大玉トマトがLED植物工場で育つ時代へ――宇宙・都市での持続的食料生産を目指して――
発表のポイント
◆完全密閉型LED植物工場での大玉トマトの安定栽培に世界で初めて成功しました。
◆温室栽培と比較して、LEDでは植物の成長量や果実のビタミンC含量が高く、温室では果実のサイズや糖度が優れていることを明らかにしました。
◆LED植物工場は周りの天候の影響を受けず、収量と品質のばらつきを抑えられるため、宇宙空間や都市部での持続可能な食料生産において、極めて重要な技術基盤となります。
 LED植物工場において、大玉トマトの安定生産に世界で初めて成功
LED植物工場において、大玉トマトの安定生産に世界で初めて成功
概要
 東京大学大学院農学生命科学研究科の矢守航准教授らの研究グループは、大玉トマト「CF桃太郎ファイト」を用い、完全閉鎖型LED植物工場とにおける栽培性能を同一品種・同時期に比較する実験を行いました。LED植物工場では、気温(25.9 ± 1.1 ℃)と光強度(276 µmol m⁻² s⁻¹)を安定的に維持したことで、茎の伸長速度・茎径・葉緑素量(SPAD値)が温室を大きく上回り、果実中のビタミンC含量も有意に高値を示しました。一方、温室では気温や光強度の変動が大きかったものの、収量・平均果重・糖度(°Brix)・リコピン濃度が優れていました。ただし、周年栽培を想定すると日射と温度の揺らぎがさらに増大し、季節による生育・収量のばらつきは避けられません。
 従来、トマトをはじめとする果菜類は光を多く必要とするため、LEDのみでの栽培は困難とされ、LED植物工場ではもっぱらレタスなどの葉物野菜の栽培が行われてきました。本研究は、そのようなLED植物工場の“常識”にとらわれず大玉トマトの栽培に果敢に挑戦し、安定生産に世界で初めて成功したものであり、画期的な成果です(図1)。今後、光・CO₂・温度などの環境制御の最適化や栽培手法の高度化によって、LED植物工場でも温室を上回る高収量・高品質な周年栽培の実現が期待されます。さらに、本技術は、気候変動の影響を受けにくい安定供給型の食料生産手段として、都市部の垂直農業や宇宙空間での閉鎖循環型農業への応用も視野に入っており、持続可能な農業の未来を切り拓く重要な技術基盤となります。
発表内容
 近年、世界各地で顕在化する異常気象や急速に進む都市化により、従来の露地栽培や温室栽培に依存した食料生産体制の脆弱性が浮き彫りになっています。特に、都市内部や資源の限られた環境、さらには宇宙空間のような極限環境において安定的な食料生産を実現するためには、気象条件に左右されない「LED植物工場」の確立が不可欠です。
 しかし、光合成の要求量が非常に大きい果菜類、特に高糖度・高着色が求められる大玉トマトについては、「LED照明では十分な品質や収量が得られない」と長らく考えられ、実用化の動きは限定的でした。本研究グループは、これまでにLED植物工場におけるミニトマトの高品質栽培を世界に先駆けて成功させましたが()、大玉トマトの完全人工光型栽培については、実現されていませんでした。
 そこで本研究では、大玉トマトの代表的品種「CF桃太郎ファイト」を用いて、LEDのみを光源とするLED植物工場と、自然光を主体とする温室とを、同一品種・同一時期・同一栽培基質で比較する試験を実施しました。LED植物工場では、気温(25.9 ± 1.1 ℃)と光強度(276 µmol m⁻² s⁻¹)を安定的に供給することで、季節変動を完全に排除した制御環境を構築しました(図2; A–C)。その結果、LED植物工場で育成した株は、草丈の伸長速度、茎径の増加、葉緑素量(SPAD値)において温室を大きく上回り、健全な植物生育が確認されました(図2; D–F)。また、果実中のビタミンC(アスコルビン酸)含量が温室栽培よりも顕著に高く、栄養価の面での優位性が確認されました(図3)。
 一方、温室では最大で2,000 µmol m⁻² s⁻¹に達する自然光を活かし、1個体あたりの光合成速度(ETR)はLED植物工場を凌駕しました(図4)。その結果、果実1個あたりの重量、株あたりの収量、糖度(°Brix)、リコピン濃度は、いずれもLED植物工場産よりも高い値を示しました(図3)。ただし、温室では日射量や外気温の急激な変動が避けられず、周年栽培を行う場合には、生育速度や収量に季節的なばらつきが生じるリスクがあります。対照的に、LED植物工場では播種から収穫までの環境を一貫してコントロールできるため、計画的かつ高頻度な収穫スケジュールの構築が可能です。現段階では、LED植物工場産トマトは果実の平均重量や糖度において温室に及ばないものの、LEDの波長特性や光強度、照射方法の最適化に加え、AIを活用したリアルタイム環境制御を導入することで、収量と品質を同時に高める余地は非常に大きいと考えられます。
 本研究は、「LEDだけでは光が足りない」という先入観からほとんど手をつけられてこなかった果菜類栽培について、「LEDでも大玉トマトは安定して育つ」という新たな常識を打ち立て、LED植物工場技術の適用可能性を大きく拡張する成果となりました。今後、最適な照明設計と高度な環境制御アルゴリズムの開発により、温室を凌駕する高収量・高品質の周年栽培が現実のものとなるでしょう。さらにこの成果は、都市ビル内の垂直農業による地産地消モデルの実現はもちろん、月面基地や深宇宙探査ミッションといった閉鎖型の極限環境での食料生産にも応用可能です。持続可能かつ高付加価値な大玉トマトを一年を通して安定供給する技術として、未来の農業にとって重要なマイルストーンになることが期待されます。
〇関連情報
プレスリリース「世界初!LED植物工場で“甘くて栄養価の高いミニトマト”の安定生産に成功――LED光と空間設計の最適化で、温室を凌ぐ甘さと栄養価を達成――」(2025/07/30)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20250730-1.html
(A)栽培期間中の平均気温(温室および植物工場)、(B)温室における1日あたりの平均光量子束密度(PPFD)、(C)植物工場における1日の光強度の変化、(D)草丈の伸長速度、(E)茎の成長速度、(F)SPAD値(葉緑素濃度の指標)。*は、p<0.05で有意差があることを示す。
 図3 トマトの品質パラメータ
図3 トマトの品質パラメータ
(A) 果実重量、(B) 果実サイズ、(C) 1個体あたりの収穫量、(D) 糖度(Brix値)、(E) 酸度、(F) アスコルビン酸含量。*は、p<0.05で有意差があることを示す。
温室および植物工場における光分布特性に基づき、各葉位置での(A) Fv/Fm(光阻害の指標)および(B) ETR(電子伝達速度)を算出した。温室(緑色の棒グラフ):上層 888 μmol m⁻² s⁻¹、中層 154 μmol m⁻² s⁻¹、下層 24 μmol m⁻² s⁻¹。植物工場(黄色の棒グラフ):上層 418 μmol m⁻² s⁻¹、中層 33 μmol m⁻² s⁻¹、下層 14 μmol m⁻² s⁻¹。*は、p<0.05で有意差があることを示す。
発表者・研究者等情報
東京大学
 大学院農学生命科学研究科
  Ningzhi Qiu(ニンジー キュウ) 研究当時:修士課程
  Hao Shen(ハオ シェン) 特別研究員
  矢津田 啓介 技術専門職員 
  石塚 暖 一般技術職員
  河鰭 実之 教授
  Qu Yuchen(キュー ユーチェン) 特任研究員
  矢守 航 准教授
論文情報
雑誌名:HortScience
題 名:Harnessing LED Technology for Consistent and Nutritious Production of Large-Fruited Tomatoes
著者名:Ningzhi Qiu, Hao Shen, Dan Ishizuka, Keisuke Yatsuda, Saneyuki Kawabata, Yuchen Qu, Wataru Yamori
DOI: 10.21273/HORTSCI18868-25
研究助成
本研究は、日本学術振興会科研費「基盤研究(B)(課題番号:22H02469)」、「学術変革領域研究(A)「細胞質ゲノム制御」(課題番号:24H02277)」の支援により実施されました。
問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
准教授 矢守 航(やもり わたる)
TEL: 070-6442-9511     E-mail: yamori[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム広報情報担当
TEL: 03-5841-8179, 5484  FAX: 03-5841-5028    E-mail: koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。




