発表のポイント

◆母体Leishmania donovani (Ld) 感染が、出生児の同種感染後の病態に性差をもって影響することを明らかにしました。
◆出生後の子では原虫の持続感染や免疫記憶は認められない一方で、Ldチャレンジ感染後に雄では貧血、雌では肝障害が顕著になることを示しました。
◆本研究は、母体感染が胎児期の免疫系を長期的かつ性特異的に再プログラミングする可能性を示す初の報告であり、性差を考慮した感染症リスク評価や予防戦略に新たな視点を提供します。

母体Ld感染が子の病態に及ぼす影響

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の溝渕悠代 助教、三條場千寿 准教授、後藤康之 教授らによる研究グループは、内臓型リーシュマニア症(VL)(注1)の主要原因であるLdについて、母体感染が子の感染後病態に及ぼす影響を解析しました。Ldに慢性感染した母マウスから生まれた子では、出生後に原虫の持続感染や免疫記憶は認められませんでしたが、同種原虫による再感染後に顕著な性差が明らかになりました。雄では脾臓マクロファージによる赤血球貪食が亢進し、原虫数とは無関係に貧血が進行した一方、雌では肝臓における原虫増殖や炎症、肉芽腫形成が増悪し、強い肝障害が認められました。これらの結果は、母体Ld感染が胎児期の免疫系を長期的かつ性特異的に変化させる可能性を示しており、感染症リスク評価や予防戦略の構築に新たな知見を提供します。

発表内容

VLは、リーシュマニア原虫という寄生虫が体内の免疫細胞に感染することで起こる感染症です。発熱や貧血、肝臓や脾臓の腫れなどの重い症状を引き起こし、治療が遅れると命に関わることもあります。現在も南アジアやアフリカ、南米を中心に流行が続いており、世界的な公衆衛生上の課題となっています。VLは主にサシチョウバエ(注2)に刺されることで感染しますが、近年では妊娠中の母親から胎児へ感染が起こる「母子感染」の可能性も報告されています。さらに、たとえ胎児が直接感染していなくても、感染による母体炎症や免疫状態の変化が、生まれてきた子どもの免疫機能に影響する可能性が指摘されています。

 しかし、VLにおいて、母親の感染が子どもの免疫系にどのような影響を及ぼすのかについては、これまで詳しく調べられていませんでした。そこで研究グループは、Ld原虫に慢性的に感染した母マウスから生まれた子マウスを用い、成長後に同じLd原虫へ感染させた際の病態を調べました。出生直後には少量の原虫由来DNAが検出されましたが、成長に伴って排除され、VL特有の症状は認められませんでした。しかし、Ldの再感染後には、病態に明確な雌雄差が現れました。

 雄の子マウスでは、赤血球の割合(ヘマトクリット)が大きく低下し、貧血がより進行していました。脾臓を詳しく調べたところ、マクロファージが、赤血球を過剰に貪食している様子が確認され、これが貧血の悪化に関与していると考えられました(図1)。

1:雄子孫における貧血悪化と血球貪食促進

一方、肝臓では雄ではなく雌の子孫に強い影響が現れることが分かりました(図2)。感染した母親から生まれた雌の子孫では、肝臓内のLd原虫の数が増えており、さらに肝障害が起こると血液中で上昇する酵素であるALTの値も高くなっていました。肝臓を詳しく調べたところ、肉芽腫性炎症(注3)が、感染母由来の雌の子孫で多く形成されていることが確認されました。これに対して雄の子孫では、肝臓内のLd原虫数や肝障害の指標に大きな変化は見られず、肉芽腫炎症の程度についても、母親の感染による明確な影響は確認されませんでした。

2:雌子孫における原虫数増加と肝障害悪化

本研究の結果は、母親のLd感染が子どもの免疫機能に長期的な影響を及ぼし、その影響が性別によって異なる形で現れることを示しています。これは、母体感染が次世代の病態形成に性差を伴って影響することを示した重要な知見であり、今後の感染症リスク評価や予防・対策に新たな視点を与えるものです。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻
  溝渕 悠代 助教
  三條場 千寿 准教授
  後藤 康之 教授

論文情報

雑誌名:Frontiers in Immunology
題 名:Impact of maternal visceral leishmaniasis on sex-specific immune responses and pathogenesis in offspring following homologous infections
著者名:Haruka Mizobuchi*, Chizu Sanjoba and Yasuyuki Goto
DOI: 10.3389/fimmu.2026.1667720
URL: https://www.frontiersin.org/journals/immunology/articles/10.3389/fimmu.2026.1667720/full

研究助成

本研究は、日本学術振興会科研費(課題番号: 21H02722, 22H05057, 23K14109, 24KJ0080, 24K02271)、日本医療研究開発機構(課題番号: JP223fa627001)による支援を受けて実施されました。

用語解説

(注1)内臓型リーシュマニア症(VL)
リーシュマニア原虫の感染によって引き起こされる寄生虫性疾患です。吸血性のサシチョウバエという昆虫により媒介され、インド、ブラジル、エチオピアなどの熱帯地域で年間59万人の発症者をもたらしています(世界保健機構、2022)。典型的な症状として発熱、肝脾腫、体重減少、貧血などが挙げられ、治療しないと90%以上が死に至るとされています。

(注2)サシチョウバエ
主に熱帯・亜熱帯地域に生息する体長数ミリほどの小さな吸血性昆虫です。リーシュマニア原虫は、この昆虫に刺されることで人や動物にうつります。

(注3)肉芽腫性炎症
体が病原体を閉じ込めようとして、免疫細胞がかたまりを作る反応のことです。防御反応の一種ですが、強く起こりすぎると臓器の働きを損なう原因になります。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 応用免疫学研究室
助教 溝渕 悠代(みぞぶち はるか)
E-mail: mizobuchi@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

関連教員

溝渕 悠代
三條場 千寿
後藤 康之