筋ジストロフィー悪化の真犯人を特定:老化筋線維が筋再生を邪魔していた――細胞老化因子「p16」が引きおこす体内環境の悪化を解明。筋再生を促す新たな治療法開発に期待――
発表のポイント
◆ デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)モデルラットにおいて、細胞老化因子p16の発現が骨格筋線維のサイトカイン(SASP)発現上昇を介して、筋再生に不利な体内環境をつくり出すことを見出した。
◆ 細胞老化は主に分裂可能な細胞でおこる現象と考えられてきたが、非分裂細胞である筋線維がp16を発現することで、老化細胞のようにサイトカインを産生することを示した。
◆ DMDを含む筋疾患の病態進行機序解明や治療法開発に貢献することが期待される。
DMDラットでは筋線維にp16発現を介したサイトカイン(SASP)発現上昇がおこることで筋再生に不利な体内環境が作られている
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の池田優成大学院生(研究当時)、山内啓太郎教授らの研究グループは、細胞老化因子p16(注1)の発現がデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の病態を増悪するメカニズムとして、筋線維によるサイトカイン(SASP)(注2)の分泌が関与することを見出しました。
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、進行性の筋力低下と筋変性を特徴とする遺伝性の難病です。DMDでは筋線維の壊死と再生が慢性的に繰り返されますが、次第に筋再生能が低下し、線維化や脂肪化が進行します。研究グループは、2014年にジストロフィン遺伝子に out-of-frame 変異をもつ筋ジストロフィーモデルラット(DMDラット)を開発し、2020年には細胞老化関連因子p16の発現がDMDラットの病態を増悪することを報告しました。
今回、p16を遺伝的に欠損するDMDラットの表現型を解析し、DMDラット骨格筋ではp16発現に起因するサイトカイン遺伝子が発現して体内環境が変化していることを示しました。さらに、正常ラット骨格筋を移植してDMDラットの体内環境が筋再生に与える影響を調べたところ、DMDラットでは移植筋の再生能が抑制される一方、p16を欠損するDMDラットでは移植筋の再生能は抑制されていませんでした。このことから、DMDラット骨格筋ではp16の発現がサイトカイン発現上昇を介して筋再生に不利な体内環境を形成することが明らかとなりました。
本研究成果は、p16の発現がDMDの病態を増悪させるより詳細なメカニズムを明らかにしたものであり、DMDの病態進行機序の解明や治療法開発に貢献することが期待されます。
図:移植した骨格筋の再生線維径の分布
DMDラットに移植した骨格筋の再生筋線維径は野生型ラット(WT)に移植した場合にくらべて小さいが、
p16を欠損したDMDラット(dKO)に移植した場合は野生型ラットと同程度にまで回復する。
発表内容
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、ジストロフィン遺伝子の out-of-frame 変異に起因する遺伝性筋疾患です。ジストロフィンは細胞骨格と基底膜をつなぐタンパク質であり、DMD患者では筋線維が脆弱化して筋線維の壊死と再生が繰り返されます。
研究グループはこれまでに、ジストロフィン遺伝子に out-of-frame 変異をもつDMDラットを開発し、筋力低下が経時的に進行するヒトDMDの病態を再現することを示しました。さらに、このDMDラットの骨格筋では細胞老化関連因子p16の発現が病態の悪化と並行して経時的に増加することを明らかにしました。そこでp16を遺伝的に欠損するDMDラットを作成したところ、p16の欠損が筋再生能の低下を含むDMDラットの病態を改善することを見いだしました。しかし、p16がどの細胞に発現し、どのような仕組みで筋再生を阻害するのかは明らかになっていませんでした。
p16は、細胞の増殖を抑えることで「細胞老化」とよばれる状態を引きおこす因子として知られています。老化細胞は、細胞分裂の停止に加えて、サイトカインの放出などの共通した特徴をもち、さまざまな疾患の増悪にかかわることが知られています。
本研究では、DMDラットとp16欠損DMDラットの骨格筋における遺伝子発現を比較解析しました。その結果、DMDラット骨格筋ではサイトカインの発現が高く、p16を欠損するDMDラットではサイトカインの発現が低いことがわかりました。DMDラットでは、血中のサイトカインプロファイルも変化しており、正常ラットの骨格筋を移植しても再生が遅く、全身の筋再生が低下するような体内環境になっていることが示されました。一方で、p16を欠損したDMDラットでは、移植した骨格筋の再生能は低下せず、p16発現によるサイトカイン発現上昇がDMDラットにおける筋再生能低下の原因であることが示されました。
また、p16およびその発現に起因するサイトカインは、非分裂細胞である筋線維に発現していました。すなわち、DMDラットの筋線維自体が、細胞老化とよく似た変化を示し、筋再生環境に影響を及ぼしていることが明らかとなりました。これまで細胞老化は、主に分裂可能な細胞でおこる現象と考えられてきましたが、分裂しない非分裂細胞である筋線維が、細胞老化様の性質を獲得し、病態の増悪に関与するという点は、従来の細胞老化の概念を拡張する新たな知見です。
本研究は、p16がDMDを増悪する新たなメカニズムと、細胞老化様の変化を示す筋線維がDMDの新たな治療ターゲットとなり得る可能性を明らかにしました。これまでに、筋幹細胞の細胞老化が治療ターゲットとして注目され、治療法開発が進められていますが、分裂細胞における細胞老化の抑制は腫瘍化のリスクがあることが知られています。一方で、非分裂細胞である筋線維は腫瘍化のリスクが低く、細胞老化様変化を標的とした治療戦略の新たな候補となる可能性があります。
なお、本研究は東京大学動物実験実施マニュアル及び実施規則、二種省令に基づき東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部動物実験委員会および同遺伝子組換え生物等委員会の承認のもとに実施されました。
〇関連情報:
「プレスリリース①筋ジストロフィーの症状を再現したラットを作製〜筋ジストロフィー研究に新たなモデル動物〜」(2014/07/10)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2014/20140710-1.html
「プレスリリース②細胞老化によるデュシェンヌ型筋ジストロフィーの病態悪化〜デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する新規治療標的の発見〜」(2020/10/14)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20201014-1.html
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院農学生命科学研究科 獣医生理学教室
池田 優成 獣医学専攻博士課程大学院生(研究当時)
田中 倖恵 獣医学専攻博士課程大学院生(研究当時)
杉原 英俊 獣医学専攻博士課程大学院生(研究当時)
松脇 貴志 准教授
山内 啓太郎 教授
論文情報
雑誌名:The FASEB Journal
題 名:Senescent-like myofibers contribute to anti-regenerative cytokine signaling in Duchenne muscular dystrophy
著者名:Masanari Ikeda, Yukie Tanaka, Hidetoshi Sugihara, Takashi Matsuwaki, Keitaro Yamanouchi
DOI: 10.1096/fj.202500098R
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:23H00359)」、「基盤研究(B)(課題番号:20H03161)」、「特別研究員奨励費(課題番号:JP24KJ0705,JP22KJ102,JP22J20889)」および公益財団法人日本科学協会「笹川科学研究助成(課題番号:2022-8047)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)細胞分裂を抑制して不可逆的な細胞周期の停止である「細胞老化」を誘導する因子。老化細胞は幹細胞の減少やサイトカインの分泌などを通じてさまざまな疾患の病態増悪にかかわることが報告されている。
(注2)細胞から放出され、細胞間の情報伝達を担う生理活性物質。さまざまな機能をもつものが知られるが、DMDラットでは特に炎症誘導にかかわる因子の遺伝子発現が上昇していた。
問合せ先
<研究内容について>
東京大学 大学院農学生命科学研究科 獣医生理学教室
教授 山内 啓太郎(やまのうち けいたろう)
Tel:03-5841-5386 E-mail:akeita@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
<機関窓口>
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
総務課総務チーム広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

