発表のポイント

◆犬の尿路上皮癌において、分子標的薬ラパチニブの投与中にみられる脱毛や痒みといった皮膚有害事象が治療効果と関連する指標となることを明らかにしました。
◆ラパチニブを投与された犬の約3割で皮膚有害事象がみられ、ラパチニブ投与中に皮膚有害事象が出現した犬は出現しなかった犬に比べて無増悪生存期間が有意に延長しました。
◆マウスなどの実験動物モデルでは評価が困難な分子標的薬の on-target toxicityと治療効果との関連性を、犬の自然発症がんモデルを用いることで検証できることを世界で初めて明示しました。今後、創薬研究への応用が期待されます。

ラパチニブ投与中の犬に認められた脱毛(左:投与前、中央:投与中、右:休薬後)

概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の堀田康介特任研究員(研究当時)と前田真吾准教授らの研究グループは、分子標的薬(注1)であるラパチニブ(注2)により治療した尿路上皮癌の犬の約3割において脱毛や色素沈着などの皮膚に対する有害事象(注3)が認められ、これら皮膚有害事象が出現した犬は、出現しなかった犬に比べて無増悪生存期間(注4)が延長することを明らかにしました。
 本研究は、犬が「ヒトと同様にがんを自然発症する」動物であることに着目し、分子標的薬に特有の on-target toxicity(注5)が良好な治療効果と関連することを犬において明らかにした世界初の報告です。この成果は、マウスなどの実験動物を用いた人工的ながんモデルでは評価が難しい有害事象を、犬の自然発症がんモデルを用いることで検証できることを示す成果であり、創薬研究への応用が期待されます。

発表内容

 尿路上皮癌(膀胱・尿道がん)は犬で最も頻度の高い尿路系悪性腫瘍のひとつであり、進行が早く再発や転移を起こしやすいため、治療が難しい腫瘍として知られています。これまで非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)や抗がん剤が治療に用いられてきましたが、その治療効果は限定的でした。これまでに本研究グループは、HER2EGFRを阻害する分子標的薬ラパチニブが犬の尿路上皮癌に対して有効であることを明らかにしてきました(https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20220113-1.html)。ラパチニブはヒトの乳がん患者で用いられる薬剤ですが、半数以上の患者で脱毛や皮膚炎などの皮膚有害事象が認められることが知られています。しかし、犬においてどのような皮膚有害事象がどの程度発生するのか、またそれが治療効果とどのように関連するのかについてはよくわかっていませんでした。
 そこで本研究では、ラパチニブによる治療を受けた尿路上皮癌の犬 85頭を対象に、皮膚有害事象の発生状況と治療成績との関連について後ろ向き研究を行いました。その結果、ラパチニブ投与中に31.8%の犬で脱毛や色素沈着、痒みなどの皮膚有害事象が認められました。また、皮膚有害事象が出現した犬では、出現しなかった犬と比較して無増悪生存期間が有意に延長していることがわかりました(図1)。さらに Cox 比例ハザードモデル(注6)による多変量解析から、皮膚有害事象は他の因子とは独立した予後良好因子であることが示されました。
 これらの結果は、犬がヒトに発生する悪性腫瘍の治療反応と類似する「自然発症がんモデル」として有用であることを裏付けるものです。犬は腫瘍の進行様式や薬物動態、副作用の発現がヒトと類似しており、マウスなどの実験動物モデルでは評価が困難な分子標的薬の on-target toxicity と治療効果との関連を、実際の臨床に近い条件で検証することができると考えられます。
 本研究は、犬の自然発症がんモデルを活用することで、新規治療薬の治療効果のみならず、副作用プロファイルの評価も同時に行えることを示した重要な成果であり、今後の創薬研究やトランスレーショナルリサーチの発展に大きく貢献することが期待されます。

1 皮膚有害事象の有無と無増悪生存期間との関連
皮膚有害事象を認めた症例(赤線)は認めなかった症例(黒線)よりも無増悪生存期間の延長がみられた。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院農学生命科学研究科獣医学専攻
 堀田 康介(特任研究員:研究当時)
 米澤 智洋(准教授)
 桃井 康行(教授)
 前田 真吾(准教授)

論文情報

雑誌名:Veterinary Dermatology
論文タイトル:Dermatologic adverse events associated with lapatinib treatment in dogs with urothelial carcinoma: A retrospective study
著者:Kosuke Horita, Tomohiro Yonezawa, Yasuyuki Momoi, Shingo Maeda*(*責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1111/vde.70062
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/vde.70062 

研究助成

本研究は、科研費(課題番号:23H00357)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)分子標的薬
がん細胞の増殖や生存、浸潤に関与する 特定の分子(受容体やシグナル伝達分子など)を標的として作用する薬剤。がん細胞に特徴的な分子を標的とすることで、より選択的な治療を可能とする。一方で、標的分子が正常細胞にも存在する場合には、特有の副作用(有害事象)が現れることがある。

(注2)ラパチニブ
がん細胞の増殖や生存に関与するHER2およびEGFRと呼ばれる分子の働きを阻害する分子標的薬。ヒトの医療では乳がん患者の治療に用いられている。近年、犬の尿路上皮癌に対しても有効性が報告された

(注3)有害事象
薬剤の投与により生じる副作用の総称。ラパチニブをヒトの乳がん患者に投与すると、半数以上の患者で皮膚に対する有害事象がみられることが知られている。

(注4)無増悪生存期間
治療を開始してから、がんが進行(増悪)するまでの期間を示す指標。がんに対する治療効果を評価する際に広く用いられる。

(注5)On-target toxicity
分子標的薬が本来狙っている標的分子に作用することで生じる副作用のこと。薬剤が標的分子に十分作用している「治療効果の裏返し」として現れる場合があり、ヒト医療では治療効果の指標となることが報告されている。

(注6)Cox 比例ハザードモデル
生存期間や進行するまでの期間といった「時間に関するデータ」を解析するための統計手法。年齢や病期、治療内容など複数の要因を同時に解析し、それぞれの因子が予後にどの程度影響しているかを評価することができる。本研究では、皮膚有害事象が他の因子とは独立して治療成績に関連しているかどうかを検証するために用いた。

問合せ先

〈研究内容について〉
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医臨床病理学研究室
准教授 前田真吾(まえだ しんご)
Tel:03-5841-3096
E-mail:amaeda<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
研究室HP:https://www.maedalab.com/

〈機関窓口〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部総務課総務チーム広報情報担当
Tel: 03-5841-5484 E-mail: koho.a<アット>gs.mail.u-tokyo.ac.jp
<アット>を@に変えてください。

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