナウイルスの感染受容体であるACE2やMERSコロナウイルスの感染受容体であるDPP4以外の未知受容体を介して感染することがわかりました。
◆EjCoV-3はヒトの呼吸器および腸管由来の細胞で効率的に増殖でき、ハムスターの呼吸器においても増殖できることがわかりました。
◆日本のコウモリがヒトに感染する潜在性をもつコロナウイルスを保有することが明らかになり、今後さらなるコウモリの持つウイルスの調査をするとともに、ヒトに感染しやすいウイルスに変化する可能性について評価する必要があります。
発表概要
ベータコロナウイルスは過去20年間にSARS、MERS、COVID-19と3度の大流行を引き起こし、特にSARS-CoV-2は深刻なパンデミックとなりました。これら高病原性ウイルスはコウモリ由来と考えられており、コウモリが保有するウイルスの性状解明は、種を超えた感染や今後の流行予測に重要です。 私たちは以前、長野県のクビワコウモリからMERS関連ウイルスEjCoV-3を検出・報告しましたが、その細胞侵入機構やヒト細胞での挙動は不明でした。今回、細菌人工染色体(BAC)を用いたリバースジェネティクスによりEjCoV-3を人工的に作出し、その性状を解析しました。EjCoV-3はACE2やDPP4を欠損した細胞にも侵入可能で、未知の受容体を介した感染が示唆されました。さらに、トリプシンやサーモライシンの添加でヒト呼吸器・腸管由来の細胞で効率よく増殖し、ハムスター鼻腔でも感染が確認されました。この結果は、ACE2やDPP4非依存的に細胞侵入するコウモリ由来MERS関連ウイルスがヒトへの感染性を持つ可能性を示すものであり、新たな感染経路の解明や野生動物ウイルスの継続的調査の必要性を示唆しています。
発表内容
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)などのSARS関連コロナウイルス(サルベコウイルス)と中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)などのMERS関連コロナウイルス(メルベコウイルス)を含むベータコロナウイルスは、過去20年間にSARS、MERS、COVID-19と3回もヒトに致死的な感染症を引き起こしました。特に COVID-19は2019年のパンデミック以来いまだ終息が見通せず、社会的な問題となっています。MERSは2012年の発生から2613人が感染し943人が死亡という高い致死率(36%)を示す感染症です。主な流行地はサウジアラビアなどの中東であり、現在も流行が続いています。
MERSの原因ウイルスであるMERS-CoVと近縁なウイルスがアフリカや東アジア、欧州のヒナコウモリ科のコウモリから検出されたことから、ヒナコウモリ科のコウモリがメルベコウイルスの自然宿主と考えられます。私たちは以前、長野県のクビワコウモリからメルベコウイルスEjCoV-3の遺伝子を検出し、系統遺伝学的にMERS-CoVと近縁であることを報告しました(https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20220916-1.html)。しかし、EjCoV-3を分離することはできていなかったため、宿主域や組織特異性などのウイルス学的な性状は不明なままでした。そこで、本研究ではリバースジェネティクス法によってEjCoV-3を人工的に作製し、培養細胞および動物の生体における増殖性を解析し、その性状を明らかにすることを目的としました。
SARS-CoVやMERS-CoVは、そのスパイク(S)タンパク質(注5)が細胞表面の受容体に結合後、プロテアーゼによってSタンパク質が切断されることで活性化し、細胞に感染できるようになります。そこでEjCoV-3においても、細胞侵入にプロテアーゼが必要であるかを水疱性口内炎ウイルスのシュードタイプウイルスシステム(注6)を用いて解析しました(図1)。その結果、EjCoV-3のSタンパク質を持つシュードタイプウイルスは、高濃度のトリプシンやサーモライシン(注7)で処理した場合のみ、細胞に感染でき、このことからEjCoV-3の細胞侵入にはプロテアーゼが必要であることがわかりました。
図1 シュードタイプウイルスを用いたEjCoV-3の感染性
EjCoV-3のSタンパク質を持った水疱性口内炎ウイルスのシュードタイプウイルスを作製し、様々な濃度のトリプシンやサーモライシンで処理した後、細胞に感染させました。トリプシンやサーモライシンで処理しない場合や低濃度のトリプシンやサーモライシンで処理した場合は、ほとんど細胞に感染しませんでしたが、高濃度のトリプシンやサーモライシンで処理した場合には細胞に効率的に感染しました。このことからプロテアーゼによる活性化がEjCoV-3の感染に必要であることがわかりました。
次にEjCoV-3がSARS-CoV-2の感染受容体であるヒトACE2やMERS-CoVの感染受容体であるヒトDPP4を用いるか調べるために、それぞれの遺伝子をノックアウトした細胞を用いて解析しました。その結果、EjCoV-3のSタンパク質を持つシュードタイプウイルスは、ACE2やDPP4をノックアウトした細胞にも効率的に感染したことから、ACE2やDPP4以外の感染受容体を用いて細胞に侵入することがわかりました。
これらの知見をもとに、リバースジェネティクス法によるEjCoV-3の作出を試みました。細菌人工染色体(BAC)にEjCoV-3のゲノム全長をクローニングし、このBACを細胞に導入しました。2日後にその上清を回収し、サーモライシンで処理して、細胞に接種し、トリプシンを加えて培養を続けたところ、巨細胞形成を伴う広範囲な細胞変性効果が認められ、EjCoV-3を作出することに成功しました(図2)。作出したEjCoV-3は、プロテアーゼ存在下でヒト呼吸器や腸管由来の細胞で効率的に増殖しました(図3)。さらに、生体における増殖性や病原性を調べるために、マウスやハムスターに接種したところ、マウスでは増えませんでしたが、ハムスターでは鼻甲介において増殖しました。これらの結果から、EjCoV-3はヒトの呼吸器に感染する潜在性を持つことが明らかになり、ACE2・DPP4非依存的に細胞侵入する他のメルベコウイルスにおいても同様の可能性が考えられます。今後はそのような侵入経路の機構の解明やコウモリの保有するコロナウイルスのさらなる調査をする必要があります。
図2 EjCoV-3感染細胞で確認された多核巨細胞
人工的に再構築したEjCoV-3をサーモライシンで処理した後、細胞に接種し、トリプシンを加えて培養をしました。
培養から48時間後には数十個の細胞が融合した巨細胞が認められました。
図3 EjCoV-3の増殖性
EjCoV-3のヒト培養細胞(呼吸器由来のRPMI2650細胞およびヒト消化器由来のCaCo-2やHRT-18G細胞)における増殖性を調べました。
トリプシンやサーモライシンを加えずに培養した場合はほとんど増殖しませんでした。低濃度のトリプシンやサーモライシンを加えた場合、一部の細胞において増殖しましたが、その増殖性は低かったです。高濃度のトリプシンやサーモライシンを加えた場合には、効率的に増殖しました。
発表者
松郷宙倫(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
北村知也(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生:研究当時)
高橋尚大(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生:研究当時)
チェンバーズジェイムズ(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
市川綾乃(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
片山美沙(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
黎 凱欣(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
関根 渉(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
大平浩輔(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
石田大歩(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生:研究当時)
上間亜希子(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任助教)
内田和幸(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
下島正幸(国立感染症研究所 ウイルス第1部第1室 室長)
堀本泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
村上 晋(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
発表雑誌
雑誌名; Journal of Virology
論文タイトル; In vitro and in vivo characterization of a bat merbecovirus with ACE2- and DPP4-independent cell entry
著者; Hiromichi Matsugo, Tomoya Kitamura, Naohiro Takahashi, James Chambers, Ayano Ichikawa, Misa Katayama, Kaixin Li, Wataru Sekine, Kosuke Ohira, Hiroho Ishida, Akiko Takenaka-Uema, Kazuyuki Uchida, Masayuki Shimojima, Taisuke Horimoto, Shin Murakami
DOI番号; 10.1128/jvi.00727-25
論文URL; https://journals.asm.org/doi/10.1128/jvi.00727-25
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室准教授
村上 晋(むらかみ しん)
Tel: 03-5841-5398
Fax: 03-5841-8184
E-mail: shin-murakami<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医公衆衛生学研究室
助教 松郷 宙倫(まつごう ひろみち)
Tel: 03-5841-3094
Email: amatsugo<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
用語解説
注1 クビワコウモリ
東北地方南部、関東地方北部、中部地方に分布する食虫性コウモリ。ヒナコウモリ科クビワコウモリ属に属する。
注2 MERS関連コロナウイルス(Middle East respiratory syndrome-related coronavirus)
2012年にサウジアラビアで初めて報告されたMERS-CoV(中東呼吸器症候群コロナウイルス)は、重篤な肺炎を引き起こすヒト感染症ウイルスで、ヒトへの感染は主にヒトコブラクダを介して起こるとされる。MERS関連コロナウイルスは、このMERS-CoVと遺伝的に近縁なウイルス群の総称で、自然宿主は主にコウモリと考えられている。
注3 細菌人工染色体
BAC(bacterial artificial chromosome)と略す。大腸菌の接合性に関与するFプラスミドの複製に必要な因子をもつベクターで、細菌中にサイズの大きなインサートを低コピーで安定に維持できる。
注4 リバースジェネティクス法
ウイルスの全長ゲノムをクローニングしたプラスミドやBACを細胞に導入し、細胞内で転写されることでウイルスゲノムRNAが合成され、感染性ウイルスが人工的に作製される手法。プラスミドやBACに変異を導入することで、変異ウイルスを作出できる。
注5 スパイク(S)タンパク質
コロナウイルスの粒子表面にあるとげ状のタンパク質。ウイルスが細胞に吸着し、侵入する際に使用する。
注6 シュードタイプウイルス
他のウイルス由来のタンパク質を表面にもつウイルスのこと。“シュード”は“偽の”という意味である。今回は牛や豚に感染する水疱性口内炎ウイルス(VSV: vesicular stomatitis virus)の表面のタンパク質をコロナウイルスのスパイクタンパク質に置き換えたウイルスを使用した。今回用いたシュードタイプウイルスは細胞に感染しても、感染性のあるウイルス粒子を産生しないように改変している。したがって、このシステムを用いることで、病原性の高いウイルスの表面タンパク質を安全に解析できる。
注7 サーモライシン
Bacillus thermoproteolyticus由来の金属プロテアーゼ。主に疎水性アミノ酸残基のN末端側のペプチド結合を加水分解する。
関連教員
松郷 宙倫
チェンバーズ ジェイムズ
関根 渉
堀本 泰介
村上 晋