東京大学で目指すべきネイチャーポジティブ・アクション〜生物多様性の保全と回復に向けて シンポジウム開催報告
2024年2月19日(月)、東京大学弥生キャンパス フードサイエンス棟 中島ホールにおいて、東京大学大学院農学生命科学研究科・東京大学未来社会協創推進本部GX推進分科会主催、東京大学生活協同組合 後援、東京大学GX学生ネットワーク(GXSN) 協力のもと、東京大学の教職員、学生、関連研究者を対象として、シンポジウム「東京大学で目指すべきネイチャーポジティブ・アクション 生物多様性の保全と回復に向けて」をハイブリッド形式で開催しました。オンサイト、オンライン、オンデマンドを合わせて学内から212名、学外から45名、総勢256名による申込があり、盛況となりました。
オープニングでは、大久保達也 理事・副学長からのビデオメッセージの挨拶につづき、シンポジウムの趣旨とネイチャーポジティブとは何かについて話題提供がありました。その後の第1部では生物多様性と人や社会とはどのようなつながりがありなぜ必要なのか、第2部では具体的な地域や生協などとの取り組み事例、第3部では、農学、自然科学、社会科学の横断的な見地からネイチャーポジティブを推進するための課題や今後の取り組みの展望について議論を行いました。
ディスカッションの内容をリアルタイムにイラストレーションとして描き起こすグラフィックレコーディングや、オンラインホワイトボードツールを用いて議論の内容や参加者のコメント・質問などをまとめていく試みも行われ、多くの参加者にとって気づきのある有意義な会となりました。
グラフィックレコーディング
参加者からは以下のような感想・コメントをいただきました。
・シンポジウムで最も印象に残ったことは、大学が社会に貢献するためには、単に知識の伝達や技術開発に留まらず、環境問題の本質的な解決を目指し、広く深く考えて行動できる人材を輩出することだということでした。
・第3部のディスカッションを通じて、多様な学部の人が本気で一緒に話すと面白い化学反応が起きると感じました。
・ネイチャーポジティブを日本に限らず世界規模で実現するには、社会構造的な改革が必要であり、大学が政策提言や啓発活動を行っていくべきだと考えます。
・学生を地方や都市、大学内外問わず現場に送り出し、そしてそれに対して責任を持つことが必要だと思います。
・大学の中(キャンパス内・施設内など)でできること、大学の外(社会と連携して)でできること、を整理して考えることが重要だと感じました。
・ネイチャーポジティブに限らずGX全般について、大学を卒業・修了し、各国の社会構造に組み込まれ、経済発展に関わる立場になると、地球規模での進むべき方向に関する声を上げにくくなると思われることから、本学学生が中心となり、全世界の学生に対して声掛けを行い、それぞれの国において学生が自国政府等への働き掛けを行うことが重要と感じます。
(プログラム)
■Opening Talks
開会挨拶:大久保 達也 (東京大学理事・副学長)
趣旨説明:安田 仁奈 (農学生命科学研究科 教授)
概 説:「ネイチャーポジティブについて」 橋本 禅 (農学生命科学研究科 准教授)
■第1部
なぜネイチャーポジティブなのか?:生物多様性と人のつながりの重要性
[講演]
森 章 (先端科学技術研究センター 教授)
吉田 丈人 (農学生命科学研究科 教授)
[Discussion]
ファシリテータ:安田 仁奈
Additional Discussants:
鈴木 宣弘 (農学生命科学研究科 教授)
山本 則子 (医学系研究科 教授)
室 智大 (農学生命科学研究科 博士課程)
福永 莉奈 (農学部)
■第2部 ネイチャーポジティブに向けて我々は何ができるのか
[講演]
八木 信行 (農学生命科学研究科 教授)
松岡 良司 (銚子発・CFPの見える水産加工品流通促進協議会会長)
[Discussion]
ファシリテータ:八木 信行
Additional Discussants:
中島 達弥 (東京大学消費生活協同組合 専務理事)
近 恵里奈 (工学部)
水野 那奈子 (教養学部理科二類)
秋山 知也 (人文社会系研究科 修士課程)
山口 空 (農学生命科学研究科 博士課程)
志賀 智寛 (農学生命科学研究科 修士課程)
TIAN Zhonghe(田 衆和) (農学生命科学研究科 修士課程)
■第3部 ネイチャーポジティブでどのように社会と人々の幸福を実現するのか?:大学が、学術・研究や人材育成により果たす役割
[講演]
宮下 直 (農学生命科学研究科 教授)
斎藤 幸平 (総合文化研究科 准教授)
[Discussion]
ファシリテータ:中西 もも (農学生命科学研究科 准教授)
Additional Discussants:
福永 真弓 (新領域創成科学研究科 准教授)
牧野 篤 (教育学研究科 教授)
出戸 秀典 (農学生命科学研究科 博士課程)
■Closing Remarks
全体について/これからに向けたコメント:安田 仁奈
閉会挨拶:東原 和成 (農学生命科学研究科・副研究科長)
《フライヤー》
[東京大学におけるネイチャーポジティブの取り組みについて]
現在、人類と自然の関係が危機に瀕し、気候変動や自然資源の乱用・枯渇が地球上の生物を急速な絶滅に追いやっており深刻な課題となっています。このような状況下で、国際的な取り組みとして、G7自然協約や生物多様性条約第15回締約国会議における「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、ネイチャーポジティブの理念が世界中に広まっています。東京大学は、自然システムの限界を超えない持続可能で包摂的な社会を築くため、ネイチャーポジティブをカーボンニュートラル、サーキュラーエコノミーと並び、重要なGXの取り組みのひとつとして位置づけています。
生物多様性と人間とのつながりや機能に関しては科学的に未知なことも未だ数多くあり、特に文化的精神的つながりも含め、学術的に明らかにしていく必要があります。こうした直接的な生物多様性の保全に関する研究推進は当然、東京大学の重要な使命の一つです。未解明な部分を科学的に探求し、社会経済的な視点も含めた総合的な議論を通じて、持続可能な社会像を構築していくことが求められています。一方、社会や価値観といったより深いところに根差した生物多様性を損なう間接的要因にも目を向ける必要があります。自然科学だけではなく、自然資本の限界を認識し、社会の在り方や自然界、社会における人間の在り方についても考えていく必要があります。社会と自然、人間と自然との関係性の再構築には、人間と自然が調和して幸福に共存する新たな親自然的な価値観の醸成も不可欠です。
東京大学は総合大学として、社会科学も含めた総合的な議論と対話を通じて人々の幸福に資する社会像を模索する役割があると認識しています。 研究機関として生物多様性の回復と復興に資する科学技術開発に取り組む傍ら、技術の進歩に伴う倫理的な問題や潜在的なリスクに対しても、事前に多角的かつ建設的に議論を重ね、それを伝えることが不可欠だと考えています。さらには生物多様性の問題は技術革新のみでは決して解決できないことを念頭において、地域に残る伝統知や総合知を踏まえ、科学的知見を包括的に統合し、新たな解決策を企業や自治体、他大学、市民社会との連携を強化し、地域レベルからの取り組みにも積極的に推進していきます。