発表者
山内啓太郎 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
加藤 静香 (東京大学大学院農学生命科学研究科 動物医療センター 学術専門職員)
田中 倖恵 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
池田 優成 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
大下 雪奈 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
志賀 崇徳 (麻布大学獣医学部 獣医学科 助教)
畑本 恵 (東京大学農学部 獣医学専修 獣医学科)
チェンバーズ ジェームズ (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
今村 拓也 (広島大学大学院統合生命科学研究科 教授)
平松 竜司 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
内田 和幸 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
松田 二子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
松脇 貴志 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
高坂 哲也 (大阪物療大学保健医療学部 診療放射線技術学科 教授)

発表のポイント

  • ラットジストロフィン遺伝子のイントロン内に逆向きに挿入された新規遺伝子を発見した。
  • この遺伝子は精細管内で精子形成の最終段階である円形精子細胞から伸長精子細胞への移行期でのみ発現していた。
  • この遺伝子を含む領域を欠損する雄ラットでは正常な精子がみられず不妊であった。

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科・獣医学専攻等の研究グループは、ラットジストロフィン遺伝子のイントロン内に逆向きに挿入された新規遺伝子が存在し、それによりコードされるタンパク質が精子形成に重要であることを発見しました。
 研究グループは2020年にジストロフィン遺伝子にin-frame変異(注1)をもち、エクソン3から16を欠損するラット(BMDラット)の作製を報告しました(注2)。雄のBMDラットは不妊であることから、精子形成能に着目して解析を進めたところ、成熟個体における精巣が萎縮しており、精細管における精子形成が全くみられなくなっていることが判明しました(図1)。

 ジストロフィン遺伝子のうち、BMDラットで欠損しているエクソン3から16までの領域の遺伝子配列を調べたところ、エクソン6と7との間のイントロン領域にタンパク質翻訳領域をもつ遺伝子がジストロフィン遺伝子とは逆向きに存在することがわかりました(図2-A)。
 この新規遺伝子はラット精巣で特異的に発現しており(図2-B)、それによりコードされるタンパク質は円形精子細胞が成熟した精子になる精子完成期にだけ発現していることがわかりました(図3)。この結果から研究グループはこのタンパク質をdystrophin-locus-derived testis-specific protein (DTSP)と名付けました。

発表内容

<研究の背景>
 筋線維の強度を維持するジストロフィンは、X染色体上に存在するジストロフィン遺伝子によりコードされる分子量約430,000の巨大なタンパク質です。ジストロフィン遺伝子は79のエクソンからなる長大な遺伝子で、その変異により引きおこされる遺伝性の筋原性疾患としてデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)やベッカー型筋ジストロフィー(BMD)があります。DMDはジストロフィン遺伝子におけるout-of-frame変異(注3)によりジストロフィンが全く作られないため重篤な症状を呈しますが、BMDではin-frame変異により短縮型のジストロフィンが作られるためその症状はDMDに比べて軽度です。

<研究内容>
 研究グループは2020年にジストロフィン遺伝子にin-frame変異をもち、エクソン3から16を欠損するベッカー型筋ジストロフィーモデルラット(BMDラット)の作製を報告しました。雄のBMDラットは不妊であることから、精子形成能に着目して解析を進めたところ、成熟個体における精巣が萎縮しており、さらに組織学的解析により3ヶ月齢以降は精細管における精子形成が全くみられなくなっていることが判明しました。またそれ以前の月齢でも精細管内に存在する精子に形態異常が観察されました。これらの結果から、雄BMDラットの不妊は正常な精子が形成されないためであると考えられました。
 BMDラットで欠損しているジストロフィン遺伝子のエクソン3から16までの領域を調べたところ、エクソン6と7との間のイントロンに、2つのエクソンからなり、タンパク質翻訳領域をもつ遺伝子がジストロフィン遺伝子とは逆向きに存在することがわかりました。
 そこでさまざまなラット組織でこの遺伝子の発現の有無を調べたところ、精巣だけで特異的に発現していることが判明しました。またin situハイブリダイゼーションにより局在を調べたところ、特定の精子形成段階にある精細管内に陽性像が確認されました。以上のことからこの遺伝子が実際に発現していることが確認されました。さらにこの遺伝子によりコードされると想定されるタンパク質のアミノ酸配列をもとに特異抗体を作製し、ラット精巣におけるウェスタンブロットを行ったところ、分子量約55,000のタンパク質が検出されました。また免疫染色により、円形精子細胞から伸長精子細胞へ移行する時期特異的にタンパク質が局在していることがわかりました。以上の結果から、研究グループはこの新規精巣特異的遺伝子によりコードされるタンパク質をdystrophin-locus-derived testis-specific protein (DTSP)と名付けました。
 ラットでDTSPに相当する遺伝子は、マウスジストロフィン遺伝子のイントロン内にもTsga8として存在し、ラットと同様にその欠損は精子形成異常による不妊を招くことが報告されています(注4、文献)。DTSPTsga8が存在するジストロフィン遺伝子のエクソン6と7との間のイントロン領域の長さはラットで約75,000塩基対、マウスで108,000塩基対であるのに対して、他の哺乳類では数1000塩基対しかなく、また、他の哺乳類には同領域にラットDTSPやマウスTsga8に相当する遺伝子はみつかっていません。このことからDTSPTsga8はラットやマウスにのみ存在する遺伝子である可能性が高いと思われます。

<社会的意義>
 ラットやマウスはいわゆる“ネズミ”をそれぞれ系統化したもので、ネズミはウイルスや病原菌を運ぶ、畜舎の配管や電気コードを囓る、飼料を食い荒らし雛や子豚を食殺するなどの被害を生じることからその駆除は家畜衛生・畜産経営の面から重要であるとされています。一般的にネズミ対策としては罠による捕獲といった物理的な防除に加えて、ワルファリンなどの殺鼠剤を用いた防御が行われていますが、その一方で、殺鼠剤に耐性を示すネズミ(スーパーラット)の出現や家畜による殺鼠剤の誤食などの問題が依然として存在します。今後DTSPやTsga8の作用機序を明らかにすることで、ネズミに特異的かつ他の家畜や家禽に影響を与えない繁殖抑制剤の開発へと繋がる可能性が考えられます。

研究助成

 本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金(基盤研究(B)16H05041および25292185、挑戦的萌芽研究15K14883)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌
Journal of Reproduction and Development(令和6年1月19日発表)
題名
Identification and characterization of dystrophin-locus-derived testis-specific protein: A testis-specific gene within the intronic region of the rat dystrophin gene.
著者
Keitaro Yamanouchi*, Shizuka Kato, Yukie Tanaka, Masanari Ikeda, Yukina Oshimo, Takanori Shiga, Kei Hashimoto, James Chambers, Takuya Imamura, Ryuji Hiramatsu, Kazuyuki Uchida, Fuko Matsuda, Takashi Matsuwaki, and Tetsuya Kohsaka
DOI
10.1262/jrd.2023-073
URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrd/advpub/0/advpub_2023-073/_article/-char/en

注釈

  • 注1 in-frame変異
     欠失または挿入の起こる塩基数が3の倍数であるため、翻訳の際、アミノ酸をコードする3つ組みの読み枠がずれない遺伝子変異
  • 注2 「In-frame変異により短縮型ジストロフィンタンパク質を作るラットを作製 〜世界初となるヒトベッカー型筋ジストロフィー(BMD)モデル動物〜」
     https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20200902-1.html
  • 注2 out-of-frame変異
     塩基の欠失または挿入により、アミノ酸をコードする3つ組みの読み枠がずれる変異。多くの場合、遺伝暗号(コドン)にずれが生じることで、翻訳の際のアミノ酸が変わり、より手前で終止コドンが現れたりする。
  • 注4 (文献)
     Kobayashi Y, Tomizawa SI, Ono M, Kuroha K, Minamizawa K, Natsume K, Dizdarević S, Dočkal I, Tanaka H, Kawagoe T, Seki M, Suzuki Y, Ogonuki N, Inoue K, Matoba S, Anastassiadis K, Mizuki N, Ogura A, Ohbo K. Tsga8 is required for spermatid morphogenesis and male fertility in mice. Development. 2021 148: dev196212. doi: 10.1242/dev.196212.

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医生理学教室
教授 山内啓太郎(やまのうち けいたろう)
Tel:03-5841-5386
Fax:03-5841-8017
E-mail: akeita[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

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