発表者
東京大学大学院農学生命科学研究科
    北沢 優悟 (特任助教)
    岩渕 望 (特任研究員)
    前島 健作 (准教授)

発表のポイント

  • ファイトプラズマの分泌するタンパク質「ファイロジェン」は、植物のMADS転写因子 (花を咲かせる因子) に結合し、分解することで花を葉へと変化させます。
  • ファイロジェン内のMADS転写因子との結合領域が、スクリーニング実験とAIによる複合体構造予測の併用により明らかとなりました。
  • 本領域を改変することで、標的タンパク質を自由に制御し分解する (プロテインノックダウン) 技術の開発につながります。

発表内容

図1:ファイトプラズマに感染し「葉化病」を発症したアジサイ (右)
病原細菌ファイトプラズマは植物タンパク質の選択的分解により花を葉に変えてしまう。
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図2:MADS転写因子との結合に影響するアミノ酸の変異による葉化誘導能の増強
 ファイロジェンの立体構造において、標的MADS転写因子との結合に影響するアミノ酸 (橙色) は、ファイロジェンの特定の領域に集中しており (上段・左)、標的との結合に影響しないアミノ酸 (水色) は反対側の領域に位置していた (上段・右)。橙色のアミノ酸の変異により標的との結合性を増強させたファイロジェンは、通常のファイロジェン (花びらを薄く緑色にさせる程度[下段・中央、白矢印]) よりも激しい葉化 (花びらを完全に葉へと変化させ、葉特有の突起構造トライコームも形成[下段・右、赤矢印]) を誘導した。図中の数字はファイロジェンのアミノ酸の番号を表す。
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〈研究成果概要〉

 東京大学大学院農学生命科学研究科の北沢優悟特任助教と前島健作准教授らの研究グループは、花を葉に変える細菌タンパク質「ファイロジェン」が標的植物因子を選択的に認識・分解する際に働く結合領域の特定に成功しました。

〈研究の背景〉

 ファイトプラズマ (注1) は植物の篩部に寄生する細菌で、1967年に東京大学農学部の植物病理学研究室において発見されました。植物に様々な病害を引き起こし、中でも特徴的なのは、花を葉に変化させる不思議な病気「葉化病」です (図1)。同研究室では、これまで葉化病の発生メカニズム解明のため、葉化誘導因子「ファイロジェン」(注2) の特定と機能の解析を進めてきました。ファイロジェンはファイトプラズマが共通して持つ分泌タンパク質であり、花の形成に必要な特定の因子 (MADS転写因子;注3) に結合し、植物が持つタンパク質分解装置プロテアソームを利用して分解することで花の形成過程を阻害し、葉化を誘導することが明らかになっています。MADS転写因子と結合する病原性タンパク質は、ファイロジェン以外に知られていません。また、植物は数多くのMADS転写因子を持ちますが、ファイロジェンが結合するのはその一部であることがわかっています。そのため、ファイロジェンが標的MADS転写因子を認識し、結合するメカニズムに興味が持たれていました。

〈研究内容〉

 今回、本研究グループは、ファイロジェンにランダムにアミノ酸変異を導入し、MADS転写因子との結合が強まる変異を選抜することで、結合に関わるアミノ酸を網羅的に特定することを試みました (注4)。さまざまなファイロジェン変異体とMADS転写因子の組み合わせを試験し、目的のアミノ酸変異を複数得ることに成功しました。またその中には、これまで結合への関与が示されていなかったアミノ酸への変異も含まれていました。これらのアミノ酸は、既知の結合関連アミノ酸とともに、ファイロジェンの立体構造上の特定の領域に集中していました (図2)。このことから、当該領域がMADS転写因子との結合に働くことが強く示唆されました。そこで、別角度から検証を行うため、AIによる高精度なタンパク質構造および複合体予測プログラムであるColabFoldを用いて、ファイロジェンとMADS転写因子からなる複合体の構造予測を実施しました。その結果、スクリーニング実験で絞り込まれた領域と、MADS転写因子側で既に明らかとなっているファイロジェンとの結合に重要な領域とが相互作用面を形成することが予測され (図3)、スクリーニングの結果を支持するものとなりました。以上より、ファイロジェンにおけるMADS転写因子との結合に働く領域が特定され、ファイロジェンとMADS転写因子の結合モデルが構築されました。

〈社会的意義〉

 本研究で明らかになった標的結合領域を改変することで、ファイロジェンを様々なタンパク質に結合させることが可能になり、ファイロジェンの標的を制御し、どんな細胞内タンパク質でも分解できるシステムを構築できると考えられます。実際に本研究では、本来標的でないMADS転写因子とファイロジェンとの結合を強めるようなアミノ酸変異が特定されています。分解にあたりファイロジェンが利用するプロテアソームはヒトをはじめ真核生物に保存されており、プロテアソームによる選択的タンパク質分解系は医薬品開発などでも着目されている分野です。従って、本研究成果は、さまざまな分野でのファイロジェンを用いた新たな応用技術開発につながることが期待されます。

〈関連のプレスリリース〉

・植物病原体が花を葉に変えるメカニズムを解明 【2011年9月12日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2011/20110912-1.html
・「花」を「葉」に変える病気の謎を解く ―原因遺伝子の発見と発症メカニズムの解明― 【2014年3月18日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2014/20140318-3.html
・1つの病原性因子があらゆる植物種の花形成因子を分解する ―葉化病発症メカニズムは植物に共通であることを解明― 【2017年5月16日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2017/20170516-1.html
・葉化病発症の仕組みを構造化学的に解明 ―葉化病治療薬開発や新品種開発に新たな道― 【2019年4月19日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20190419-1.html
・葉化病の病原タンパク質「ファイロジェン」の機能は1アミノ酸の変異で制御される ―水平移動による進化と病原性の変異メカニズムを解明― 【2020年8月19日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20200819-2.html
・タンパク質の新たな分解システム―ファイロジェンによる葉化誘導メカニズム解明で発見! 【2022年3月2日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20220302-1.html

発表雑誌

雑誌名
Frontiers in Plant Science(オンライン版:3月28日)
論文タイトル
Random mutagenesis-based screening of the interface of phyllogen, a bacterial phyllody-inducing effector, for interaction with plant MADS-box proteins
著者
Yugo Kitazawa · Nozomu Iwabuchi · Kensaku Maejima* · Oki Matsumoto · Masato Suzuki · Juri Matsuyama · Hiroaki Koinuma · Kenro Oshima · Shigetou Namba · Yasuyuki Yamaji
DOI番号
10.3389/fpls.2023.1058059
論文URL
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2023.1058059/abstract

研究助成

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 (課題番号:25221201、19K15840、20H02991、20K22562、21H04722、21K14847、21K14853、21K19239、22J21601) の支援を受けて行われました。

用語解説

  • 注1  ファイトプラズマ
      1967年にマイコプラズマ様微生物 (mycoplasma-like organism, MLO) として東京大学植物病理学研究室で発見され、2004年に全ゲノムが解読された、ファイトプラズマ属 (モリキューテス綱) に分類される植物病原細菌。1,000種以上の植物に感染し、世界中の農業生産に被害をもたらしている重要な植物病原細菌である。植物の篩部に寄生し、ヨコバイ等の昆虫により植物から植物へと媒介される。植物に萎縮病、天狗巣病、葉化病 (花の葉化・緑化・突き抜け) などの特徴的な病気を引き起こし、植物を枯らしてしまうことも多い。ファイトプラズマ病は身近にも頻繁に認められる。葉化病によって緑色の花が咲くアジサイは、以前は商品価値が認められ品種として流通していた一方、現在は各地で病気として問題となっている。また、クリスマスシーズンの風物詩である鉢植えのポインセチアは、全て背丈を小さくするためにファイトプラズマに人工的に感染させられ、天狗巣病を発病したものである (健全なポインセチアは2mにもなる)。
    <ファイトプラズマが引き起こす主な症状>
    萎縮: 茎や葉の生長が害され、著しく矮化する症状
    天狗巣: 側芽が異常に発生し、小さな枝葉が密生する症状
    花の葉化: 花びらやがく・雌しべ・雄しべが葉に置き換わってしまうこと
  • 注2  葉化誘導因子 ファイロジェン
      phyllo- (葉) + -gen (を生ずるもの=gene[遺伝子])。葉化病 (phyllody: phyllo-[葉] + -ody[になる変化]) の原因である遺伝子ファミリーphyllody-inducing gene family (葉化誘導遺伝子ファミリー) の略。ファイロジェンは植物に普遍的な花形成因子 (MADS転写因子) を標的とすることで、あらゆる植物に葉化病を引き起こすことができると考えられている。
  • 注3  MADS転写因子
      植物の発達を制御する重要な転写因子であり、花の形成を制御するものはA・B・C・Eクラスの4つに分類される (ABCEモデル)。各クラスのMADS転写因子が様々な組み合わせで複合体 (四量体) を形成して機能し、どの植物細胞がどの花器官になるかは、4分子の組み合わせによって決まる。例えばAが1分子、Bが2分子、Eが1分子組み合わさった場合は花びらが形成される。これらの因子が失われると花は葉に退化する。
     ファイロジェンは特にA・EクラスのMADS転写因子を標的とし、これらに結合、分解を誘導する。特にEクラスMADS転写因子は全花器官の形成に必要なため、ファイロジェンによってすべての花器官の発達が妨げられ、葉に退化してしまう。
  • 注4  ファイロジェンへのランダムなアミノ酸変異導入と選抜
     本研究ではError-Prone PCR法という手法を用いて、DNA合成酵素のエラー率を高めた条件下でファイロジェン遺伝子を増幅することにより、ファイロジェンにランダムに変異を導入した。次に、変異させたファイロジェン遺伝子の集団を標的MADS転写因子とともに酵母細胞内で発現させ、両者が強く結合する場合のみ酵母が生育する酵母ツーハイブリッド法を行った。以上により、目的の変異を持つファイロジェンを選抜した。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物病理学研究室
准教授 前島 健作 (まえじま けんさく)
Tel:03-5841-1613 Fax:03-5841-5090
E-mail:amaejima<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室ホームページ:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/ae-b/planpath/
<アット>を@に変えてください。