発表のポイント

◆分裂酵母のNADPH依存性グルタミン酸脱水素酵素の機能構造解析により、リン酸化による活性制御の存在を発見しました。
◆リン酸化がグルタミン酸脱水素酵素活性を低下させるとともに、補酵素特異性の変化も引き起こすことを明らかにしました。
◆本研究は、酵素機能のリン酸化による新たな調節機構の存在を提示するものです。

発表概要

 分裂酵母Schizosaccharomyces pombe由来のグルタミン酸脱水素酵素(SpGdh1)は、NADPHを補酵素として用い、2-オキソグルタル酸とアンモニアからグルタミン酸を生成する反応を触媒する酵素です。SpGdh1の複数の残基がリン酸化されることは報告されているものの、そのリン酸化が酵素活性に及ぼす影響や分子機構の詳細は未解明でした。農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センターの西山教授らは、SpGdh1の結晶構造解析を行い、リン酸化が報告されていた4つのセリン残基が活性部位近傍に存在していることを明らかにし、セリン残基のリン酸化がNADPHの結合に影響を与え、SpGdh1の活性を調節することが示唆されました。4つのセリン残基をグルタミン酸に置換したリン酸化模倣変異体では、NADP(H)に対する親和性が低下し、触媒効率も減少した一方で、NAD(H)に対しては親和性が上昇し、触媒効率も増加しており、補酵素特異性のNADP(H)からNAD(H)への変化があることが認められました。本研究は、SpGdh1のリン酸化が補酵素特異性および酵素活性に与える直接的な影響を初めて明らかにしたものであり、酵素機能のリン酸化による新たな調節機構の存在を提示するものです。

発表内容

 グルタミン酸脱水素酵素は2-オキソグルタル酸とグルタミン酸の可逆的な変換を担う酵素です。炭素代謝と窒素代謝を連結する代謝において重要な酵素であるため、ほとんどの生物がこの酵素を有しており、代謝産物の結合によるアロステリック調節やタンパク質間相互作用、翻訳後修飾などによって調節を受けることが知られています。分裂酵母Schizosaccharomyces pombe由来のグルタミン酸脱水素酵素SpGdh1は細胞質に存在し、NADPHを補酵素として2-オキソグルタル酸とアンモニアからグルタミン酸へ変換する中心的な酵素です。これまでにSpGdh1の複数の残基がリン酸化修飾残基として同定されていましたが、リン酸化によるSpGdh1の活性調節の存在やメカニズム、またその生理的意義については解明されていませんでした。

 まずX線結晶構造解析により、SpGdh1と反応中間体である2-イミノグルタル酸(2‑IG)およびNADP⁺が結合した構造を1.45 Å分解能で決定しました。得られた結晶構造から、リン酸化残基として報告のある4つのセリン残基が活性部位の周辺に位置していることが明らかとなり、特にSer252は、NADP⁺のアデニンリボース部位2′-リン酸基と直接相互作用することがわかりました(図1)。このことから、Ser252を中心としたセリン残基のリン酸化によって、NADP(H)の結合が阻害され、それに伴い酵素活性も変化する可能性が示唆されました。

(図1)SpGdh1の結晶構造

 この仮説を検証するため、リン酸化部位として報告されている活性中心付近のセリン残基をグルタミン酸に置換したリン酸化模倣変異体を作製し、酵素活性の詳細な解析を行いました。その結果、Ser252をグルタミン酸に置換した変異体で、NADP(H)依存的な比活性が低下する一方で、興味深いことに、NAD(H)依存的な比活性は増加していました。同様に、動力学的パラメータの解析からも、複数のセリン残基のグルタミン酸への置換によりNADP(H)に対する親和性の低下および触媒効率(kcat/Km)の低下することが明らかとなりました。一方で、NAD(H)に対しては親和性が上昇し、触媒効率も上昇していました(図2)。結果として、リン酸化を受けるセリン残基のグルタミン酸置換によって、補酵素特異性がNADPHからNADHへ約55倍、NADP⁺からNAD⁺へ約2900倍増加することがわかりました。

(図2)SpGdh1リン酸化模倣変異体のグルタミン酸脱水素酵素活性
グルタミン酸合成反応、分解反応におけるNAD(P)(H)依存的な活性の触媒効率を示す。
SE2、SE3、SE4は複数(それぞれ2~4)のセリン残基をグルタミン酸に置換した変異体。

 以上のことから、SpGdh1のリン酸化は、NADP(H)依存的な酵素活性を低下させる一方で、NAD(H)依存的な酵素活性を上昇させることが示唆されました。本研究は、SpGdh1のリン酸化が補酵素との結合親和性および触媒効率を変化させ、酵素活性を調節する可能性を示した初めての例となります。一般にNADP(H)は同化反応に、NAD(H)は異化反応に関与することから、今回明らかになった補酵素特異性のリン酸化による変化は、グルタミン酸脱水素酵素の細胞内代謝における役割の理解に加えて、細胞の代謝状態に応じた新たな酵素調節機構への手がかりを提供するものと考えられます。
(本研究成果は2025年4月に開催された米国生化学・分子生物学会(ASBMB)年次大会においてTravel Awardを受賞し、Flash Talk発表に選出されました。)

発表者

Yifan Wang(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻大学院生:研究当時)
富田 武郎(東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 特任准教授:研究当時)
吉田 彩子(東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 助教)
古園 さおり(東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 准教授)
西山 真(東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 教授)

論文情報

雑誌名:Journal of Biological Chemistry
題名:Phosphorylation-mediated regulation of the NADPH-dependent glutamate dehydrogenase, SpGdh1, from Schizosaccharomyces pombe
著者名:Yifan Wang#, Takeo Tomita#, Ayako Yoshida, Saori Kosono, and Makoto Nishiyama*(#共同筆頭著者、*責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jbc.2025.110422

研究助成

本研究は、科研費「21K05358、24KF0197」の支援により実施されました。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター
教授 西山 真(にしやま まこと)
TEL: 03-5841-3074 Email: umanis [at] g.ecc.u-tokyo.ac.jp

関連教員

吉田 彩子
古園 さおり
西山 真