D型インフルエンザウイルスの高度ゲノム再構築法―基礎・応用研究をつなぐ新技術
発表のポイント
◆D型インフルエンザウイルスの7分節ゲノムを、8分節および9分節に細分化した改変ウイルスの作出に成功した。
◆改変ウイルスは、ウイルスタンパク質の機能解析やゲノム取り込み機構の解明に活用可能である。
◆本ウイルス改変技術は、弱毒生ワクチン候補株の創出につながることが期待される。
7本鎖分節ゲノムをもつ野生型ウイルスのMおよびNS分節を細分化した8本鎖および9本鎖分節ゲノムをもつ改変ウイルスを作出した。
概要
D型インフルエンザウイルス(IDV)は、養牛業に多大な被害を及ぼすウシ呼吸器病症候群(BRDC)(注1)の原因ウイルスの一つである。最近の疫学調査により、IDVはヒトにも感染し呼吸器疾患を引き起こすことが示唆されており、新たなパンデミックにつながる潜在的リスクが注視されている。IDVは7本に分節化したマイナス一本鎖RNAをゲノムとし(注2)、M分節およびNS分節には、それぞれ読み枠が重複する2種類のタンパク質がコードされている。今回、麻布大学獣医学部との共同研究により、リバースジェネティクス(RG)法(注3)を用いて、M分節にコードされるM1とM2(p42)遺伝子をそれぞれ独立した分節(M1分節とM2(p42)分節)として再構成した8分節IDVの作出に成功した。さらに、以前に私たちが報告したNS分節の細分化系(NS1分節とNS2分節)を組み合わせることで、M分節およびNS分節の双方を細分化した9分節IDVの作出にも成功した。作出した8分節および9分節IDVは、これまで詳細な解析が困難であったM1とM2(p42)およびNS1とNS2タンパク質単独での性状解析を可能にするとともに、いまだ十分に解明されていないウイルスゲノム分節の粒子への取り込み機構の解析にも資することが期待される。さらに、ゲノム分節の細分化によりウイルス増殖性が抑制されることが明らかとなり、病原性の低下が推測されることから、本改変ウイルスは病原性復帰の可能性が低減された弱毒生ワクチン株としての応用も期待される。
8本鎖分節ウイルスおよび9本鎖分節ウイルスは、いずれも野生型(WT)ウイルスより増殖性が低下した。
発表内容
IDVのM分節には、M2タンパク質の前駆体であるP42タンパク質と、スプライシングにより転写・翻訳されるM1タンパク質がコードされている。P42は翻訳後に開裂を受け、C末端側領域がイオンチャネルであるM2タンパク質としてウイルス粒子のエンベロープに取り込まれる。本研究では、RG法により、M1遺伝子とM2(p42)遺伝子を単独で搭載する別個の分節(M1分節とM2(p42)分節)を有する8分節IDVの作出を試みた。D/swine/Oklahoma/1334/2011株のM2遺伝子内に存在するスプライシングドナー配列にサイレント変異(AGGUCA→AGAAGC)を導入することで、p42遺伝子のみを合成するRG用プラスミドを構築した。また、M分節のイントロン領域(757-1049番目の塩基配列)を欠損させることで、M1遺伝子のみを合成するRG用プラスミドも構築した。これら2種類のプラスミドと、M分節以外の各分節合成プラスミド(6種類)を用いてRG法を実施した結果、組換えウイルスのレスキューに成功した。一方、私たちは以前に、同様に2種類の重複遺伝子をもつNS分節において、各遺伝子が単独で転写・翻訳される別個の分節(NS1分節とNS2分節)を有する8分節ウイルスを報告している(関連情報参照)。そこで、今回構築したM1分節とM2(p42)分節に、NS1分節とNS2分節を加えた9分節ウイルスの作出を試みたところ、組換えウイルスのレスキューに成功した。作出した9分節ウイルスは、8分節ウイルスと同様に、希釈率と感染性ウイルス量の間に相関が認められたことから、1つのウイルス粒子内に細分化された複数の分節が取り込まれていることが示唆された。これらのゲノム改変ウイルスの増殖性を野生型ウイルス(WT)と比較したところ、8分節ウイルスでは約100倍、9分節ウイルスでは約3,000倍の増殖低下が認められた。
今回確立したIDVゲノム分節の再構築技術により、これまでM分節では不可能であったM1遺伝子およびM2遺伝子(特に重複領域など)の一方に選択的に変異を導入したウイルスの作出が可能となった。これにより、ウイルス複製過程などにおける各タンパク質の機能を個別に解析することが可能となる。また、感染性を保持したまま複数のゲノム分節を追加導入できるという知見は、いまだブラックボックスであるインフルエンザウイルスのゲノムパッケージング機構の解析にも利用できることが期待される。さらに、細分化ゲノム分節を有する弱毒ウイルスは、病原性復帰のリスクが極めて低い生ワクチン開発のための新たなモダリティーを提供し得る可能性がある。
〇関連情報:
「8分節改変ゲノムをもつ組換えD型インフルエンザウイルスを作出」(2021.11.01)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20211101-1.html
発表者情報
石田 大歩 (麻布大学獣医学部 獣医学科 助教)
村上 裕信 (麻布大学獣医学部 獣医学科 准教授)
水野 俊太郎(麻布大学獣医学部 獣医学科 大学院生)
片山 美沙 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
関根 渉 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
大平 浩輔 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生:当時)
上間 亜希子(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 学振RPD研究員)
村上 晋 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
長井 誠 (麻布大学獣医学部 獣医学科 教授)
堀本 泰介 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
論文情報
雑誌 Scientific Reports
題名 Development of an influenza D virus with an eight- or nine-segment genome
著者 Hiroho Ishida, Hironobu Murakami, Shuntaro Mizuno, Misa Katayama, Wataru Sekine, Kosuke Ohira, Akiko Takenaka-Uema, Shin Murakami, Makoto Nagai, Taisuke Horimoto
DOI 10.1038/s41598-025-34838-y
URL https://www.nature.com/articles/s41598-025-34838-y
研究助成
本研究は、科学研究費 (22K20619、23K14097)、農林水産省レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業(JPJ008617.21455165)、AMED-UTOPIA (JP223fa627001) 、およびJRA畜産振興事業の助成により実施されました。
用語解説
注1 牛呼吸器病症候群
BRDC(bovine respiratory disease complex)と呼ばれる。ストレス環境下において様々なウイルスや細菌などの感染を原因とする牛の呼吸器複合病。肥育牛の死亡率が高く、効果的なワクチンの開発が世界的に期待されている。
注2 D型インフルエンザウイルスゲノム
7分節(PB2, PB1, P3, HEF, NP, M, NS)のマイナス一本鎖RNAから成る。
注3 リバースジェネティクス法
D型インフルエンザウイルスのゲノムRNA分節およびタンパク質(PB2, PB1, P3, NP)をコードするプラスミドを同時に培養細胞に導入することで、感染性ウイルスをレスキューする方法。ゲノムRNA転写プラスミドを改変することで、変異ウイルスを作出できる。
問合せ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
教授 堀本泰介(ほりもとたいすけ)
Email: taihorimoto[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
Tel: 03-5841-5396
Fax: 03-5841-8184

